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対決、ギルドマスター

60.見つめられると照れるんだが

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ギルドの支部は、その支部のマスターになる人間が所有している事になる。マスターが本部の許可を得た後、本部が支部を置きたい国と交渉して、認可を得られればその国、土地にギルドを開く事が可能となる。
国にとっても何でも屋が出来て、抱える問題が減るから断るところはまず無いらしい。むしろ歓迎される事の方が多いため、国側としても強く言えないのが現状だ。国として抱えている厄介事の一部を、片付けてくれるのだから都合が良いのだとか。
それはミルスティも同様で、ユーリウスが言っていた事で納得はいく。

ギルドマスターの一存でギルド自体が建設されるわけだが、当然マスターはギルド兼自宅になっているギルドが殆どらしい。
カーマエーレンも例に漏れず、ギルドの中で暮らしている。となると、またも忍び込まないとならないわけだ。
この辺の情報はユアナから聞いて居る。元本部勤めの当人が言っているのだから、これも間違いは無いだろう。

忍び込むにしても一人住まいの小さな自宅ならまだいいが、ギルドともなるとそうもいかない。当然住み込みで働いている人間も居れば、閉めた後に残っている人間もいる。営業時間が終わっても仕事はあるし、それをする人間もいる。
本当に世界が変わっても人間のやる事は大差ない。

乗り込むにあたり以前と違って問題なのは、カーマエーレン以外の人間だ。今回は対象にはならないので、出来れば気付かれずに終わらせる必要がある。殺しに良いも悪いも無いが、胸糞の悪いのだけは勘弁して欲しいからな。
それと並行してフェンメルのセルドも始末しなければならない。こちらも同様に、セルドは会社が自宅となっているし、住み込みで働いている人間も居る。この件に関わっているのはセルド本人だけだ。
以前の様に屋敷内がまるごと敵なら、もっと楽に出来る方法もあっただろう。そう考えると面倒が掛け合わさってやる気も起きない。

とは言え、メイニの頼みとあってはやるんだが。

これが現状を確認した内容だ。酷く面倒な話しではあるんだが、これから詳細を詰めていく必要があるのは、さらに面倒だな。
「セルドはわたくしが始末しますわ。」
状況の確認が終わると、メイニがまずそう言った。セルドはって事は、残りは押し付けるって事かよ。
「となると、カーマエーレンは俺か?」
「そうなりますわ。」
いや、面倒じゃねぇか。
「カーマエーレンはギルドから出る事が滅多にありませんの。ですが、セルドに関しては外出が多いため、狙い易いですわ。」
いや、そっちの方が楽じゃねぇか。滅多に出ないとか、面倒くせぇ事この上ないな。
「楽そうだな。」
「仮にもギルドの依頼を受けている当人、リアさんでは荷が重いのではなくて?」
う・・・
そう言われるとそうだな。そこまでは考えてなかったぜ、俺は肉体派じゃないからな。かと言って暗殺に向いているかと聞かれても、それも違う。やはり素知らぬ顔で毒を混ぜるのが一番向いているだろうが、ギルドでギルドマスターと面会した形跡は残すわけにもいかない。
「確かにそうがだ、それを言うならギルドへ気付かれずに忍び込めるかどうかも問題だ・・・」
「可能ですわ。既に調査済みですもの。」
それ、もう俺じゃなくても何とかなるんじゃねぇか?
「ギルドから出ないとは言いましたが、それは飽くまで周りの視点。本人のみが知る出入口が在るのですわ。」
メイニが知っている時点で本人のみじゃねぇが、突っ込むのはさすがに野暮だよな。
「そこまで分っているなら、計画的に殺す事も可能じゃねぇか。」
「この依頼を出来るのはリアさんだけですわ。」
俺である必要も無いんじゃないかと言ってみるが、帰って来たのは告白だった。
「まぁ、俺の事が好きなのは分かるが。」
それだけ俺が頼られているという事だろう。
「そんな事は言っておりませんわ。」
ちっ・・・

