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ギルド本部殴り込み

31.もう変態の域なんだが

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「この部屋がそうよ。」
ユアナが3つの鍵穴全てに鍵を挿し開錠すると言った。
検定は昼を跨いだがそれほど時間もかからず終わり、依頼を遂行するために薬品庫に連れられて来ていた。3つの鍵は、3人のギルドマスターが管理しているそうで、許可とともに預かってきたらしい。
「随分と厳重だな。」
「それだけ、この部屋にある素材が危険だという事よ。」
そういう可能性もあるだろうが、実際のところはどうなんだろうな。人間ってのは建前や見栄で何かを形成する事もあるからな。
「今灯りを点けるわね。」
暗い部屋の中に入ると、ユアナが蝋燭に火を灯す。部屋の中には多数の棚が置いてあり、当然そこには色々な物が置いてある。
色々、以外の表現は見つからないな。
様々な液体、固形、粉末は目立って多いが、それ以外にも乾燥植物、溶液に漬かった植物、何かの内臓、生物、瓶に詰められた粉末、植物片、乾燥した生物等、多種多様なブツが盛り沢山だ。
「後は、換気するように言われているのよね。」
俺が棚を確認していると、ユアナは独り言を言いながら、部屋の中にある木の棒で、壁に設えられている窓の様な部分を押し開けて固定した。
・・・
それは、部屋に入る前にやるべきなんじゃないだろうか。
そんな事を思ったが既に遅いよな。俺も入ってしまっているし。気化した毒素を吸い込んでしまう、なんて事もないのだろう。
多分アレだ、昔はやらかした奴がきっといるに違いない。だからこその、様々な保管方法で並べられているのだろう。それでも、払拭出来ているとは思えないが、現状は問題なさそうなのでいいか。

「しかし、これだけあると壮観だな。」
家の何倍あるんだろうって程の量だ。
「一応ギルドだからね。世界中にあるものが集まって来るわ。」
なるほどな、それは便利だ。俺の場合、現状では自分で集めに行くしかない。だから使える量も限られている。最初は何も考えずに作っていたが、今では多少考慮するようにはなった。
有限の素材で何が何処まで出来るか。それを計れなければ商売にはならない。
「少しくらい持って帰ってもいいか?」
「駄目よ。管理簿で管理しているんだから。」
ちっ。
内心で舌打ちしていると、ユアナが管理簿とやらを俺に見せつける。
・・・
「笊じゃねぇか・・・」
「猿?」
通じてなさそうで何よりだ。
ある程度の言葉はニュアンスが似ているのか、基本的には通じる。ただ、日本独特の近年創造されたようなカタカナ語や短縮形の言葉はまったく通じない。まぁ、そりゃ文化なんだからそうだろうな。
笊くらい通じそうな気はしたんだが、まぁいい。単にユアナには通じないって可能性もあるが、そんな事は問題じゃない。
管理簿に関しては、何処の棚に何を置いてあるか。その程度だ。確かに、そのものが無くなってしまえばバレるだろうが、分量が減る分には気付かれそうにない。
そんなのは管理簿とは言わねぇ、ただの一覧表だろ。
「いや、気にするな。」
「下手な考えは起こさない方が良いわよ。ギルドマスターに目を付けられたくないでしょ?」
付けられたら何なんだ?という疑問はあるが、ここは黙って従っておくか。
「そうだな。」
「あ、それでね、これが調合して欲しいリスト。全部出来なくてもいいわ、出来た分に対して報酬が払われるから。」
そりゃありがたい。
受け取ったリストを確認すると、ご丁寧に支払われる金額まで書いてある。
・・・
安いな。

俺は自分の店に来た依頼に関しては、相応の額を要求している。勿論、リスク費込みで高めに設定してあるから当然だ。
と考えると、俺がリスクを背負わなくていいのであれば、相場としてはこんなものなんだろうか。客との取引があるわけでもなく、製作者も俺と断定されるわけでもない。個人対個人の取引じゃないのだから、妥当なのかもしれない。
「出来そう?」
俺がリストを眺めていると、ユアナが横から聞いて来る。出来るかどうかじゃなく、単に金額の確認をしていただけなんだが、相手にはそう見えてしまったのだろう。
「俺を誰だと思っている?」
「リアちゃん。」
・・・
そんな事を聞いてんじゃねぇ!
話しにならねぇ。
「作る分には問題無いが、もうちょっと金額は上がらないのか?」
「そう?十分だとはおもうのだけど・・・」
とは言うものの、ユアナは考える素振りをした。ギルドの相場に関しては分からないが、役所じゃないなら交渉の余地はあるだろう。それに、定期的に補充出来るわけでもないなら、それを理由にも出来そうだよな。
「一応、交渉してみようか?」
「あぁ、頼む。俺は早速始めるよ。」
「うん、お願いね。私はマスターに確認してみるわ。」
ユアナは言うと、部屋を出て行った。まぁ変わらなくても、もともと向こうの言い値だし、俺が受ける必要も無い事を考えれば望みは薄いが。

