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王城乗っ取る?(仮)

36.そんな都合の良い薬は無いんだが

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『入るな危険!!』
よし、これでいいか。
自室の扉に張り紙をして俺は頷いた。まぁ、普段から入って来る奴も居ないが、念のためだ。普段無いからと言って、たまたまという事もあり得る。
二次災害を避けるためにも必要な措置だ。
何も無かったら無かったでいいわけだし。

俺は部屋に入ると、小瓶を取り出して蓋を開ける。
メイニに頼まれていた薬の効果を確認するためだ。ある程度吸い込んでも、精々痺れる程度の効果だろう。実際に試してみて、その辺は調整すればいい。
気化した毒素が、空気中に漂い、吸った人間はどうなるのか?
そうなると効果を弱めて、自分で確かめてみるしかない。当然気化した後に効果が現れるかどうかが一番の問題だ。毒素が薄れ、効果が現れないのでは意味が無い。

ちなみに、若干ではあるがエタノール的なものを混ぜている。これは気化する速度を速めるためではあるが、これがどう影響するか。これも試してみなければ何とも言えない。

(若干匂いがあるな・・・ここは改良の余地がある。気付かれては意味が無い・・・待てよ、そもそも使い方を聞いていないのだから、匂いの在る無しについて今は気にしなくてもいいか?・・・)
などと考えているうちに、若干の痺れを感じる。
(感じてから動けなくなるまでの時間は短く無ければならないよな。そうなると、成分を強めにする必要があるだろう・・・)

う、動けん・・・

少量にしておいて良かった。気化が終わって時間が経てば回復するだろう。
やる事も無いし、寝るか。

「ごっ主人~!」
!!
寝ようとしたら、軽快な声と共に扉が勢いよく開けられた。何というタイミングの悪さ、このクソ犬!
普段は入って来る事なんか無いくせに。
「あ、寝てるぞ!あたしには寝るなって言うくせに!」
うっせぇ!それどころじゃねぇんだよ。
「ば、バカ・・・離れろ・・・」
くそ、口もあまり動かない。
「ん?ご主人にバカとか言われたくないぞ。」
いや、現状から考えればまったくその通りなんだが・・・ってそんな事はねぇ、入り口に注意書きしてあるだろうが。見てないクソ犬の方が悪い!
「ご主人に見て欲しい・・・ものが・・・あれ?」
エリサは言いながら違和感を感じたのか、身体を見て言葉の途中から疑問を浮かべる。扉が開けられ、外に流れ出て薄くなったとはいえ、効果は十分なようだ。
「力が、入らないぞ・・・」
立っている事が出来なくなったエリサは、床に崩れ落ちた。
(まぁ、時間が経てば戻るから良いか。)
アニタは仕事に出かけているし、マーレが部屋に来ることもまず無い。外に漏れだした毒も、薄まって効力が無くなるだろうし、これ以上の悪化はしないだろう。

「リア、ちょっといい?」
・・・
おい・・・
今日に限って何なんだ!
普段なら近寄りもしないくせに。どいつもこいつも、俺が部屋に居て来たことなんて殆ど無いだろうが。
「って、何これ?危険?」
そうそう。アホ犬と違って気付いてくれたか。幸い、顔は扉の方を向いて行き倒れているので、マーレの動向は確認出来た。
「ちょっ!・・・」
扉から顔を出したマーレは、何かを言いそうになったが、状況を察したのか慌てて口元を塞ぐと部屋から離れていった。走る音が聞こえたので、危険を察して急いで離れたのだろう。
良かったよ、クソ犬と同じ事をしなくて。これなら多少寝ても大丈夫だろう。どうせ動けないしな。
メイニを仮死にした薬を実験した時は一人だったから問題無かったが、現状は被験も状況を考えなければならないな。となると、新しい家では考慮した部屋も用意する必要がありそうだ。
自分で試すとか正気の沙汰じゃない気もするが、死に直結しなければ問題が無い。事もないか、間違えば死ぬ可能性もあるな、主に他の要因と重なった場合とか。
とりあえず、新しい家では周りに言いつつ、試す事にしよう。今日のような状況はあまりよろしくない。



