上 下
46 / 70
王城乗っ取る?(仮)

45.不毛な思いはしたくないんだが

しおりを挟む
数日後、店にはある人物が訪れていた。来るべくして来た時。予想の範囲を出ない思考は、若干の緊張感を生む。
「出来てる?」
「あぁ。」
街に出てきているからなのか、格好は痴女ではなかった。シャツにスカートというありきたりな格好ではあるが、鍔広の帽子を目深に被っているのは顔を隠しているのだろうか。
まぁ、あんな露出の高い服でその辺をふらふら歩いていたら、単なる変人にしか思われないからな。
「ところで、話したいことがあるんだけど。出来れば店内じゃなく。」
「それじゃ、奥に行こうか。」
想像に難くない。多分あの話しじゃないかと思うと、緊張感が多少増した気がした。

「で、いくら?」
「大金貨で30枚。」
まぁ、本来売るつもりは無かった薬だ。かなり高額にしておく。
「言い値で買うって言ったしね、いいよ。」
やったぜ。
かなりの大金だ。新築に必要な金額からすれば、大した額ではないが、それでも30枚は余程の事が無い限り手に入らない金額だ。
「毎度。」
「そうそう、安定剤良かったわ。思った以上にリラックス出来てよく眠れたの。」
「そりゃ良かったな。」
効果があったなら何りだ。そう思って姫さんの顔を見ると、何かを企んでいるように怪しい笑みを浮かべている。
「何だ?」
俺は何かやらかしたのか?そう思って聞いてみる。
「知ってる?リラックスって、こっちじゃ通じなかったのよね。」
くっ・・・やられた。
この女、やっぱり気付いてやがったか。
「へぇ。」
取り敢えず適当に相槌を打っておく。この世界の人間かどうかに関して、俺から話しを振ってやる気はない。
「意外と冷静ね。」
「仕事柄冷静じゃないと、ちゃんと調合出来ないからな。」
そう簡単に、連続で引っ掛かりはしない。何故遠回しに攻めて来るのかは謎だが。
「リアって、ちょっと達観した中年みたいな言い種ね。」
まぁ、その通りだ。よく見てるじゃないか。
「姫さんこそ、オバハンに片足突っ込んだ行動と言動だがな。」
と言ってみたら顔が豹変した。ババくせぇくらい言いそうになったが、それで関係が崩壊されても現状は困る。
「なっ!なんですって!!誰がババァよ!?あたしはまだ32歳だったの!行き遅れてなんかないんだからね!」
あっさりと崩れたな。
まぁ、だいたい分かった。聞かなくていい事まで言いやがったが。
「へぇ、そう。」
「あ・・・」
姫さんは捲くし立てた後、自分の現状に気付いて目線を横へ向けた。

「ねぇ、教えてくれてもいいじゃない。」
「何を?」
「意地が悪いって言われない?」
「言われない事も無い。」
「もう、そういう事じゃなくて、リアはあたしと同じでこの世界の人間じゃ無かったんでしょ?そこが聞きたいの。」
おぉ、やっと素直になったか。初めからそう言えば余計な露呈をしなくて済んだのにな。
「まぁ、想像の通りだな。」
「やっぱり。で、口調からして、もしかして男?だったらおっさんでしょ。」
「正解。歳は35だったけどな。」
「あら、あたしと近かったのね。独身?」
いやどうでもいいだろ、生前の事なんかもう。
「そうだ。そういう姫さんもそうだろ?」
「うるさいわね・・・余計なお世話よ。」
自分で言い出したんだろうが、アホか。
「もう死んだんだ、生前の話しをしても仕方がねぇだろ。」
「そこね。」
何故か指を差されて得意げに同意をされた。しかし、何故この話しをしたかまだ意図が分からないな。
「あたしね、美人でも何でもない冴えない女だったのよ。」
「魅力ってのは見た目だけじゃねぇぞ。まぁ、それを補うための資質や努力は必要だろうがな。」
「諦めていたのよ。リアの言う通りそれが、表面に出ていたのかもね。」
「ま、俺も人の事は言えないが。」
「でね、見ての通り超容姿端麗になったわけ。これはもう、生前出来なかった事をするしかないじゃない?」
知るか。
勝手にやってろ。
俺が男だったら相手をしてやらん事も無いが。無ぇしな・・・
ただ、ベクトルが俺と似ている気がしないでもない、なんかイヤだな。