とりあえずリストの上から調合しようと思い、内容を確認する。さっきは金額しか見て無いからな、内容はほとんど確認していない。
メトア
薬品名という欄にそんな名前が記載してあった。
そう言えば生前、ドラッグストアにある市販薬には何かしらの製品名がついていたな。あれは一般的に販売するために商品として名前があったんじゃないのだろうか。
ただ、この世界においては、常備薬の種類はたかが知れている。薬師は相手の症状に合わせて調合する必要がある分、いちいち名前なんて付けていられない。
常備薬なら良いのかと思うが、下手な名前つけて効果はなんだ?ってなる方が面倒じゃないか?ストレートに頭痛薬なら頭痛薬でいいじゃねぇか。
・・・
待てよ。
店の名前をハシツヨにしているんだ、変わった名前を付けるくらい今更じゃねぇか。むしろ、意味不明な名前こそインパクトがあり惹き付けたり、記憶に残ったりするんじゃねぇか?これは一考の余地有りだな。効能なんて名前の横におまけで書いておけばいいんだよ。

それは帰ってから考えるとして、薬の調合な。粉末を作るだけの簡単な調合だが、こいつは使う材料から考えても人を殺す用だろうな。
水溶性で無味無臭無色。水に混ぜたら飲んで苦しむまで分からないと来てる。そんな薬を利用するなんざ、相手を疑う人間くらいなもんだろ。動物相手に『気付かれない様に』毒殺なんて回りくどい事をするなんて思わないからな。
次はハイン。
液体の薬だが、かなり気化性の高い薬だな。毒素が空気中に分散して、吸い込んだやつを死に至らしめる。かなり薄まるか時間経過で効果が無くならない限りは、死の空間になる。
これ、毒ガス兵器と変わらないじゃねぇか、なんて物騒なもん作らせやがる。作る俺の方も危険だっての。まぁ、出来なくはないが。風で流され薄まって行けば、それほど時間は掛からず無害になるだろうが、部屋の中で使用したらろくな事にならないだろうな。
リウケ。メトアの高濃縮液のようなものだな。井戸なんかに一滴でも入れれば、水を飲んだ奴はみんな死ぬだろう。これも無差別に大人数を殺害するようにしか感じない。鉱物などの無機物から抽出したものじゃないから、井戸に入れたとしても、地中に広がって時間と共に中和されるだろうな。そうなると原因の特定は難しくなる。

それから一通り目を通して見たが、何気にかなり危ない薬ばっかだな。特に拡散型の気化毒はかなり物騒だ。

まぁいい、受けた以上は調合するさ。
そこに躊躇がないかと聞かれればあるかもしれない。だけど、俺がやらなくても誰かが作るなんて考えは無い。俺は俺自身のために作る、それだけだ。




「あら、結構出来てるじゃない。」
黙々と調合をしていると、戻って来たユアナが声を掛けて来る。振り向くと、ユアナは中年男性と一緒に居た。
「誰だ?」
「此処を管理しているギルドマスターのオウルフだ。今回、薬の調合を申し出てくれて感謝している。」
申し出たわけじゃねぇ・・・
「出来の確認でもしに来たのか?」
「リアちゃん、一応、ギルドマスター・・・」
知るか。
気まずそうに言って来るユアナの事は無視して、オウルフに目を向けたままにする。そもそも上下関係とか今の俺にとっては知った事ではない。
所属しているのだって自分の都合でしているだけだ、態度が嫌ならいつ切ってもらっても構わないからな。
「一応?」
「あ、すいません・・・」
アホだ。
ユアナの発言に、オウルフは目を細めて言うと、ユアナは慌てて謝って俯いた。
「まぁ、そうだな。価格交渉したいと言うからには、出来を確認する必要があるだろう?」
「確かにな。」

オウルフは言うと、早速出来上がって並べてあるものを確認し始める。
「半日でこれだけ作ったのか?」
「ん?あぁ。他の奴がどれくらい作れるか分からないが、俺に出来るのはこんなところだ。」
「ふむ・・・」
オウルフは眉間に皺を寄せてそれだけ言うと、出来上がった薬を順番に見ていく。流石に気化する系の薬瓶は開けなかったが。
「よし、こんなところか。」
そんな行動を待つわけもなく、俺は調合途中だった薬を終わらせる。時間を確認するともう夕方だったから、この辺で終わりでいいだろう。
俺が最後に作った薬を台に置くと、オウルフはそれも手に取ってみる。粉末状のものを瓶に詰めているが、その蓋を開けて匂いを嗅いだりしていた。
「なるほど・・・いいだろう。総価格の5割増しだ、それ以上は出せん。」
うーん、安いが上がっただけいいか。
「分かった、それで問題ない。」
「ところで、リスト外の薬があるようだが、これはなんだ?」
気付きやがった。
が、実はそれを待っていた。実はここからが始まりなんだよな。
「それは神経毒だ。」
「神経毒?」
「あぁ。リストを見たところ確実に殺すための薬ばかりだが、神経系に作用する薬は見当たらなかった。」
「効果の程は?」
無いものは知らないか。だったら説明するしかない。

