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対決、ギルドマスター

59.記憶が薄れてきたんだが

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あれから数日、ゼフトは快復したらしく業務に戻ったらしい。俺としても薬が効いてくれて良かったと思っている。それはもちろん、俺の今後に関してであってゼフトの快復の事ではない。それは飽くまで結果でしかないのだから。
御用達の証に関しては、国王の許可が出てから発行すると言っていたので、まだしばらく先になるとは思うと言っていた。だが、急いで欲しいものでもなし、わりとどうでもいい。
そんな報告を昨日、ユーリウスが店を訪れて伝えてくれた。今回は報告だけなので、五月蠅いあいつが来なかったのは幸いだ。

まぁ、城の話しはさておき、俺は今馬車に揺られている。何度も乗っているメイニの馬車は、やはり乗り心地は悪く無い。
たまにしか乗らないが、乗っているだけで目的地に着くのは便利だ。本当は畑に行くのにも自転車なんかあれば楽なんだが・・・
作るか?
原理としてはそれほど難しく無い筈だ。
それは今後考えるとして。

「馬車に乗ったの初めてだけど、悪く無いわ。」
言われてみれば、マーレが何処かに遠出した事は無い。もともと王都ミルスティに住んでいたのだから、そこから出てないという事は乗ってないのだろう。もっとも、出会う前の事は知らない。が、聞いた話しからすればそれこそ有り得ないだろう。
「お前な、それはメイニの馬車だからだ。他の馬車に乗ってみろ、もう乗りたくなくなるぞ。」
「そうなの?」
「そうだぞ!馬車に乗った後は椅子に座れなくなるんだぞ。」
それな。
まさにエリサの言う通りだ。ケツが痛くて、木製の椅子なんて座れたもんじゃねぇ。ソファーなんて上等なものは金持ちしか持ってねぇしな。
「えぇ、それはイヤだなぁ。だけど本当に、そんなにお尻が痛くなるの?」
「そんなにだ。」
エリサが大きく頷く。余程痛かったんだろう。
まぁ、俺もそうなんだが。
馬車なんて頻繁に乗るものでもない。毎日乗ってりゃ慣れる可能性もあるが、今のところその気配は無いな。
「良い事を思いついたぞ。」
「お前の良い事なんてろくでもない事以外の何物でもないだろうが。」
「あ、同感。」
おそらく本人以外は同様の認識だろう。
「そんな事無いぞ!マーレがドラゴンを迎えに行けば、馬車を体験出来るぞ。」
「はぁ!?何馬鹿な事を言ってんのよ。」
「おぉ!そいつは名案だ。」
今回は見事に意見が分かれ、マーレが俺を睨んで来る。言い出したのはエリサだろうが。
「何よ。」
「何だよ。」
「ふふ、あなたたちは本当に面白いわ。」
心外だ!
「俺をこいつらと一緒にすんなよ。」
「同類ですぅ!」
うぜぇ。

この日の朝、メイニの店に集まった俺とエリサ、それから同行したいだけのマーレは、メイニの馬車に乗り込んで港町クレーエルへ出発した。

夕方には以前同様に着いたが、ギルド本部へ行く時以来だからと言って、何か感慨があるわけでもない。ただ、ギルドの為に以前寄ったのに、今度はそのギルドを相手にしよういうのは皮肉だと思えた。

馬車はとある宿屋の前で停まると、メイニが降りるように促してくる。目の前に建っている宿屋は、俺とエリサが以前泊まったところとは別物だった。大きいのは大きいんだが、石造りって城かよ・・・
「今夜は此処に泊まり、明日の朝船に乗りますわ。」
「凄い、お城みたいなところね。」
だよなぁ。
「部屋は既に用意してありますわ。」
は?
この世界に予約システムなんかあるのかよ。
「何時の間に?」
「前もって手紙を出しておりましたの。それぞれ部屋を用意してある筈ですわ。」
手紙ね。それくらいか、誰かを先行させるかくらいしか手は無いか。一瞬、何か通信手段でもあるんじゃないかと期待したが、在ったらとっくに知っている筈だよな。
「そう言えば私、こっちで宿に泊まるのも初めてね。」
「言われてみりゃそうか。」
馬車同様に、ミルスティから出た事が無いんだもんな。そう思ってマーレの顔を見ると、楽しそうに見えた。
「食事も中で食べる事が可能ですから、何処かに行く必要もありませんわよ。」
知らない店を探すのも旅の醍醐味なんだが、まぁいい。これはメイニの都合で出かけているんだから、合わせるのも当然だな。
「楽しみ。どんな料理が出るのかな。」
「魚。」
もうちょっと言い方があるだろうが、このアホ犬。
「刺身はねぇぞ。」
「分かってるわよ。文化が無いんでしょ。」
言っておいてなんだが、文化は無いってだけで、食べる奴は食べるんだよな。だから無いとは言い切れないか。
「料理の味は保証致しますわ。それよりも、夕食前に荷物を置きにいきましょう。」
「そうね。」
まぁ、俺も毒液を持って飯を食いたくねぇしな。