「何か興味なさそう。前は男だったんでしょ?」
「好きで女になったわけじゃねぇよ!」
そりゃ俺だって男が良かったわ。これじゃメイニを口説く事も出来やしねぇ。いや、やるけど。
「しかし、あたしも男になっていた可能性あったんだねぇ。それはそれで楽しそうだけど。」
「何なら俺が相手してやろうか?」
「え?それはいい、だって無いんでしょ?」
「うっせぇわ!」
ちくしょー!
なんかムカつくぜこの女。
それはいい、とかさらっと言いやがって、傷つくじゃねぇか。
「それよりマーレは?」
「畑。」
この女に使う愛想は無くなった。
王室との繋がり?もう知るか!
「畑?うーん、折角会えると思ってたのに。」
まぁ、それ以前にこの女がマーレの事をどうこう出来るわけもないけどな。言ってやってもいいが、後で知ってがっかりするといい。
工場の完成も近いし、毎日ホージョのところに行っているからな。今が大事な時だ、会う機会も無いだろう。
「残念、今日は諦めて帰るか。また来るね。」
来るのかよ!?
ふざけんな。
「いや、もう用は無ぇだろ。」
「だってあたし、お城の中に友達居ないんだもん。」
知らねぇよっ!!!

「リアー、ちょっといい・・・げっ!」
おいおいおいぃぃ・・・
何で今日に限って早く帰って来るかな。
姫さんを見るなり露骨に嫌そうな顔をするマーレを見て、何てタイミングの悪さだと呆れと諦めが内心を覆う。
「マーレ!今日は会えないかと思ったわ。」
姫さんは言いながらマーレに近付くと、手を握った。
「あ、いや、離してください。」
嫌そうな顔、というか面倒だから関わるなという感じだな。マーレは姫さんから目を逸らして言った。
「冷たいわ、私、傷ついちゃう。」
・・・
「気持ち悪ぃぞババァ。」
「あぁっ!?」
思わず口に出た言葉に、姫さんは低い声で俺を睨むとテーブルに掌を打ち付ける。
「見た目と合致しているんだから何の問題もないでしょ!だいたい、あんたこそ少女の見た目でおっさん口調とか違和感ありありじゃない。」
「はぁっ!?これでもご近所さんからはリアちゃんと愛称で呼ばれて親しまれてるんですー。」
「ですー、じゃないわよキモっ!」
「友達も居ないお前に言われたくねぇよ!」
「何ですって!」
「何だよ!」

バァン!
「ちょっと黙ろうか?」
大きい音に吃驚して見ると、両手をテーブルに打ち付けたマーレが見下ろすように睨んでいた。
最近、マーレが怖い。
「はい。」
「ごめんなさい。」
「結局、お互い状況は把握しちゃったわけね?」
「そうなる。」
そのままの顔を俺の方に向けて聞いて来るので、素直に答えておく。
「え?把握しちゃったって・・・じゃぁマーレも!?」
「そうよ。」
「う・ん・め・い。」
懲りずに姫さんがマーレの方に近付いていく。
「はっきり言うけど、私は生前女だったの!」
「・・・はっ?」
俺の方はすんなり受け入れたくせに、マーレが女だった事は受け入れたくないようだ。硬直した姫さんの態度は、はっきりとそう言っていた。
ムカつく。
「でも、今は男じゃない。」
「私は私として生きたいの!身体がどうとか関係ないわ。」
「うぅ・・・」
はい、玉砕。ざまぁ。

「さ、用が済んだなら城に帰れ。」
「そんな冷たい言い方しなくてもいいでしょ。」
いやもう面倒なんだよ。
「そもそも、どうして貴女が此処に居るのよ。」
「安定剤とは別の薬を頼んでいたの。」
「そういう事。」
表向きじゃない薬に関して、マーレが聞いてくる事はまず無い。聞かれない事に関しては答えるつもりもないし。
「気になるの?」
「全然。」
「あなた達なんか冷たくない?あたし、これでも一応お姫様なんだけど。」
そんなものに屈するくらいならこんな仕事はしてねぇ。
「皮を被ったな。」
「仕事には関係無いし。」
「ひど・・・。こんな扱いは初めてよ。城ではみんな気を遣ってくれるのに。」
「此処は城でもねぇし、気を遣っているのは姫という肩書にだろうが。」
と言ったら姫さんは目を潤ませ始めた。いやぁ、いいから早く帰ってくれないかな。
「分かってる、分かってるけどぉ、正面から本当の事を言わなくていいじゃない・・・うぅ。」
姫さんは椅子に座ると、テーブルに突っ伏して泣き始めた。
「鬱陶しいな。」
「そうね。」
何がしたいのかさっぱり分からねぇ、何なんだよこの女。
「もういいだろ、早く帰れよ。こっちも仕事があるんだ。」
「うぅ、分かった。」
あれだけ騒いでいたくせに、すんなり受け入れると、力なく店の方に向かって行った。流石に言い過ぎか?とも思ったが、多分あれくらい言わないと終わりそうない。
マーレの方を見ると、マーレもこっちを見てお互いにやれやれと無音で溜息を吐いた。
店内に入りそうな姫さんが足を止めたので、まだ何かあるのかよと思って見ていると振り向いて笑顔になる。
「また来る!」
・・・
は?
「来んな!」
「来なくていいわ。」
一瞬の後、同時に叫んだ俺とマーレの言葉は、言うと同時に脱兎の如く去った、姫さんが居た空間に虚しく散っただけだった。