「リアさんの言う通り、殺すだけならばわたくしでも可能ですわ。ですが、それでは痕跡を残してしまいます。」
そこなんだよな。ただ殺すだけなら誰でもいいわけだ。
「それに、殺す事を前提に誰かに依頼、というのも危険ですわ。取引上信頼があったとしても、そこまで共有できる人物などまず居ないのが常。殺しを請け負っている者も、何処から漏れるかわかりませんもの。」
それを言い出したらきりがない。だが、恐ろしい程の情報収集能力を持つメイニが言うのだから、それは危機感の範疇なのだろう。
自分が出来る事を相手が出来ないとは思わない。当然、出来ると判断するのが危険回避の基本だ。それを分かっているからこその慎重な態度なのだろう。
「俺は問題ないのか?」
「あら、わたくしとリアさんは既に一蓮托生かと思っておりましたが?」
「もちろん、言うまでもない。」
そりゃな。
多分、出会ったあの日から、俺は惹きつけられたのだろうよ。
「それに、自然死なのか事故死なのか、殺人なのか。その曖昧さを残せるのはリアさんしか居ませんもの。」
薬の種類によってはな。メイニが俺を巻き込む一番の理由がそこだろう。目的によって使う薬もそれぞれだ、要は自分にとって都合良く出来るかどうかだろうな。思うにやられる方も、単純な痛みだけではないという部分に不安や恐怖を感じるのかも知れない。
突然身体が動かなくなったり、普段の状態でなくなるというのは精神的にも揺らぐ可能性がある。メイニはその辺を考慮して俺を巻き込んでというか、良いように使っているのだろう。
後は人手だな。

まぁどんな理由にしろ、頼まれればやるさ。この世界で信頼のおける人間なんて限られている。それに、俺自身が既に影の中を歩くような生き方だから、道理を口に出来る立場でもない。
「だが、セルドを引き受けると言ってもどうする?さっきの話しじゃないが、普通に殺すわけじゃないだろ?」
「問題ありませんわ。見つからなければいいのですもの。」
・・・
は?
いや、そうだけどさ。行方不明だったら確かに色んな意味で都合は良いだろうけど。
「ここが重要なのですわ。」
「どういう事だ?」
「ケイラウン商会のキーテッツァが、カーマエーレンの事まで気付いているかは明白ではありません。ですが、カーマエーレンとセルドが同時に死んだとなれば、勘ぐるには十分ですわよね。」
ややこしいな。面倒な関係性は何処まで行っても邪魔くさい。
「なるほど、だから片方は行方不明ってわけか。」
「えぇ、少なくとも大事になるまでには時間が掛かりますわ。その頃には当然、わたくし達はこの国に居りません。」
同時に始末しなきゃならないのに、同時に気付かれるのはまずい。なんて面倒なんだ。いや、そうなると。
「セルドを行方不明にするなら、カーマエーレンの方は猶予が出来るんじゃないか?予定くらいは把握しているんだろ?」
「人間の気紛れ程危険なものはありませんわ。」
あぁ。
人間特有の不確定要素、気分。
計画とは真逆に位置するそれは、往々にして狂わせて来るものだからな。確かに一番の危険要素と言えるだろうし、最優先の排除項目だな。

「なるほど、こっちの安全の確度を上げるためには、ほとんど同時には片付けなければならないわけだ。」
「その通りですわ。」
この辺までは概ね理解した。が、問題はどうやって行方不明にするかだな。大の大人を一人消すなんて、並大抵の事じゃないだろう。
「行方不明の方法は?」
「前に頂いた薬を使いますわ。動けなくさえすれば後はどうとでもなりますもの。」
いや、どうとでもって。
そもそも殺すのが前提だよな。
「動けなくしただけで、どうやって消すんだよ。」
「あら、此処を何処だと思っておりまして?」
此処?
王都レメディールの城下町、エーラクレーウだよな。が、そんな当たり前の事を言っているわけでもないだろう。
「あら、分かりません?この城下町は港でもありますわ。」
・・・
おいおい。
今日日、反社会勢力でも聞かねぇぞ。いや、知らないだけかも知れないが。
「沈めるのか。」
「そうですわ。重りを付ければまず浮いてこれませんわ。」
普通に発想が怖ぇよ。
いやまぁ、自分がやっている事を考えれば大差ないが。
「だがどうやって運ぶ。見つからずに運ぶのは無理がないか?」
大の大人を港まで気付かれずに運ぶとか無理だろう。