荷物を置いた後は食堂へと集まり晩飯になった。まぁ、魚がメインだったのは想像に難くない、港町なのだから。それでもメイニの言う通り味はかなり良く、酒も進んでしまった。
明日から船旅だってのに。

食後、各自部屋へ戻ったが特にやる事も無いので、メイニへの夜這いを決行。もちろん、同じ宿の時点でそれは決定事項だった。
「どうぞ。」
部屋の扉をノックすると、中から許可の合図が聞こえたので部屋に入る。まぁ、俺らの部屋より豪勢なのは言うまでもないが、そんな内装より目を引いたのはやはりメイニだ。
可愛い。
いや、そうじゃなくて。
普段、貴族っぽい服装でコルセットでも付けているんじゃないかと思っていた。だからこそ果実に張りがあるように見えるのだと。視覚として受け取れるのであれば、俺はそれでも良いと思っている。
女性が自分を綺麗に見せようとするのは、その心意気も結果も綺麗だと思えるからだ。
が、メイニに至ってはそうじゃない、果実そのものが素晴らしんだ。寝巻の上からでもはっきりとわかるそれは、俺の目を引き付けるには十分過ぎる。
それと髪だ。普段は纏めて上げているから分からなかったが、綺麗なストレートになっている。この世界でその状態を維持出来るとは思わなかった。垂れた髪の間から覗く顔は、普段よりもあどけなく見え、それが余計に可愛らしさを引き立たせている。
「好きだ。」
「何をしているのかしら?」
何をと言われてもな。
身体が俺の意志とは関係なく抱き着いただけなんだが。
「それで、何の用かしら。」
用も何も、現在進行形で満たされていますが。
メイニは振りほどこうともせずに聞いて来るが、それに対しての答えは在るようで無いのかもしれない。
「普段無いからな、メイニとゆっくり過ごす時間なんて。」
「ふふ、そうね。」
メイニは微笑むと、俺の頭に手を乗せて撫でた。

・・・
いやぁ、俺が求めているのはそういうんじゃねぇ。これじゃただの子供扱いじゃねぇか、もっとこう、大人の付き合いをだな。
「良ければ、飲みなおしませんこと?」
抜けるように俺から離れると、メイニは棚から葡萄酒の瓶を取り、俺に見せて言う。まぁ、それも悪く無いか。
はっ!もう少し酔ってからって事ですね!
「もちろん、付き合うぜ。」
そういう事なら断る理由はまったくない。明日の朝の事は知るか。

「あら、もう酔いましたの?」
おかしいな、そんなに飲んでない筈なんだが。
「そりゃ、メイニという美人に酔わないわけが無いだろう。」
「お上手ですわね。」
「そうじゃない、本当の事だ。」
部屋で二人きりで飲むなんて、想像もしてなかったからな。これはもうありって事だろう、来て良かったぜ。
「思ったより、お酒は強くないですわね。」
そんな事はねぇぞ。
だいたい、生前は毎日それなりに飲んでいたしな。
・・・
生前と言えば、死ぬ前にも似たような事を言われた気がするな。あれ、名前なんだっけ?直ぐに思い出せないほど、もう記憶に無いんだろうか。
まぁいい、無事に逃げ延びたかな、あいつ・・・



むはっ!
危ねぇ、寝るところだったぜ。折角巡って来た機会に寝るなんて勿体ないからな。
・・・
って、俺はいつベッドに移動したんだ。
ってか、外が明るいじゃねぇかっ!!
「あら、起きましたのね。」
やっちまったぁぁ!
何で寝ちまったんだよ俺!
って、メイニの奴もう着替え終わってるし!
着替えを俺に見せろアホ!
くそ、身体が替わったってのに、酒の強さは変わってねぇじゃねぇか。強くなっとけバカやろう。
「もう朝食の時間ですわ、部屋に戻って出る支度をしないと、船に間に合いませんわよ。」
そう言うなら起こしてくれよ、着替え前に。
「悪いな、寝ちまって。」
「いえ、楽しい時間でしたわ。」
俺はちっとも楽しくねぇよ!
仕方ねぇ、こうなったら船上で仕掛けるしかねぇな。
「ところで、船旅は何日くらいかかるんだ?」
「早くて3日、といったところですわね。」
3日もチャンスがあるじゃねぇか。
ってか早くて?言われてみれば、機械なんかねぇよなこの世界。エンジンで推進してるわけじゃないから、時間は見えないのか。
「そうか。それじゃ、食堂でな。」
「えぇ。」
俺は言うと、メイニの部屋を出る。何しに来たんだよ、酒を飲んで潰れただけじゃねぇか、まったく。