「なんだったの・・・かなり、個性が強かったわね。」
「まぁ・・・な。」
何か不毛な言い争いをしたような気がする。酷く疲れた。特に精神が。
「そう言えば、伝手がどうのといか言ってなかった?」
「どうでも良くなった。王室は無かった事にしよう。」
「うん、私は賛成。」
去った後の空間に暫く視線を固定したまま、マーレと力ない声でそんな事を話した。
「ねぇ、一体何の話しをしていたの?生前とか。」
そこにユアナが現れて聞いてきた。あぁ、そう言えば、ここの会話ってほぼ聞こえるんだったな。
「気にするな、単なる与太話だ。」
「そうなの、気になる。」
「気にしないで。」
「まぁ、二人がそう言うなら。」
ユアナに話したところで、この世界の人間からしてみれば眉唾ものだろうしな。

「あ!そうだ。メイニの都合を聞いて欲しいのよ。」
何を思い出したのかと思えば、そんな事か。姫さんの所為で忘れていたのだろう。
「何でだ?」
「明後日には工場が完成するわ。だから、完成祝いをしたいのよ。」
まぁ、この前行った時には外観は出来上がっていたしな。
「それは名案だな。むしろ、出発点としては肝心な事だ。」
「そうよね。」
「あぁ、例の煙草工場?」
「うん。」
まぁ、ユアナも店の一員だ、関係無いとは言えないよな。
「よし、その日は休店にして、みんなで行くか。」
「ほんと?」
マーレが嬉しそうに聞いて来る。
「あぁ。」
「いいの、お店休みにして。」
「一日くらい問題無いだろう。よし、その日の為に良い酒を探しに行かないとな。」
「その前にメイニのよ・て・い!」
「はい、そうでした。」
満面の笑みで言われると怖ぇよ。
「それじゃ、今回の立役者でもあるメイニの予定に合わせて、完成祝いを決行するとしよう。都合は確認するから、それまで待っていてくれ。」
「うん、お願いね。」
「私も参加していいの?」
「当然でしょ、だってユアナは此処の一員じゃない。」
「ありがとう、マーレ。」
此処の一員、それが嬉しいのかどうか定かではないが、ユアナも嬉しそうに笑っている。またこれで一つ野望が達成されるわけだ。
良いぞ俺、順調じゃないか。

「ところで犬が見えないが?」
「あぁ、なんかギルドに寄って帰るって言っていたわ。」
珍しい、一人でギルドに行くなんて。まぁ、いいか。
「それじゃ、善は急げと言うし、俺はメイニに予定を確認しに行って来る。」
「えぇ、お願い。」


その日の夜、みんなで晩飯を食っていると、エリサだけ何時もと違って何かを考えるようにしていた。
「なぁ、ご主人・・・」
食べ終わって寛ぎ始めたところで、エリサが言い難そうに口を開く。
「ドラゴンだろ、良いんじゃねぇか。」
「何で分かったんだ?」
そんな事だろうと思って、マーレにも話しはしている。ついでだから、その間の店番もユアナにも打診はした。
「お前な、俺を誰だと思っているんだ。」
「ご主人~、大好きだぞ!」
「くっつくな!」
鬱陶しい。
「ただし、行くのは工場の完成祝いが終わった後、ちゃんと準備してからな。」
「うん!分かったぞ!」

