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争奪戦勃発!?

50.酷い天災でも来そうなんだが

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俺は朝からギルドに来ていた。畑に行こうとしたエリサを引き留め、同伴させている。あたしはいい、とか言っていたが報告も兼ねているため、受けた本人が居なくてどうするんだ、まったく。
問題はどう言ったものか、に尽きるな。
「おはようリアちゃん。ドラゴンどうだった?」
「それがな、まだだ。」
ギルドに入るなり声を掛けてきたサーラに、複雑な気分で答えておく。
「え?生きて現れたからてっきり倒したのかと思ったよ。」
まぁ、普通はそう思うんだろうな。
「やっぱり、逃げ帰った?」
似たようなものだが。
「そんな事はしないぞ!次はちゃんと闘うんだ。」
逃げ帰ったと言われるのが嫌なんだろうな、エリサが直ぐに反応した。何も出来ずに、猶予を与えられただけだ、逃げ帰ったのと一緒だよ。
そう言う事も可能だが、やる気になっているエリサに水を差しても俺に得は無い。
「えーと、どういう事?」
事情を知らないサーラにしてみれば、疑問符だらけだよな。

「会話を試みた。」
「うん、それだけで通じると思ってないよね?」
・・・
いやぁ、説明するの面倒くせぇ!
そう叫びたいが、目だけ笑ってないサーラの顔を見ると、そうもいかない。
「俺は会話だけで良かったんだ。だがエリサはどうしても闘いたいらしくてな。ところが、闘う資格すら無いとあしらわれた。」
「それで次って事?」
「あぁ、酔狂なドラゴンだろ?」
と言って笑ってみるが、サーラは笑ってくれない。それどころか、呆れた目を向けて来る。
「リアちゃんって、頭おかしいよね。」
「・・・」
「あ、ごめん。悪い意味じゃないよ?ドラゴンとまで話すってところが凄いって事。」
そっちか。
「最高の褒め言葉じゃねぇか。」
「そうなの?」
「あぁ。サーラの伝説の武器も最高だぜ。」
と言った瞬間、目が鋭くなった。
「それは最低。」
・・・
「まぁでも、リアちゃんなら許すけどさ。あまりしつこいと潰すからね。」
と満面の笑みで言われる。
間違いなく冗談じゃないだろう。おそらく口から内臓が飛び出すんだろうな。そこは想像に難くないので、今後は調子に乗らないようにしようと誓った。

「ところで、ドラゴンの依頼は完了にしてくれないか?無理なら取り下げて欲しい。」
黒龍にも言ったが、俺はこの依頼に納得がいかない。あわよくば報酬だけ貰ってやろうとも思っている。
「え、なんで?倒すのこれからでしょ?」
「倒さないぞ!闘うだけだ。」
「ちょっと黙ってろ、エリサじゃ端的過ぎて通じないから。」
「ぶー!」
うぜぇ、このクソ犬。
「ドラゴンとはあくまで決闘の範疇だ。どうしても闘いたいエリサに、相手が付き合ってくれる、それだけだ。」
「なに面倒な事をしてくれてるの?」
・・・
何て言われ様だ。
「ドラゴンの方に害意は無いんだぞ、倒す意味はもう無いだろうが。」
「人間には仮想敵、共通意識、達成感、それから生まれる一体感が必要なのよ。」
おい。
なんだそれ。
ふざけんなよ。
「つまりドラゴンは、そのために倒すべき存在としている、という事か?」
「私が決めたわけじゃないよ。」
お前が決めた決めてないは関係ない、現状どうしているかが問題なんだ。その返答次第では此処との離別も考慮に入るな。
「だがサーラはそれを受け入れているんだろ?」
「そうじゃない、聞いてよ。」

泣き出しそうな、哀しそうな、悔しそうな、どう表現していいか分からないが、どれも当て嵌まっているような顔でサーラが訴えてくる。
「私がこのギルドに勤めた時からあの依頼は存在していたの。この依頼に関しては何処のギルドにもあるよ。そこで受けた説明がさっき話した内容。」
「それで?」
そんな事は聞いてねぇ。
「倒せば英雄が生まれる。英雄を輩出したギルドには名誉が与えられる。倒せない程、新たな闘志が生まれる。それを創り出すために、あの依頼は存在しているの。だから、あの依頼はギルドが創り出したギルドのための依頼。」
くだらねぇ。
なんてくだらねぇんだ。
「殺す方と殺される方の存在意義は何処に在る?」
「・・・」
「生命を弄んだ先に在るのが名誉か?」
「・・・」
「在る無しは今更だ、在る事を知りつつ受け入れたんだろ?」
「・・・」
「意味の無い略奪と、未来の無い無駄死にを、此処から高見の見物か?」
「・・・」
「ギルドの為?自慰行為ならてめぇらだけてやってろ!」
「・・・」
「ご主人・・・サーラ、足元に水たまりが出来る程泣いているぞ・・・」
エリサが俺とサーラの間に入って訴えて来る。もう止めろとでも言いたいんだろう。俺だって好きで言っているわけじゃねぇ。
胸糞悪いから言葉が出てきてるんだ。