「うわぁ、思ってたより大きいのね。」
木造の帆船を見上げてマーレが感嘆の声を上げる。俺はもう往復で乗っているから何も思わないが、というより最初から思ってねぇ。
「この旅は初めてだらけだな。」
「うん、楽しくなってきた。やっぱり着いてきて正解だったわ。知らないものを見たり経験するのって、大事じゃない?」
場合による。
「そうだな。」
水を差しても何なんで、相槌で流しておくか。
「うん、気分転換にもなるし、新しいものは創作意欲にも影響するものね。」
その勢いで図面を完成させてくれればいいが。
「刺身食えるかな?」
「今回は航路が違うから、あの髭面じゃねぇだろ。」
エリサの疑問は俺も思っていた。だがよくよく考えれば、航路が違うのだから可能性は低いだろう。
「むぅ、楽しみにしてたのに。」
「刺身なんかあるの?」
「たまたまだよ。前に乗った船の船長が、生派だったんだ。」
「へぇ、珍しい。」
「まぁな。文化が無い所為か、誰も食べたがらないらしくてさ。刺身にしたら意気投合してな。」
「いいなぁ。刺身とか、懐かしい。思い出したら食べたくなってきたじゃない。」
知るか。
そういうのは、巡り合わせだろう。

「いよぉ嬢ちゃん、今度はエーラクレーウか?」
乗船予定の船の前で話していると、いきなり上から声が飛んで来た。この聞き覚えのあるうるせぇ声は・・・
そう思って見上げると、やはりあの髭面だった。
「そうだ。何であんたが居るんだ?」
「そりゃ俺の船だからな。」
・・・
船の事まで覚えてねぇよ。名前くらい書いておけ。
「この船、ロエングリ行か?」
「違う違う、俺らは交代制で航路を変えてんだよ。つまり、嬢ちゃんは運が良かったって事だな、わっはっは。」
うぜぇ。
むしろ不運だろうが。
「やったなご主人!」
どこがだよ。
「まぁ、刺身は食える可能性が出て来たな。」
「ほんと!?」
余程食べたかったのか、少しがっかりしていたマーレが目を輝かせた。まぁ、食べられるといいな。
「よし、そろそろ出航の時間だから乗ってくれ。」



「うそ!本当に食べられるなんて思ってなかった。」
マーレが感動の眼差しで、出て来た刺身を見て言った。
そうなんだ。
刺身なんだよ。
つまと大葉あたりがあれば、それらしく造りに見えるくらいには刺身なんだよ。しかも、白身の魚も混じっていて、数種類乗っている。
「増えてんな。」
「いやぁ、嬢ちゃんに聞いてから色々と試してみてな。全て試食して旨いと思ったのだけ並べている。まぁ食ってみてくれ。」
どんだけ生で食う事に執着してんだよ。
「美味しい!久しぶりだわ。」
一枚食べたマーレが嬉しそうに言った。そうだろうな、俺も最初に食った時は感動したもんな。
「なんだ、兄ちゃんも刺身を知っているのか?」
「え、うん。」
「嬢ちゃん家の秘伝って言うから、そんなに知られてないと思ったんだがな。」
そういう話しだったな。
「一緒に暮らしてんだから知ってて当然だろ。」
「なんだ、そういう事か。」
髭面は納得すると大きな声で笑った。何が可笑しいか不明だが、うるせぇ。
「秘伝なんだ。」
「そりゃそうだろ。言ったもん勝ちだ。」
「確かにそうね。」
最初は呆れた目を向けて来たが、俺の言葉に一瞬考えるとマーレは笑い出して頷いた。