「私も新居の設計にかなり時間が掛かるから。それに、土地との行き来に危険も無いしね。」
マーレに関して言えば、何の心配も無いだろう。
「そっか、また出かけるのね。今度は何処に行くの?」
話しを知らないアニタが聞いてくる。そう言えば、昼間は居ないから何の話しもしてないな。ギルドの依頼内容も特に伝えた事もないし。
「エストアーハというところらしい。馬車で3日くらいらしいから、ギルド本部に行った時よりは早く戻って来る。」
「あぁ、東にある水の都、いいなぁ旅行。」
旅行じゃねぇし。
「知ってるのか?」
「観光地として有名よ。領主様のお屋敷が、湖の上にあるの。素敵らしいわよ。」
うん、どうでもいい。沈んでしまえ。
ってか何でそんな場所にドラゴンが居るんだ?
「リア狡い、そんな場所なら私も行ってみたかったわ。」
マーレくらいなら、連れてってもいいのか?
「私も行ってみたいけど、お店がねぇ。」
それは頼むよ。
「そうだ、休んでみんなで行きましょ。」
・・・
「そうだじゃねぇ!大体俺は遊びに行くんじゃねぇんだよ!」
どいつもこいつも本当に。
「そうなんだ。あたしもご主人も、もしかしたら帰って来れないかもしれないぞ。」
お、犬が珍しくまともな事を言った。

「あ、そうなったらお店、私が貰おうかな。幸い調合の本は沢山あるし。」
おい。
「新築の部屋も減らして、広く出来そうね。図面の構想考えなおさなきゃ。」
「良いわね、私たちのお城って感じにしたいね。仕事先にも自慢できそう。」
こいつら・・・
人の話しを聞きやしねぇ。
もう勝手にしろ。

「ちょっとリア!何処に行くの!」
俺は無言で店を飛び出していた。くそ面白くねぇ。
背後からそんな声は聞こえたが、知った事ではない。
そのまま走り続けて、ギルドのアイエル支部の前まで来ていた。幸い、ギルドはまだ開いていたので中に入ると、サーラが後片付けをしていた。
「もう終わりか?」
「あ、リアちゃん。珍しいね、こんな時間に。」
「あぁ。ちょっと依頼を受けようと思ってな。」
「うん。でもごめん、今のところ薬の依頼はないよ。」
サーラがそう言った時、もう一人ギルドに駆け込んで来た。視界にちょっと映っただけで、それがエリサだと直ぐに分かった。さすが犬。
「ご主人、あたしもだぞ。」
「分かってるよ、来ると思ってたからな。」
「どゆこと?」
「ドラゴン退治だ。」
「えぇぇぇぇっ!?」
そんなに驚く事はないだろうが。
「本気で言っているの?」
「もちろんだぞ!あたしとご主人で行って来る。」
「受付だけしておこうと思ってな。」
「誰も受けてくれないから残ってるけどさ。本当に危険だよ?」
そうなんだろうな。ドラゴンってのはファンタジーでも最上クラスの強さってのが定番だからな。この世界のドラゴンは知らないが。
「分かってるさ。」
「分かった。ギルドを閉めたら受付だけしておくね。」
「助かる。それともう一つお願いがあるんだ。」
「何?珍しいね。」
まぁ確かに。あまり頼みごとをするタイプじゃないんだが。
「今夜泊めてくれ。」
「イヤ。」
「即答かよ!」
「だって部屋の中見られたくないし、リアちゃん変な事をしそうだし。」
するかもしれないが、いいじゃねぇか。
「大人しく帰った方がいいぞ。」
犬に説得される謂れはねぇ。
「い、や、だ。」
「何があったか知らないけど、もうギルドは閉めるから帰ってね。」
「うわぁ、冷てぇ。」
言ってはみるが、迷惑を掛けるわけにもいかないので帰る事にした。
「それじゃな。」
「うん。」
軽く挨拶をすると、ギルドの外に出て空を見上げる。
(さて、どうしたものか・・・)

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界薬剤師 ~緑の髪の子~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:178

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:603pt お気に入り:9,823

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,139pt お気に入り:3,822

迷宮都市の錬金薬師 覚醒スキル【製薬】で今度こそ幸せに暮らします!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:149pt お気に入り:2,978

無能な癒し手と村で蔑まれ続けましたが、実は聖女クラスらしいです。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:7,089

天使志望の麻衣ちゃん

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:1

異世界バーテンダー。冒険者が副業で、バーテンダーが本業ですので、お間違いなく。

Gai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:6,653pt お気に入り:567

処理中です...