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Episode 22
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「っ、シャーリー!!」
真っ直ぐに駆け寄って来たカティアローザは、シャーロットがよろける程に思いきり彼女を抱き締めた。
「カティ様!?」
「あぁ、本当に無事なのね?私が、……どれだけ心配したと思って!?」
見ればいつも完璧な彼女が身支度もそこそこに、泣きそうな顔になっている。
──こんなに心配かけて……!っ!
「………カティ様……。ごめんなさいっ、ごめ……。」
この数ヶ月、シャーロットはいつの間にか悪意に晒されることが当たり前になってしまっていた。
それは辛いことだと気付かない振りをして……。昨日も、平気だと思い込んで……。
「いいのよ、シャーリー。貴方は何も悪くないわ!暗い倉庫に一人きりで……怖かったでしょうに……!」
「……こわ、かっ…た………?」
シャーロットはカティアローザに頭を抱き寄せられたまま、ポツリと呟く。
──私……怖がっても、いいの?
聖女と呼ばれるしかない自分から逃れられなくて。それでも、父に胸を張れる娘でいたくて……。必死に一人で進もうとしていた。
王国の現状を知ってしまえば尚更に、弱音なんて許されないと思った。強くならなくては役に立てないから……。
──ずっと、ナイゼル先生だけだと思ってた……。弱音を吐いても側にいてくれるのは、先生だけだって……。だから、私……。
ユリウスやカティアローザ達を、自分とは違うとても強い人だと感じたあの夜。
シャーロットは弱いままの自分では、彼らの側にいる資格はないのだと勝手に思い込んでしまっていたことに、やっと気付く。
みんな、寄り添ってくれていたのに……。どこか壁を作っていたのはシャーロット自身だったのだ。
「私……私……、怖かったって……言っても、いいんですか……?」
「っ!?」
シャーロットの頬を雫がひと筋すーっと流れ落ちていく。それを自覚した彼女は、もう溢れ出す涙を止めることは出来なかった。
──私達はここまでシャーリーを追い詰めていたの!?
カティアローザは、小さな肩を震わせながらポロポロと涙を流す彼女とその言葉に、唖然として息を呑み、言葉が出てこなくなる。
張り詰めた空気を和らげるようにそっと声をかけたのは、側で見守っていたソフィーだった。
「さぁ、さぁ、お嬢様方、朝食がまだではありませんか?」
彼女は優しくシャーロットの目元を拭うと、カティアローザの髪もあっという間に整え二人を寝室から連れ出す。
「お腹が空いていては、体も心も元気が出ませんよ。お二人とも昨日はお夕食をあまり召し上がっていないと伺っておりますよ。」
隣室には二人分の朝食が既に用意されてあった。
こんがりと焼けたベーコンの香ばしい匂いにつられ、シャーロットのお腹が「くぅぅ」っと可愛く鳴る。
「あっ……。」
「まぁ。…ふっ、ふふふっ。」
恥ずかしそうに上目遣いで見つめるシャーロットに、カティアローザは思わず吹き出してしまった。
「笑うなんてひどいですっ。」
「ごめんなさい、シャーリー。あんまり可愛いお腹の虫だったものだから……ふふっ……。」
「カティ様ったら……!」
また少し距離が縮まった彼女達の朝食は、明るい笑い声と共に始まったのだった。
やがてメイド達が食後のお茶を下げた頃──。
この翡翠宮の主が、客室を訪ねてきた。
「気分はどう?大丈夫かい?ブライア嬢。」
「はい。こちらが殿下のお住まいだと言うことも今朝知りまして……。ご挨拶もせずに申し訳ありませんでした。」
「いいんだよ。まったく、僕の甥にも困ったものだよ。君に何の説明もせずにここへ連れてきたんだろう?ごめんね。」
「いえっ、そんな!」
セシルとは、以前ロウエルを待ちながら四阿でお弁当を食べていた時に顔を合わせたことがあるくらいだ。きちんと話すのは初めてなシャーロットは緊張気味にセシルと向かい合っていた。
「ユリウスまで学園を欠席するわけにいかなくてね。僕からブライア嬢に話をするように頼まれたんだよ。」
「セシル殿下。何かわかったのですか?」
シャーロットの隣に座り彼女の手を握りながら、カティアローザが問いかける。
「うん。でも僕から話す前に、少し君から話を聞いてもいいかい?」
「はい、もちろんです。」
ここまで大事になってしまったのだ。全部正直に話さなくてはと、シャーロットは居住まいを正した。
「そんなに緊張しないで?大体の経緯はユリウスから聞いてるからね。聞きたいのは一つだけ。君を突き飛ばして閉じ込めた犯人を見たかい?」
「えっ?」
いきなり最後の質問をされたように僅かに狼狽えたシャーロットも、セシルの目を真っ直ぐに見て小さく頷いた。
「学園の女子生徒が二人と、学園の魔導師ローブを着た男の人でした。」
「そう。その中に知っている者は?」
「……男の人は、知らない人でした。女の子は、……エイジャー伯爵令嬢と、セルウェイ子爵令嬢……です。」
二人の令嬢の名前を聞き、カティアローザの手に力がこもる。
「ありがとう。よく話してくれたね。」
セシルは穏やかにそう言うと、昨夜のうちにユリウス達が調べ上げた事件の顛末を教えてくれた。
セルウェイ子爵令嬢の兄が学園で魔導師をしており、シャーロットがロウエルと一緒にいるところを度々目撃していたらしい。
妹とエイジャー伯爵令嬢から、シャーロットのせいでカティアローザの取り巻きから外されたと泣きつかれていた彼は、ロウエルと背格好の似ている自分を囮にしてシャーロットを連れ出そうと計画した。
「どうやら君の噂を真に受けていたようでね。本当は無理やり拉致する気だったみたいだよ。」
「……そんな……。」
──私、そんな人を自分から追いかけて……!?
