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Episode 38
しおりを挟むシャーロットが目を覚ましたのは馬車の中だった。
早朝なのだろう。窓の外は朝もやでぼやけている。かなりの速度で流れていく景色。その木々とガタガタと揺れる車体が街道ではなく裏道の森の中を走っていることを示していた。
「シャーロット?大丈夫?」
ユリウスの優しい瞳が上から覗き込む。
シャーロットはあの夜のように彼の膝の上で抱きしめられていた。
だが馬車の中の様子から、今は恥じらうときではないと直感し、しっかりとユリウスの瞳を見つめて問いかける。
「……何があったんですか?」
「叔父上が、姿を消したらしい。」
「セシル殿下が?」
ユリウスは丁寧にシャーロットを隣に座らせ肩を抱き寄せた。
目の前にはルイ座っている。
──きっとオスカー様はエルサに乗って前を走っているのね。
「すまない。舞踏会で気を失ったシャーロットをそのまま連れてきてしまった。丸一日眠ったままで……心配していたんだ。」
──もう一日経ってるんだ……。
「いえ。私は大丈夫です。……カティ様は、残られたんですね。」
「ああ。緊急事態を悟られるわけにはいかなくてね。アーネストも残ったし、マルセル公とカティなら上手くやってくれるはずだ。僕達はこのまま、途中で馬を替えながら王都まで行く。……おそらく、シャーロットの……聖女の力が必要になると思う。」
「はい。……教えて下さい、ユリウス様。今、何が起こっているのか。」
「うん。」
そこでユリウスが話し始めたのは、十年前にロウエルが起こした魔力暴走事件の顛末だった。
十年前──。
ロウエルが闇の遣い手だとわかり学園に入学してから、彼はずっと孤立していた。
平民でしかも孤児院育ちの彼が、貴族の子女達の中に入って浮かないわけがない。彼の魔力属性が周知されていたわけではないが、異物感を感じた者達による嫌がらせは三年間ずっと続いていた。
「シャーロットは、ナイゼル講師から彼のピアスの意味を聞いたことがあるかい?」
ユリウスのその問いに、シャーロットは首を横に振る。
「僕も叔父上に聞いて初めて知ったんだけど、あのピアスの黒い石は闇の魔力にだけ反応する特殊な魔石らしい。」
「魔石、ですか?」
「ああ。闇の遣い手は膨大な魔力を体に宿す。未熟な心身ではそれに耐えられない。だから魔石の力を借りて、自身に循環する魔力を一定にするんだそうだ。」
シャーロットはその言葉に首元のペンダントを握りしめた。
「先生は、手紙に自分は縛られて逃げられないって書いていました……。国に囲われてるって。」
「………そうだね。突然自分が生きてきたのとは違う世界に放り込まれて、辛い境遇の中にい続ければ……そう思ってしまっても当然だ。」
「本当は、違うんですか?」
シャーロットはどこか救いを求めるように隣のユリウスを真っ直ぐに見つめる。
「国が囲っているというのはある意味間違いじゃない。だけどそれは、闇の遣い手達が脅威だからじゃない。彼らがとても貴重な人材であり、彼らの命を守りたいからなんだ。」
「……でもそれはっ……。その人達の意思を無視しているなら……!」
「うん。我々の横暴にすぎないね。」
「ユリウス様……。」
辛い学園生活。ロウエルとセシルが知り合ったのは、本当に偶然だった。
セシルが怪我をして動けなくなっていたところを、ロウエルが癒やしで助けたのだ。
当時、父王が崩御し兄であるアレクセイが即位したばかりで、セシルは立太子前のユリウスの立場を脅かす者として、その一派から幾度となく命を狙われていた。
しかし、王の子がユリウス一人の現状で、セシルにはいざという時のスペアの役割も課されている。
彼は臣籍降下という逃げ道も断たれ、邪魔者としてその身を危険にさらす日々だった。
逃げ場もなく、大きな権力を前に為す術なく身を置く者同士。
二人がお互いを唯一の支えとするのはあっという間だった。
そんな中、事件は起きた。
ロウエルの目の前でセシルが刺客に襲われたのだ。彼にとってその光景は日々蓄積していた怒りを爆発させるのに、十分すぎる引き金だった。
魔石の効力すら弾き飛ばすほどの魔力決壊。その場にある全てのものを消し去ろうとしたロウエルを、セシルが既のところで押しとどめる。
