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Episode 23
しおりを挟む学園が夏季休暇に入り四日──。
予定では既にマルセル公爵領へと出発しているはずだったシャーロットは、未だ翡翠宮で過ごしていた。
監禁事件があったことで、警備計画の見直しをユリウスが指示し、それが承認されるまで動けなくなってしまったのだ。
「はぁぁ。あの方は極端過ぎるのですわ。過保護にも程がありますのに……。」
カティアローザは毎日お茶の時間に合わせて翡翠宮へとやってくる。
この日も礼儀作法の教科書そのもののような美しい仕草でティーカップを傾けながら、自身の婚約者への不満を口にした。
「シャーリー。ユリウス様には、嫌なことは嫌だとハッキリと言うのよ?よろしくて?」
「は、はい……カティ様。」
そう返事はしたものの、いまいちカティアローザの言葉の真意がつかめないシャーロットは、曖昧に笑って誤魔化してみる。
『セシル殿下。その『厳重注意』。私にお任せ下さいませんか?』
と言う先日の彼女の発言についても、何だか怖くて詳しく聞けずにいるシャーロット。
セシルまでが「じゃあ、今回は君に任せてみようかな?」などと答えてしまい、彼女は深く考えるのを止めてしまった。
──考えるだけ無駄な気がするし……。
「ソフィー、シャーリーの怪我の具合はどうですの?」
「はい、やはりまだ数日ですので痛々しいお色のままでございます。」
──ただの内出血なのに……。怪我と呼ぶほどでもないよ……。
「痕は残りませんわよね?シャーリーの白い肌に痕など残ったら大変だわ。」
「心してお手入れさせていただきます、お嬢様。」
──二人とも、大袈裟っ!
シャーロットは必死に心の中で呟くものの、決して口には出さず微笑みを浮かべてティーカップに口をつける。
──カティ様も十分過保護なんだけどな。
そう思うとくすぐったくなるほどに彼女の気持ちが嬉しくて、今度は自然と笑顔になっていった。
夏の陽が少しずつ高くなる。
心地いい木陰にあるテラスで楽しそうに過ごす彼女達のいるこの離宮は今、別の顔も持っていた──。
◇◇◇
セシルが生まれたのは兄である現国王・アレクセイが19歳の時だった。
先代の父王は正妃を亡くしてから何年も妃を娶らずにいたが、やがて王宮勤めをしていたセシルの母を見初め側に置くようになった。
子爵家の出であることを理由に、セシルを産んだ後も彼女は妃の位を与えられず、公妾としてその生涯を終える。──セシルが5歳の時だった。
セシルが生まれた年には既に、王太子として結婚していたアレクセイはなかなか子に恵まれず、セシルを養子にすることも視野に入れ、母を亡くした彼を妻と共にとても可愛がっていたのだ。
しかし4年後、夫妻が待ち望んでいた跡継ぎ……ユリウスが誕生する。
王宮内の情勢は一変してしまったのだ……。
そうしてアレクセイが即位し国王となっている現在──。
王位継承権第二位であるセシルを次の王位に就け、権力を得ようとする王弟派が、常にユリウスの脅威となって存在していた。
だが実際のところ、セシルとユリウスの間には、お互い背を預けられる程の信頼関係が結ばれている。
王弟派の貴族や官僚たちはそのことを知らないため、ユリウスは秘密裏の活動のためにこの翡翠宮を拠点としていたのだった……。
「王弟派の中に黒幕がもしいたとしても、叔父上は無関係だ。これだけは断言出来るよ。」
シャーロットの安全を一番を考え、真っ直ぐに翡翠宮へと連れてきたユリウスは、ルイとオスカーもここへ呼び出していた。
ルイは事情を聞くと、ソファーの背もたれに体を預けるようにして静かに脚を組む。
「なるほどな。目くらましにはぴったりの場所だ……。お前がナイゼルの話を聞いて違和感を感じてたのは、このせいか……。」
「まぁ、そうだね。」
今はアーネストとオスカーも着席を許され、それぞれ一人がけのソファーに腰を下ろしている。
オスカーは二人のやり取りをを聞きながらも、僅かに視線を落とし、心ここにあらずな様子でいた。
──殿下のお心は、今シャーロットにあるのか?
セルウェイ子爵家の息子からシャーロットの居場所を聞き出し、必死に走って西棟に着いたオスカー。
そんな彼が見たのは、愛しげに彼女を抱きながら校舎を出てきたユリウスの姿だった……。
ユリウスはオスカーに気付かずに立ち去ったが、本来なら彼は護衛騎士として後を追うべきだった。
だが、彼はその場から動けなかった。耐えられそうになかったのだ……自分以外の男に抱き締められているシャーロットを、見ていなければならないことに……。
「……スカー……、オスカー?」
その光景を思い出し、膝の上で拳を握りしめていたオスカーの意識が、ユリウスに名前を呼ばれてハッと今に戻る。
「申し訳ありません。何でしょうか?殿下。」
「大丈夫か?オスカー。何か顔色悪いぞ、お前。」
ルイにまじまじと顔を見られ、オスカーはふっと息を吐いて自分を立て直した。
「お気遣い感謝します、ルイ殿下。……私が…シャーロットから離れずにいればと……そう、考えてしまっていました……。」
「真面目な君らしいけど、今は集中して。」
「はい。」
ユリウスに促され、オスカーは研究棟前であった出来事をルイと共に報告していく。
そして、ユリウスからシャーロットのことを聞かされた彼は、察しのいい三人に気付かれないようにと、苦々しい想いを必死に押し隠した。
──俺が最初に駆け付けたかった……!シャーロットを抱き締めて、慰めて……叱ってやりたかった……!俺の大切な……。
オスカーが頭の中で言ったその先にある言葉……。
──あぁ、俺にとって……もう彼女は「妹」じゃない……。とっくにそんな存在じゃなくなってたんだ……。
『俺は、シャーロットが、好きだ。』
自覚してしまったこの想いを、いつまで己の心に仕舞い続けていられるだろうか?
オスカーはそう考えて心の中で自嘲する。
──ホント、バカだな……俺は……。
息が出来なくなるほどの胸の痛みを抱えながら、彼は気付いたばかりの恋に、ゆっくりと鍵をかけたのだった……。
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