サーラが何も言わないのは肯定なのか、何も言いたくないのか、言えないのか、他に理由があるのかは分からない。
だが、今の俺の気分はそれを肯定としか判断できない。この嫌な気分を相手に押し付けるだけの判断だ。分かってはいるが、どれにしろ気分は最悪だ。
「エリサ、帰るぞ。」
「え・・・うん。」
サーラに背中を向けて言うと、エリサが隣に来る。歩き出そうとして、ふとある事に気付いて動きを止めた。鞄の中からギルド証を取り出すと、暫しの間眺めてみる。
「ご主人?」
その行動を横から、エリサは不安そうに見ているように思えた。
(これに、何の意味があるんだろうな・・・)
「ご主人!?」
「いい、気にするな。」
俺はそう思うと、ギルド証を近くのゴミ箱に捨てていた。その行動にエリサは驚いたが、俺にはもう不要だし、興味も失せた。
「・・・」
エリサは無言で捨てられたギルド証を暫し見ていたが、やがて自分のギルド証もそこに重ねた。
「お前まで捨てる必要はねぇだろ。」
「あたし、ご主人の言っている事があまり理解出来ないけど、気持ちはなんとなくわかるんだ。」
俺の我儘だから、別に誰かに理解を求めているわけじゃねぇ。
「あたしな、ギルドに拘りはないよ。」
「そうか。」
「ご主人が居るから、楽しいんだ。」
うぜぇ。
だからそういうのは求めてねぇんだよ。

「ご主人!」
「なんだよ鬱陶しいな。」
出口に向かって歩き出した俺の横に、エリサが並ぶと笑みを浮かべて話しかけて来る。鬱陶しいとは思うが、この場所とはそぐわない態度は、少し気持ちを軽くしてくれた気がした。
「畑行こう!」
「面倒くせぇ。」
何故いきなり畑なんだよ。
「あたしも頑張ってるから見て欲しい。それとな、工場も凄いんだぞ。」
エリサの成長なんてたかが知れている。だが工場か、操業を始めてから行って無いな。ホージョもパートナーなんだから、たまには顔を出しておくか。
「そうだな、気分転換も兼ねて行くか。」
「うん。」
「あとあれだな、たまには差し入れくらい買ってってやるか。」
「あたし肉が良い!」
「クソ犬の意見は却下。」
「だから犬って言うな!」
意図して気遣ったとは思えないが、それでもエリサの態度は、俺の嫌な気分を大分軽くしてくれた。それだけは、感謝しておく。
口に出す気は無いが。
どうせ何か要求されるだろうし。


分かってはいるんだ、俺の我儘だという事は。裏で人を殺す依頼がある事も知っていて容認していた。俺自身、殺すための毒薬を作って売っているし、場合によっては直接手を下している。ドラゴンの依頼を出していたギルドと、俺の何処に垣根があるんだと言われれば無いだろう。
だからそんな事は分かっているんだ。
サーラが悪いわけじゃ無い、仕事でそういう状況を受け入れるしかなかったと言えばそれまでだ。サラリーマン時代と何も変わらない、よくある事だろうが。
ただ、どうしても納得出来なかった。その思いを、サーラにぶつけてしまったんだ。俺の我儘の捌け口にしてしまったんだ。
まったく、自分が嫌になる。