「先に言っておいて欲しいわ。」
「本当にな。」
「他人事みたいに言わないでよ。」
そういうつもりは無いんだが。
あれから1時間ほどで身体が動くようになったので、休憩を兼ねてカフェに来ていた。店には休憩中の札を下げている。
「まったく、酷い目にあったぞ。」
「お前は確認もせずにいきなり扉を開けたんだから自業自得だろ。」
マーレは離れたあと、張り紙から察して一応様子見をしていたらしい。生きてはいるようだったのと、誰かを呼ぶわけにもいかない状況だと。
「それもリアが先に言っておけばいい事でしょう?」
・・・
まぁ、そうなんだが。
「そうだそうだ、謝罪と賠償を要求する!銀貨2枚!」
このクソ犬には教えてやりたくないなぁ。
それに言ったところで、こいつなら忘れて入って来そうな気もする。
「次からは一応言うわ、覚えていたら。」
「覚えていたらじゃないわよ。」
「でだ、新築はその辺も考慮した設計にしてもらいたいんだよな。」
「それは勿論よ。危険な薬を作られて、家中に広がっても困るわ。」
まったくその通りだな。
「出来ればその部屋のみの換気口も欲しいな。」
「それって外に漏れるじゃない、死ぬならリア一人で死んでね。」
・・・
顔がマジだ。笑顔を作ってはいるが、目が笑ってねぇ。

「まぁ、暫くはやる事は無いから。」
概ね調合に関しては把握した。効果に関しては問題無いが、改善すべきところは幾つかある。今回は弱めにしたが、実際に使うものとなると、規模や時間などメイニと相談する必要があるな。
「それって、次やる時には忘れて、また一人でやっちゃうんじゃない?」
それも人の性ってやつだろうが。
「いや、危機管理ってのは重要だよな。」
「まぁ、気を付けてくれればいいんだけど。」
勿論、そのつもりではいるが。
「それで、話しは変わるんだけど、土地も決まったしもう設計に入りたいのね。具体的な話しをしたいのよ。」
そういやそうだ。もう土地は決めてしまったんだ。決めるものを決めなけりゃ、マーレも取り掛かれないよな。
「そうだな。設計をするにしても、目的が無いと進まないな。」
「そうよ。アニタのは今夜にでも確認するわ。」
となると、さっきの失敗も考慮して考える必要があるな。
「俺が必要な部屋は少なくとも5つ。」
「ご主人が5つならあたしも5つ!」
・・・
死ねクソ犬。
「犬小屋はそんなに要らん。」
「犬じゃないぞ!」
「真面目に話して!」
「ごめん・・・」
えぇ・・・アホ犬が謝るのはいいとして、俺は真面目に答えてたじゃねぇか。
「まず店舗、薬品庫、書庫、調合室、実験室だ。各々自室は含まれる前提で、それ以外に必要かどうかを割り出せばいいだろ?」
「えぇ、まずはそうね。」
「あたしは、屋根のある中庭が欲しいぞ。薬草の中にはお日様が当たらない方がいいものもあるし、雨に弱いものもある。庭だけじゃ育てられる種類が限られるからな。」
な、なんだと・・・アホ犬が、真面目な事を言い出した。
それにはマーレも同様の事を思ったのか、驚きの顔をエリサに向けていた。
「あたし、なんか変な事言ったか?」
まとも過ぎてむしろ変だろ。
「分かったわ。私は設計室が欲しいの。続き部屋でいいのだけど、書斎も欲しいわ。」
「あぁ、いいんじゃねぇか。」
スマホの無いこの世界じゃ、本は重要だからな。