「大丈夫ですわ。既に運搬行程や人の流れは把握済みですもの。」
そうだろうけどよ。
「それに、わたくしのお店は雑貨屋でしてよ?」
またピンと来ない問い掛けをしてくるな。ただのサラリーマンだった俺がそんな事で分かるわけがないだろう。
いや待て。
「倉庫か!」
「ご名答。わたくしの店から港にある倉庫に、荷物を運ぶのはなんら不自然ではありませんわ。だから、行程の確認はこの店までで十分ですの。」
そういう事か。それならば納得だ。
だが、一つ穴があるな、多分。
「俺が渡した薬は筋弛緩系だ、身体の自由は奪っても意識までは奪えない。つまり、ろれつが回らないにしろ声は出るぞ。」
見つかる見つからない以前に、そこをどうにかしないと気付かれる。
「あら、そうでしたわね。」
・・・
ここに来て抜けてんじゃねぇか!
薬の効果を強くすれば呼吸停止も可能かも知れないが、それはまた別の話しだ。渡しているものを強化する事は出来ない。
と思ってメイニを見ていると、困った素振りなど微塵も見せずに俺の方を凝視している。
惚れるのはいいが照れるな。
「何とかなるのでしょう?」
最初からそれ込みで考えていたんじゃないか?
「まぁな。カーマエーレンに使うつもりだった薬がある。」
「まぁ、準備がいいですわ。」
お前程じゃねぇよ。

チオプレールという麻酔なんだが、即効性が出るように強化したものがある。肺から取り込んでも効果があるため、口の中に無理矢理突っ込んでやれば直ぐに意識が飛ぶだろう。
「強めの麻酔だ。」
下手をすれば呼吸困難になるかもしれないが。まぁどうせ死ぬんだ、それはそれでいい。
「麻酔?」
無ぇのか?この世界は。それとも一般的じゃないのか、どっちでもいいか。
「身体の感覚を奪うんだ。つまり、痛みも感じなくなる。部分的も可能ではあるが、これは全身に効果を及ぼすため起きてはいられない。」
「便利ですわね。」
便利かどうかは不明だが、これが無いと俺の居た世界は治療に痛みを伴う事も多い。まぁ、当然悪用も可能なわけだが。
メイニの場合はどうだろうな。一つ言えるのは、こういう事がまたあるならば考慮に入れるだろうという事だ。
「吸い込んでも効果があるから、身体の自由を奪った後に使えばいいんじゃないか。」
今回は強めにしてあるから、まず昏睡状態になるのは間違いないだろう。
「分かりましたわ。それで、カーマエーレンの方はどうやって使うんですの?」
そこは深く考えてないな。そもそも俺の問題は出会えるまでが不安であり、出会えればそこまで苦労はしないだろうと思っている。