「確かに、その薬があれば受ける依頼の幅も広がりそうだ。」
説明を聞いたオウルフは、顎に手を当て何かを考えながら言った。その言葉が出たって事は、感触として悪くはない。
「可能性としては、あるかもな。」
「つまり、これを買って欲しいという事か?」
察しがいいねぇ。
「そういう事だ。」
その可能性を考慮して作ってみたんだが、正解かもしれないな。この流れで売れれば、今後の資金に役立つだろう。
「どうやらここの在庫や備品を使ったわけでもなさそうだ。」
は?
おいおい、分かるのかよ。
「初めからそうするつもりで持ってきたのか?」
「いや、保身の為に持ってただけだよ。ただ、この依頼を受けて調合しているうちに思い付いただけだ。」
オウルフはまたも考える仕草をした。
「いいだろう、いくらだ?」
だがそこまでの長考もなく、首を縦に振る。後は価格交渉だけになるが、ここからが本番だな。
「大金貨で30。」
かなりふっかけたつもりだったが、オウルフは眉一つ動かさない。あれ、安かったか?
「それは、調合方法込みでの価格か?」
「まさか、こっちも商売だからな、それは教えられない。」
「どう考えてもその量に対して高すぎる。他に何か要素があるのか?」
「あぁ、買ってくれるなら、此処の素材を使ってある程度の在庫は調合してもいい。それ込みの金額だ。」

現状、リストに無いという事は、これを作れるのは今のところ俺だけだろう。そう簡単にレシピは教えられない。
稼ぐなら、この状況を利用しない手はないからな。
「20だ。それ以上は出せん。」
20か・・・
悪くはないな。
何れ作り方なんて知れ渡るだろう。だが、それまでは俺が独占して少しでも稼がせてもらわないとな。
「まぁ、それでいいか。」
「それと、1つ条件がある。それが飲めなければ話しは無かった事にさせてもらおう。」
面倒な事じゃないだろうな。
「なんだ?」
「在庫が無くなった場合の補充だ。此処に作りに来てもらおう。」
「ついでに他の薬も作らせようって魂胆か。」
「察しがいいな。」
年に何回もある事じゃないだろう。そう考えれば、飲んでもいいか。年に何度もあったら、それだけ薬が使われた事になる。いくら何でも、頻繁に使うなんて事はないだろう。
「いいぜ。」
「では成立だ。精度、速さ、予想以上の出来なのでな、今回同様の金額を払うのでついでにやってもらおう。」
おぉ、なかなかの高評価じゃねぇか。
「では、代金はユアナに準備させる。私はこれで失礼。」
オウルフは立ち去ろうとしたが、一度足を止める。
「あぁそうだ。値引きしたのは此処の素材分だ。」
それだけ言うと、直ぐに正面に向き直って歩き始める。
マジか・・・
管理簿はオウルフ自身だったとは。必要そうなのを少しずつ、こっそりくすねたんだが、バレるとは思わなかったぜ。
分量まで把握しているとは、変態の域じゃねぇか。ギルドマスターってのは侮れないな。

淡々と仕事の話しだけをしてオウルフは戻って行った。まぁ、おっさんと雑談しても面白くねぇからな。ただ、最後だけはしてやられたが。
「私、凄い疲れたわ。」
「そうか?」
「リアちゃんって、誰が相手でも態度は変わりそうにないわね。」
「そういうのは、もう止めたんだ。」
「?」
って言っても、通じないよな。
「さて、そろそろエリサも戻って来るだろうし、金を受け取ったら飯でも食いに行くかな。」
これだけ稼いだんなら、このギルドのマズイ飯じゃなく外へ普通に食べに行きたい。まぁ、稼がなくても外には行ったが。
「あ、その事なんだけどね。父さんがフェルブネスに滞在中は家を利用して良いって言ってたの。どうする?」
マジで?
それはつまり、今夜こそ襲えって事じゃないか。
「それは有難い、甘えるとするか。」
飯も旨いし、金も浮く。俺にとっては良い事だらけだ。

「良かった。だったら今日も一緒に寝ようか。」
何だって!?
まさかユアナから襲ってくれと言ってくるとは。こちらも相応の応戦準備をするしかあるまい。
「エリサちゃんも誘って3人で。」
えぇ・・・
要らないよあんな犬。
って待てよ、まさか!
3P!?
何て大胆なんだ。
夜のお誘いどころか、いきなりそんなプレイを求めるとは。
おいおい待てよ、心の準備が出来ねぇよ。生前でもやった事は無いってのに、初体験だぞこれは。
「俺、3人は初めてなんだが・・・」
「私だって同じよ。」
初めてのくせに3Pを求めるとは・・・
つまり、昨日は二人だったから盛り上がらなかったって事か?こいつは予想以上に荒れそうだな。
「ギルドはもう終わりだから、エリサちゃんが戻って来たら帰りましょう。」
「あ、あぁ・・・」
「どうしたの?」
「ユアナって、大胆だな・・・」
「何か、勘違いしてないかしら?」
・・・
そうだった、こいつにはこれがあったんだ。喉元に突き付けられた短剣を見て、それを思い出した。ちなみに突き付けられる前に斬ったのだろう、髪の毛が数本宙を舞っていた。
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