「ご主人、足りないぞ。」
俺もマーレも未だ2枚か3枚しか食べてないが、エリサの皿は既に空になっている。
「お前な、前回食い過ぎてどうなったか忘れたのか。」
「う・・・」
本当に忘れていたらしく、考えて思い出したのか嫌そうな表情になった。
「どれくらいまで食べていいか分からないぞ・・・」
「俺らと同じ分だけ食えば大丈夫だろ。」
「早く食え!ご主人。」
死ね、クソ犬。
「こういうのはゆっくり楽しむもんなんだよ。」
だから気持ち悪くなんだよ。
「ねぇ船長。他の船でも刺身って出しているの?」
マーレが気になったのか、髭面にそんな事を聞いた。多分、前回聞いた話しからすれば無いだろうな。
「いや、俺だけだ。何故か誰も食べようとしないんでな。」
「え、そうなの?」
「俺も嬢ちゃんと出会わなければ、こんな食べ方を知らないままだったろうからな。」
「生の敷居は高いって事だな。」
「そういう事ね。」
現にメイニは、一人離れて普通の料理を食べている。「生で食べるなど正気の沙汰とは思えませんわ。」とか言っていたが、単に食わず嫌いの可能性もある。
が、そればっかりは本人が口にしてみようと思わなければ始まらない事だ。食べなければいけないものでもなし、本人の自由だろう。



そんな船旅も風向きが良かったのか3日目にはエーラクレーウに着いた。港から山の麓に向かって伸びる街並みは、なかなか壮観だ。
港も広く、多くの船着き場があり、降り立った広い敷地には倉庫らしきものがずらりと並んでいる。
そこから伸びる道の先から街が広がっている感じだ。街と港が隣り合っている感じはしないが、縦長の街はロエングリやクレーエルに比べてもかなり大きい。それは、この街が王都拝する城下町だからなのだろうと思わされる。
ミルスティとどちらが大きいかと言われても、ミルスティの全景をしらないからなんとも言えない。
だが、王都レメディールは船上から一望できるから、他の港町との比較はしやすかった。

髭面に挨拶をして船を降りると、街へと続く道へ入る。残念ながら船上ではメイニと何も無かった。というか部屋に入れてくれなかった。おかしいな・・・
だが旅はまだ折り返してもいない。今夜も宿に泊まるだろうから、クレーエルでの続きと行こうじゃないか。
とりあえず、酔い潰れないようにしないとな。

「着きましたわ。」
メイニの案内でかなりの距離を歩くと、立ち止まって見せられたのは宿屋ではなかった。
宿屋らしき建物は、港側に多かったのだが、そこを通り過ぎ、城へと続く大きな道からも外れ着いた場所は、1件の雑貨屋だった。
「何か買いたい物でもあるのか?」
宿に向かっていると思いきや、案内されたのは雑貨屋だ、俺がその疑問を口にしても何も間違いじゃないだろう。だがメイニは目を細め見返してくる。
「違いますわ。此処が今回の拠点になりますの。」
拠点?
雑貨屋が?
「此処は、わたくしがこの国で出している分店ですの。」
なるほど。それならそうと最初から言っておけ、理解に時間がかかるじゃねぇか。
「そうか。動向を探るにも時間が必要だ、それで店か。」
「その通りですわ。」
長い期間滞在するには金も必要だが、何より滞在期間が長くなればなるほど、宿屋では目立ってしまう。だが、店であれば在って当たり前なのだから、気にも留めないだろう。店員が普通に仕事をしているだけだもんな。
「あの、私はどうすれば。勝手に着いて来ちゃっただけだし・・・」
確かにな、俺らは此処を拠点にカーマエーレンを相手にするわけだが。
「構いませんわ。部屋は空いているので、終わるまで好きに過ごしていただいて問題ありません。」
「そうなんだ、ありがと、助かる。」
「気にしなくていいですわ。」
どれだけ部屋が余っているのかは不明だが、建物としては大きいから選ぶくらい出来そうだな。
「自由に見て回れるじゃねぇか。」
「うん。」
此処まで来る間に見た感じでは、王都ミルスティとは建物の感じは確かに違う。ギルド本部が在ったフェルブネスともまた違った様に見えるな。
「あたしの部屋もあるのか?」
「もちろん、エリサさんも好きな部屋を使っていただいて良いですわ。」
「やったぞ。」
「では、荷物を置いたら早速現状の確認をしましょう。」
「あぁ。」
いよいよか。
「私は早速、街の中を見て回ろうかな。」
マーレが楽しそうに、街のまだ歩いてない方向に目を向けて言った。
「あたしも行くぞ。」
「お前はこっち側だろうがクソ犬!」
「ふぎゃっ・・・」
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