「私は自室だけで大丈夫ですよ。」
・・・
「墓が所望なようだ。敷地外に作ろう。」
「ボロ切れはゴミ箱で十分だぞ。」
「勝手に割り込んで来ないで。」
「そうだ、こんなところでまで人様に迷惑を掛けるなクソ駄神。」
「ふぇっ!?」
何時か見た態度の悪い男が突然現れ、レアネの襟元を掴んで引き摺って行った。
「ちょ、ソア君!買ったばっかなんだから引っ張らないでよ!」
何が起きたのか一瞬分からずに硬直したが、直ぐに状況を理解する。
レアネのシャツは丈が短いから、男が襟元を引っ張っている所為でシャツが上にずれて、双丘の下の方が見えそうなんだ。これは注視するしかないだろう!
もう少し!
あとちょっとだ!
「珈琲掛けたら目が覚める?」
「いえ、バリバリ起きてます。」
マーレの方に向き直ると、カップを手に目を細めていた。問答無用で掛けて来ないだけましだろう。
「とりあえず、邪魔が居なくなって良かったわ。」
「そうだな。電波干渉が起きてくれて良かったぜ。」
面倒臭いのが直ぐに消えてくれて良かった。
「一応、今の意見を元に、現地を見て考えたいんだけど、出かけて来ていい?」
「別に構わないぜ。」
やる気がある事は、いい事だな。俺はのんびり店番・・・じゃねぇ、ギルドから依頼されている薬を作らないといけないな。
「って事で、エリサも一緒に行こうね。」
「え、あたしもか?」
「途中でおやつ買ってあげるわよ?」
「勿論、行くつもりだったぞ!」
・・・
安い番犬だな。




-リア達が解散した後の店内-

「あいつが何者なのか知っているのか?」
「あいつ?」
「リアという少女の事だ。」
レアネを強引に座らせたソアは、鋭い視線で問い詰めるように聞いた。
「良い子ですよ。」
「・・・」
笑顔で即答するレアネに、ソアは蟀谷に手を当て渋い表情になる。
「まさか、それで絡んでいるのか?」
「こっちに来た時、行き倒れていた私を助けてくれたんです。それに、一緒にいるマーレも気になってしまって・・・」
「貴様のミスだからな。」
「うぅ・・・」
ソアは珈琲を一口飲むと、落ち込んでいるレアネに話しを続ける。
「貴様の愚行はさておき、あのリアという少女、俺には特異点の様に感じるのだ。」
「特異点?」
「・・・」
ソアは独り言の様に言っただけで、レアネの疑問には答えなかった。
「それよりもだ。貴様が間違えたマールの存在だが、本来入れるはずだったローラ・マクレディはどうした?」
「ローラ?」
レアネは名前を何度か口にしながら、思い出そうとしているのか、顎に手を当て唸ったり、上を見上げたり仕種を何度も変えていた。
「マールにはローラ、マーレにはヤナギヤ、ミレディにはオサカベの筈だった。が、ミレディには誰も入れられていない。という事はだ、そこでも貴様はミスをしている事になる。」
「そうでしたっけ?」
「貴様がやった事だろうが!!」
苛立ちを堪えて話していたソアだったが、レアネのその一言で堰が崩壊し、椅子を蹴倒して立ち上がるとレアネの首を両手で掴んだ。
「俺を馬鹿にしているのか!?ローラをどこに入れた!?」
「ち、違うよ・・・お、覚えてない、だけだもん・・・」
「・・・貴様は自分の気分で仕事をしていたのか、巫山戯るな!」
ソアはレアネを床に叩き付けるように放り出した。
「お、お客様、店内での揉め事は勘弁してくれませんか?」
「・・・」
見かねたグラードが駆け寄って、恐る恐る声を掛けると、ソアはばつが悪そうに額に手を当てる。
「すまぬ。」
「あの、これ以上は・・・」
言いずらそうに言うグラードにソアは背を向けると、レアネを一瞥する。
「次に来るときまで思い出しておけ。」
冷たい目線で言い放つと、ソアは店を後にした。
「大丈夫か?怪我はないか?」
「はい、身体はなんともないです・・・」
何事も無かったように立ち上がるレアネだったが、その顔は浮かない表情だった。