稼ぐ元はひとつ減ったが、それでも気持ちは楽になった。まぁでも、工場も動き出したし、店の方も順調な事を考えれば、ギルドに頼る必要もない。サーラには悪い事をしてしまったが。
そんな事を考えながら、買ったものを外に置いてあるテーブルに乗せた。
「あれ、リアが来るなんて珍しいわね。」
聞きなれた声なので、特に見る事もしない。
「マーレこそ、今日はこっちかよ。」
「うん、なかなか思うような発想に至らなくてね。」
「まぁゆっくり考えればいいさ。それより、差し入れを買ってきたからみんなで食おうぜ。たまには何も考えずに休むのもありだろ。」
テーブルに置いた菓子を指差しながら言う。マーレは頷いたが、その後に怪訝な表情で首を傾げた。
「何かあった?」
おかしいな、いつも通り振舞っている筈なんだが。
「別に。」
ギルドに関しては、マーレが気にする範疇じゃない。
「ご主人な、ギルド証捨てたんだべっ・・・痛いぞ!」
「うっせぇクソ犬。」
敢えて黙っていたのに言い出したエリサのケツに蹴りを入れておく。
こいつは本当にすぐ口に出しやがる。少しは空気を読んで黙るとかしろよ。ま、エリサじゃ無理か。
「え・・・辞めたの?」
「納得出来なかっただけだ。自分を殺してまで続ける意味はないだろ。」
「リアが良いなら、良いんじゃない。」
「あぁ。」
気にし過ぎか。
「お互い様でしょ?」
「そうか。」
マーレだからこそ、の反応なんだろうな。お互いの事情を知っているし、どうしたいかも概ね分かっている。

「姐さぁんっ!」
また五月蠅いのが来たな。
「よぉシマッズ、元気か?」
「もちろんっすばっ!・・・」
おぉ、今日もよく弾むな。
こっちに向かってダイブしてくるのは、叩き落せって事で合ってるよな?
「リア殿、来ておったか。工場の中を見に来たのか?」
続いて集まって来るホージョ達。
「それもあるが、とりあえず休憩しないか。差し入れを持ってきた。」
「うむ、ありがたい。遠慮なく頂くとしよう。」

菓子を食べ、煙草を吸いながら他愛もない会話をして休んだ時間は、久しぶりに体感した感覚だった。あんまりこんな時間も無かったと思える。
それから工場内を見たが、今まですべて台所でやっていた工程が、それぞれ工程ごとに分かれ作業しやすくなっていた。捌ける量も格段に増え、通気性に優れた保管庫もマーレが良い仕事をしたと思わせる。
機械なんてこの世界には存在しないけど、効率良く作業が出来る場所になっていた。

工場を見た後は、ホージョ達に挨拶をして帰る事にした。マーレは少し話があるから、少し遅れて戻ると言うので、エリサと二人でその場を後にした。



「なんか、今日はやる気にならねぇな。」
工場から戻ったはいいが、店に足が向かないのでカフェに寄り道をする。それに関してエリサも特に何かを言う事は無かった。
犬の分際で無駄に気でも遣っているのかは分からないが。
「ここもボロ切れで疲れるんじゃないのか?」
・・・
アホ犬のくせに余計な気を回しやがって。
「珈琲飲んで一服出来れば良いんだよ。無理に相手にする必要も無いし。」
「そうか。あたし、甘いもの食べたいぞ。」
「おう、食え食え、奢ってやる。」
「ほんとか!?食う!」
ま、たまにはいいだろ。それに、エリサが居て俺が助かっているのは間違いないしな。

「座ってもいいですか?店長にはちょっと時間を貰ってます。」
来たか・・・
せっかく静かだなと思って寛いでいたのに。
待てよ?違和感を感じてレアネの方を見ると、暗い表情で立っていた。何があったのかは知らないが。しかも確認してくるなんて、おかしいぞ。
「あたしはいいぞ。」
今日は荒れるな。敵意剥き出しのエリサまでおかしな事を言い始めた。
「何かあったのか?」
「いえ、少し、お話しがしたいんです。」
なんか調子が狂うな。
「まぁ、いいぞ。変な話しなら追い出すからな。」
「はい。」
レアネは力の無い笑みを浮かべると、椅子を引いて静かに座った。
「レアネ、元気ないぞ?」
!!
エリサがレアネの名前を口にしただと!?
ボロ切れとしか言わなかったあのエリサが!?
いかんな。
「エリサ少し待っていろ、胃腸の薬と安定剤を用意するからな。」
「何を言っているんだご主人、あたしは拾い食いなんかしてないぞ。」
・・・
そこまでは言ってねぇ。ってかしてるのかよ、拾い食い。それよりも問題なのは、自覚症状は無いって事だ。この症状はちょっと難儀だな。
「レアネはもう、ボロ切れじゃなくなったんだよ。ちょっと前まではボロ切れだったけど、今はレアネだ。」
・・・
言っている意味がまったく分からねぇ。何処の次元の話しをしているんだ?
「まさか!?このアホ女の影響を受けてお前まで・・・」
「だから違うぞ!ご主人はアホだな。」
「クソ犬に言われたくねぇわ!」
ふざけやがって。
だが明らかに意味不明なのは間違いない。