「とにかく、軽い怪我で済んでよかった。……だけど、ブライア嬢?」
「はい。」
「愚かな真似をした自覚はあるね?」
「はい、殿下。」
シャーロットはそう返事をしたあと、俯いて唇を噛み締める。
セシルはそっと立ち上がると、向かいに座っていた彼女の前まで来てしゃがみ、顔を覗き込んだ。
「君を大切に思う人間は沢山いるんだよ。何より、君を信じて送り出したお父上が、どれだけ心配しておられるか。」
「……っ。」
「シャーロット。僕は大人の一人として君を叱らなきゃいけない。君が君自身を大切に出来るようになるまで、何度でも叱るよ。わかるね?」
毅然とした厳しい口調。それが全て愛情だとわかるほどに、シャーロットの胸はいっぱいになっていく……。
「はいっ。申し訳ありませんでした、殿下っ。」
彼からの返事は、柔らかな笑みだった。
そうしてセシルがまたソファーに腰を落ち着けると、何故か隣のカティアローザから不穏な空気が漂っている……。
「殿下、先程の三名への処罰はどうなりまして?」
「シャーロットは聖女候補だからね。成人しているセルウェイ子爵令息には相応の罰を受けてもらうことになる。令嬢達はまだ成人前だ。両家と本人達に口頭で厳重注意と言うところかな?」
「そうですの……。」
──何だか嫌な予感がっ!
シャーロットは慌ててカティアローザの腕をつかむ。
「あ、あの、カティ様!?どうし……。」
カティアローザはそんなシャーロットの言葉を遮ってニッコリと笑いながら言った。
「セシル殿下。その『厳重注意』。私にお任せ下さいませんか?」
真っ直ぐに駆け寄って来たカティアローザは、シャーロットがよろける程に思いきり彼女を抱き締めた。
「カティ様!?」
「あぁ、本当に無事なのね?私が、……どれだけ心配したと思って!?」
見ればいつも完璧な彼女が身支度もそこそこに、泣きそうな顔になっている。
──こんなに心配かけて……!っ!
「………カティ様……。ごめんなさいっ、ごめ……。」
この数ヶ月、シャーロットはいつの間にか悪意に晒されることが当たり前になってしまっていた。
それは辛いことだと気付かない振りをして……。昨日も、平気だと思い込んで……。
「いいのよ、シャーリー。貴方は何も悪くないわ!暗い倉庫に一人きりで……怖かったでしょうに……!」
「……こわ、かっ…た………?」
シャーロットはカティアローザに頭を抱き寄せられたまま、ポツリと呟く。
──私……怖がっても、いいの?
聖女と呼ばれるしかない自分から逃れられなくて。それでも、父に胸を張れる娘でいたくて……。必死に一人で進もうとしていた。
王国の現状を知ってしまえば尚更に、弱音なんて許されないと思った。強くならなくては役に立てないから……。
──ずっと、ナイゼル先生だけだと思ってた……。弱音を吐いても側にいてくれるのは、先生だけだって……。だから、私……。
ユリウスやカティアローザ達を、自分とは違うとても強い人だと感じたあの夜。
シャーロットは弱いままの自分では、彼らの側にいる資格はないのだと勝手に思い込んでしまっていたことに、やっと気付く。
みんな、寄り添ってくれていたのに……。どこか壁を作っていたのはシャーロット自身だったのだ。
「私……私……、怖かったって……言っても、いいんですか……?」
「っ!?」
シャーロットの頬を雫がひと筋すーっと流れ落ちていく。それを自覚した彼女は、もう溢れ出す涙を止めることは出来なかった。
──私達はここまでシャーリーを追い詰めていたの!?