「まずエリサが拘束する。」
「え!?あたし?」
いや、何故驚く。お前は何のために来ているんだよ。
「俺が抑えられるわけねぇだろうが!」
「ご主人、それ堂々と言う事じゃないぞ。」
うっせぇ、クソ犬。
「出来ない事は出来ないとはっきり言う事が大事なんだ。現地に行ってから実は出来ませんでしたとか、それこそ使えねぇだろうが。」
「そうですわね。」
「そういうものか?」
「そうだ。」
「仮にもギルドマスターだ。多分、それなりに強いだろう。」
分からないが。
「分かった、任せろ。」
「で、エリサが拘束している間に口の中に突っ込む。抵抗するようであれば針で刺すけどな。」
一度吸い込めば終わりだから、麻酔まで針を使う事は無いだろう。
「後は、呼吸を止める薬を針で刺して終わりだ。」
筋弛緩系のベンクロニムを使ったものだ。強めにしてあるから確実に呼吸を止めるだろう。流石に怖くて自分じゃ試せないが。
メイニに渡している薬とは別物なので、いい機会だ。
「針は刺すんですのね。」
「現状、それ以上に良い方法は思い付かないな。確かに跡は残るだろうが虫刺され程度だし、無臭で時間と共に消えるから毒殺とも気付かれないだろう。」
毒殺というよりは薬殺なんだが。

「分かっていますわ。その辺は以前話した事なので気にはしてませんわ。」
ならいいが。
「問題は本番って事だよな。」
「えぇ。想定通りに事が運ぶか、それだけですわ。」
確かにそれだけだが。
どうしてもぶっつけ本番、機会は1度のみというのは不安を煽る。当然の事ながら1度しか機会はないのだから失敗は許されない。失敗すれば後が無いのは当然だからな、そうなれば死ぬのは俺の方になるだろうよ。
「それで、その機会ってのは何時なんだ?」
これ以上話しても確率が上がるわけじゃない。後は自分の中でイメージしておくしかないな。
「明後日、二人とも動きますわ。」
そういう事か。
「よく二人が会う都合を突き止めたな。」
「それは内偵者の功績ですわ。二人は決められた日に落ち合う事になっていますの。」
決められた日程ね。
そうか。
「決めておけば示し合わす必要がない。つまり、漏れる可能性を減らせるわけだな。」
何時落ち合うか、そんな事を毎回やりとりしていては、その回数だけ気取られる危険も増える。それを省いた上での定例のようなものか。
「えぇ。ただ、日付や曜日が決まっているといった類ではなく、不規則性があるように思わせるような法則ですわ。」
良く考えてるな。
それよりも、よくそれを見付けたよ。内偵している方もかなり優秀なんじゃないか?

「それじゃ、決行日までは観光でもするか。」
話しは概ね終わったようだし、当日までは多少時間もある。マーレじゃないが、俺も見て回るかな。
「その前に、薬の効果と使い方、もう一度確認したいですわ。確実に殺すために。」
「あぁ、分かってる。失敗すればこっちが殺されても不思議じゃないからな。」
「えぇ、その通りですわ。」
「帰って来るなり物騒な会話ね。」
「それが目的で来てるって分かってるだろうが。」
街の探索から戻ったマーレが、開口一番にそう言った。
「そうだけど、重いなって。」
仕方がねぇだろ。
「で、もう探索は終わったのか?」
「うん、今日は様子見程度。明日から本格的に見て回るわ。それくらいの時間はあるんでしょ?」
後半の言葉はメイニの方に向かってマーレが確認する。
「勿論ですわ。帰りの船は明々後日の朝一、それまでは自由にしてくださって構いませんわ。」
朝一ね。終わった翌朝には帰るわけだ。まぁ、長居するもんじゃないし、そういう気分にもならないだろう。
「あ、決まってるのね、分かった。明日、明後日でしっかり見て回るわ。」

「ところで、夕飯ですが。」
メイニが話題を変えると一同を見渡す。
「マーレさんも帰って来た事ですし、食べに行きません?勿論、わたくしの好みでよろしければ、ですが。」
「確認するまでもないな。」
メイニの誘いを断る理由は無いのだから。
「ほんと?行きたい!ずっとミルスティに居るから、別の土地の料理は楽しみ。」
そういやそうだっけな。
マーレが言う度に同じ事を思う。俺はそこまで食に興味がある方じゃないから、旨けりゃなんでもいいんだが。
「あたしも行くぞ!」
「分かりましたわ。では準備が出来たら行きましょう。」
「あぁ。」

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