「あの、私がボロかそうじゃないかは気にしなくていいですから。」
俺が気にしているのはそこじゃねぇ。
「それよりも、お話し、いいですか?休憩時間も限られていますので。」
「あ、あぁ、悪かった。」
こっちはこっちで何かおかしいし。どうなってやがんだ。
「私、何時も一方的に自分を押し付けていました。」
そうだよ。特に胸の場合は抵抗出来なかったな。
「相手の話しも聞かず、自分がどうしたいかだけを言うばかりで、リアさんやエリサさんに目を向けてなかったんだと気付きました。」
まぁ、今更だが。
「助けて頂いた恩もありますが、何よりちゃんと向き合って、出来ればお友達になりたいです。」
えぇ・・・
俺の生活に神は不要なんだがな。
「な、レアネだろ。」
エリサは得意げに言うが、本当に意味が不明だな。だが、何となくわかった、レアネに変化が起きたと言いたいのだろう。それはエリサにとって、敵意を向ける存在じゃなくなったと。
「良かったな、頑張れ、エリサ。」
「うん、あたしは良いぞ。」
良し。エリサに押し付けてみたが、あっさり受け入れたんで解決だな。
「リアさんは、やはりダメですか?」
・・・
参ったな。
俺、何をしているんだろうな。出来れば女子には優しくして、笑顔でいてもらいたいなんて思って、自分は女子に対して紳士だと思い込みたかったのか。
分からないが、クズは俺自身の様な気がして来たな。

また、泣かせるのか?
レアネが、何か悪い事をしたのか?
ただ神です、って発言だけでそこまで邪険にするのか?
レアネは向き合おうとしているのに、俺は見向きもしないのか?

「神は却下だ。」
「・・・」
レアネは今にも涙が溢れそうな目を、真っ直ぐに俺に向けて来る。
「が、それ以外なら、別にいい。」
「リアさ~ん、良かったですぅ。」
って抱き着くな!結局泣いているし・・・

「何だ?頼んでねぇぞ?」
レアネが落ち着いたところで、店主のグラードが何故か焼き菓子の盛り合わせを持って来て置いた。
「私からの気持ちだ。これからもよろしく頼むよ。」
つまりもっと金を落とせって事か?
「みんな仲良しが一番いいよ。」
と言いながらグラードはカウンターの奥へ戻って行った。まぁ、おっさんの考える事は分からんが、ありがたく食べておこう。
「良かったら、今度みんなでご飯が食べたいです。」
本当に、別人になったんじゃねぇかって気がするな。
「あたしは良いぞ!みんなでご飯は楽しい。」
何かあったとすれば、昨日のあれか?あの黒ずくめと何かあったと考えるのが自然だな。
「リアさんはどうですか?」
一体どうして変化したのか考えていると、レアネが俺の顔を覗き込んできた。少し前かがみになるもんだから、余計に強調される。って事はまず、飯の前にあれだな。
「構わないが、その前に。」
「何ですか?何でも言ってください。」
言ったな、良し。
その条件さえ飲めば、飯に行けると思っているのか、レアネの表情にもやる気が感じられる。
「まず胸と尻を揉ませぶーーっ!」

なんだ、何が起きた!?急に頭部に衝撃が。
「何でお前が此処にいるんだよ!」
「家に帰ろうとしたら、見かけたから。」
「見かけただけでいきなり殴るのかよ。」
「くだらない事を言ってるのが悪いわ。」
恐ろしいくらい都合のいい登場の仕方だな、おい。
「で、何の話し?」
「聞いてたんじゃねぇのかよ。」
「リアのアホ発言しか聞いてないわ。丁度近くに来てまず聞こえたのがそれだったのよ。」
本当に都合が良すぎだろ。俺キラーか・・・
しかも話しの前後が分からずに俺の言葉だけを捉えて殴るなんて、理不尽にも程がある。
「レアネとな、友達になる話しだぞ!」
「え・・・」
このクソ犬。
脈絡が無さ過ぎて通じないだろうが。そりゃマーレも引くわ。

「ちゃんと説明するから、まぁ座れ。」
「う、うん、お願い。」
今までの流れをマーレに説明したら、マーレも納得してくれた。それにより、レアネは凄く嬉しそうに笑みを浮かべていたが、今までのは何だったんだとも思わされる。
今日は、何なんだろうな。明日世界が崩壊するとか、そんな前兆じゃねぇよな・・・

ただ一つ確実なのは、色々ありすぎて酷く疲れた気がした。

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