カティアローザは、小さな肩を震わせながらポロポロと涙を流す彼女とその言葉に、唖然として息を呑み、言葉が出てこなくなる。
張り詰めた空気を和らげるようにそっと声をかけたのは、側で見守っていたソフィーだった。
「さぁ、さぁ、お嬢様方、朝食がまだではありませんか?」
彼女は優しくシャーロットの目元を拭うと、カティアローザの髪もあっという間に整え二人を寝室から連れ出す。
「お腹が空いていては、体も心も元気が出ませんよ。お二人とも昨日はお夕食をあまり召し上がっていないと伺っておりますよ。」
隣室には二人分の朝食が既に用意されてあった。
こんがりと焼けたベーコンの香ばしい匂いにつられ、シャーロットのお腹が「くぅぅ」っと可愛く鳴る。
「あっ……。」
「まぁ。…ふっ、ふふふっ。」
恥ずかしそうに上目遣いで見つめるシャーロットに、カティアローザは思わず吹き出してしまった。
「笑うなんてひどいですっ。」
「ごめんなさい、シャーリー。あんまり可愛いお腹の虫だったものだから……ふふっ……。」
「カティ様ったら……!」
また少し距離が縮まった彼女達の朝食は、明るい笑い声と共に始まったのだった。
やがてメイド達が食後のお茶を下げた頃──。
この翡翠宮の主が、客室を訪ねてきた。
「気分はどう?大丈夫かい?ブライア嬢。」
「はい。こちらが殿下のお住まいだと言うことも今朝知りまして……。ご挨拶もせずに申し訳ありませんでした。」
「いいんだよ。まったく、僕の甥にも困ったものだよ。君に何の説明もせずにここへ連れてきたんだろう?ごめんね。」
「いえっ、そんな!」
セシルとは、以前ロウエルを待ちながら四阿でお弁当を食べていた時に顔を合わせたことがあるくらいだ。きちんと話すのは初めてなシャーロットは緊張気味にセシルと向かい合っていた。
「ユリウスまで学園を欠席するわけにいかなくてね。僕からブライア嬢に話をするように頼まれたんだよ。」
「セシル殿下。何かわかったのですか?」
シャーロットの隣に座り彼女の手を握りながら、カティアローザが問いかける。
「うん。でも僕から話す前に、少し君から話を聞いてもいいかい?」
「はい、もちろんです。」
ここまで大事になってしまったのだ。全部正直に話さなくてはと、シャーロットは居住まいを正した。
「そんなに緊張しないで?大体の経緯はユリウスから聞いてるからね。聞きたいのは一つだけ。君を突き飛ばして閉じ込めた犯人を見たかい?」
「えっ?」
いきなり最後の質問をされたように僅かに狼狽えたシャーロットも、セシルの目を真っ直ぐに見て小さく頷いた。
「学園の女子生徒が二人と、学園の魔導師ローブを着た男の人でした。」
「そう。その中に知っている者は?」
「……男の人は、知らない人でした。女の子は、……エイジャー伯爵令嬢と、セルウェイ子爵令嬢……です。」
二人の令嬢の名前を聞き、カティアローザの手に力がこもる。
「ありがとう。よく話してくれたね。」
セシルは穏やかにそう言うと、昨夜のうちにユリウス達が調べ上げた事件の顛末を教えてくれた。
セルウェイ子爵令嬢の兄が学園で魔導師をしており、シャーロットがロウエルと一緒にいるところを度々目撃していたらしい。
妹とエイジャー伯爵令嬢から、シャーロットのせいでカティアローザの取り巻きから外されたと泣きつかれていた彼は、ロウエルと背格好の似ている自分を囮にしてシャーロットを連れ出そうと計画した。
「どうやら君の噂を真に受けていたようでね。本当は無理やり拉致する気だったみたいだよ。」
「……そんな……。」
──私、そんな人を自分から追いかけて……!?
「とにかく、軽い怪我で済んでよかった。……だけど、ブライア嬢?」
「はい。」
「愚かな真似をした自覚はあるね?」
「はい、殿下。」
シャーロットはそう返事をしたあと、俯いて唇を噛み締める。
セシルはそっと立ち上がると、向かいに座っていた彼女の前まで来てしゃがみ、顔を覗き込んだ。
「君を大切に思う人間は沢山いるんだよ。何より、君を信じて送り出したお父上が、どれだけ心配しておられるか。」
「……っ。」
「シャーロット。僕は大人の一人として君を叱らなきゃいけない。君が君自身を大切に出来るようになるまで、何度でも叱るよ。わかるね?」
毅然とした厳しい口調。それが全て愛情だとわかるほどに、シャーロットの胸はいっぱいになっていく……。
「はいっ。申し訳ありませんでした、殿下っ。」
彼からの返事は、柔らかな笑みだった。
そうしてセシルがまたソファーに腰を落ち着けると、何故か隣のカティアローザから不穏な空気が漂っている……。
「殿下、先程の三名への処罰はどうなりまして?」
「シャーロットは聖女候補だからね。成人しているセルウェイ子爵令息には相応の罰を受けてもらうことになる。令嬢達はまだ成人前だ。両家と本人達に口頭で厳重注意と言うところかな?」
「そうですの……。」
──何だか嫌な予感がっ!
シャーロットは慌ててカティアローザの腕をつかむ。
「あ、あの、カティ様!?どうし……。」
カティアローザはそんなシャーロットの言葉を遮ってニッコリと笑いながら言った。
「セシル殿下。その『厳重注意』。私にお任せ下さいませんか?」
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