げっ・・・
店内で薬の調合をしていると、扉が開いたので客かと思って目を向けると、望んでもいない奴が現れた。
「リアさん、助けてください。」
「絶対嫌だ。」
「どうしてそんな事を言うんですか?」
えぇ、言葉の通りなんだが。むしろ何故察してくれないのかを知りたい。どう見ても邪険に扱われているだろうが。
「店はどうした?」
「リアさんに薬をお願いすると言ったら、店長も笑顔で送り出してくれました。」
厄介払いじゃねぇのか?
いや、グラードはそんな事をしないか。
「薬?」
面倒な話しじゃないだろうなと思いつつも、訝しんで聞き返す。
「はい、出せないんです。」
「うんこか?」
「それはもう、今朝もばっちり出しましたよ!」
満面の笑顔で答えるな!
アホか。
誰もお前の通じの話しなんか聞いてねぇ、違うなら違うってだけ言えよ。
「乙女なのに出るのか?」
恥じらいってものを知れ。
そう思って、クソ犬の言っている事を思い出して聞いてみる。
「何を馬鹿な事を言っているんですか。私みたいに可愛くても出るものは出るんですぅ。」
・・・
蹴り倒してぇ。聞くんじゃなかった。こいつに馬鹿とか言われるとこんなにも腹が立つとは・・・
これなら、うちのクソ犬が乙女はうんこなんかしないぞと言っている方が、まだ可愛げがある。
「帰れ。」
「いやあの、お薬・・・」
「出たんだろ、もう用済みだ。」
「だからうんこの話しじゃないんですよ!」
・・・
「いや、話したくねぇ。」
「そんな事を言わずに助けてくだいさよぉ。」
面倒くせぇ。
「実は、少し前の事を思い出せないんです。」
誰も話しを聞くなんて言ってねぇぞ。
「記憶を呼び覚ます薬とか無いですか?」
そんな都合の良いものがあってたまるか。
「ねぇよ!それこそ神に頼めよ。」
「知らないんですか?神って別に万能じゃないんですよ。」
むかつく。
こいつと話していると何故こんなにもむかつくんだろう・・・
そもそもうっかり、こいつに神という単語を出したのが間違いだった。

「そうだ。」
「何ですか?実はあるんですか?」
俺が思い出した様に言うと、期待するようにカウンターに身を乗り出して確認してくる。このアホじゃなければ、良い光景だと思えるんだが。
「一つ、確実ではないが方法が無い事もない。」
「可能性があるなら。」
俺はカウンターの下に仕舞ってある道具箱から木槌を取り出す。木の実や、乾燥した植物を潰す用なんだが。
「な、何をしているんですか・・・?」
その木槌を素振りする俺に、嫌な予感がするとでも言いそうな態度でレアネが後退った。
「一説では、頭部に強い衝撃を受けると、反動で思い出す事もあるとか、無いとか。」
「え、冗談ですよね?お薬あるんですよね?」
「だからそんな都合の良い薬は無いと言ってるだろうが!」
「いやぁぁっ!」
俺が叫んでレアネに向かって木槌を振り被ると、レアネがそれ以上の声で悲鳴を上げる。

「ちょっとリア、何してるのよ。」
そこへ丁度、帰って来たマーレとエリサが店内に入って来た。
「た、助けてください。」
そこに縋りつくように移動するレアネ。
「思い出したい記憶があるそうだ。」
「あぁ、なるほど。でもそれが近道かもしれないわよ。」
と言って、マーレは近くにあった空き瓶を掴むと振り被った。
「えぇぇぇ、何故みなさんそんな意地悪するんですかぁ!」
この店に助けてくれる人は居ないと察したのか、レアネは逃げるように店を出て行った。
「珍しいな、乗ってくるなんて。」
「そんな気分になる事もあるのよ・・・」
マーレはそんな事をするタイプではないと思って言うと、溜息を吐きながら言った。その後、扉に手を掛けて開けると入るように促す。
なるほど。
入って来たのは、ホージョのところに居着いたクソガキだった。

多分、消化出来ない思いを、誤魔化そうとしたのかもしれないな。



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