だが一番近くでロウエルの魔力を食らったセシルの体に、その衝撃で吹き飛んだピアスの魔石の片方が突き刺さり飲み込まれてしまったのだ。
『ああっ!そんな!!セシルっ!ごめん、僕のせいで……僕が……僕が……っ!』
『ロウエル……エル。自分を責めないで。君は僕のために怒ってくれたんでしょ……?』
『もう二度と使わない……闇の魔力なんて二度と使わない!約束する!……僕が必ず、君の魔石をなんとかするから!』
最悪なことに、魔石はセシルの心臓に留まっていた。
先代の聖女の力を以てしてもそれは取り除けず、セシルを救う術が見つからないまま時間だけが過ぎていく……。
「叔父上の体は、魔石に溜まっていた魔力に体が耐えられなくなってきたようで……限界が近いらしい……。」
「そんな!?」
「……王都から、連絡は来ていたんだ。叔父上が頻繁に倒れるようになってしまったと。だが一昨日の夜、シャーロットが倒れた直後に、ルイに知らせが来たんだ。」
この話の流れで突然出たルイの名前に、シャーロットは困惑気味に目の前の彼を見た。
「実はユリウスに頼まれて、トルストでも今回のレイニードの件を調べてたんだ。俺の方では闇の遣い手について探ってて。魔術研究室に部下をつけてたんだよ。」
「……監視、していたってことですか?ナイゼル先生を……。」
「ああ。休暇の前まではな。セシル殿下からナイゼル講師のことを詳しく聞いてからは、護衛目的でつけてた。」
僅かに怒りをにじませたシャーロットに、ルイは毅然とそう答えた。
それは王族という上に立つものとして、迷いのない行動だったと彼の矜持を示し、シャーロットに今いる立場はきれい事だけではすまないのだと、そう教える。
「そのルイの部下のことも、ナイゼル講師は全てわかっていたみたいだけどね。」
「えっ?」
「セシル殿下が翡翠宮から忽然と姿を消された直後、ナイゼル講師が自室の結界を消して言ったらしい。『すぐに聖女を大神殿に呼べ』と。」
「ナイゼル先生は、私のことを聖女と言ったんですね……。」
車内に訪れたしばしの静寂。これだけピースを与えられても全容が見えてこない緊張感……。
ユリウスが体を強張らせるシャーロットを落ち着かせようと、肩にまわした腕にそっと力を込めた。
「大神殿、ゼッド、闇の遣い手、聖女……そして魔界の召喚。僕達が手に入れたピースだ。」
「……ユリウス、お前は何故、この大陸の中つ国であるレイニードにだけ聖女が降臨し、光の柱で守護しているのか……。その理由を知っているか?」
「いや。」
ルイがふいに口にしたその問いに、シャーロットの頭の中で何かが動き出す。
──なんだろう?私、何か知っている気が……。そう……そうだよ、美琴の記憶で……。
この世界では一つの大きな大陸があり、その真ん中にレイニード王国、周りに五つの国が存在する。
ルイの言うとおり、聖女がいるのも光の柱があるのもレイニードだけだ。
「これは本来、各国の王だけが知る事実らしいんだが、兄上が自分で突き止めてしまって。教えてもらったんだ。……ただ、あまりに突拍子なくて、兄上がからかってるんじゃないかって本気にしてなかったんだ。」
──美琴の記憶……小説の中の私……。小説ではシャーロットが闇魔法を使おうとして……!
「レイニードの柱の下には魔界の入口がある。」
「魔界の入口、だと?」
訝しげに眉をひそめたユリウスに、ルイはゆっくりと頷く。
「兄上曰く、魔界の入口と言ってはいるが、正確には瘴気の溢れ出す場所だ。」
瘴気……命あるもの全てを朽ちさせ無に還す。そんなものが溢れ出せば間違いなくこの世界には何もなくなるだろう。
──アリア様の言葉の意味は、このことなの!?
「ゼッドは、……瘴気で世界を壊すつもりなんだ……。」
真っ青な顔のシャーロットの呟きに、ユリウスが慌てて彼女を覗き込んだ。
「シャーロット、それは一体!?」
「おい、何か知ってるのか!?シャーロット!」
何をどう伝えるべきなのか。シャーロットは彼らに嘘はつきたくなかった。だが前世の記憶……この世界が小説の世界だなどとは言えない。
間違いなく、ここにいる自分達は本物で、生きている人間なのだから。
「光の魔力を使えるとわかった頃から、時々、女神様の声が聞こえるんです……。夢の中で。」
「「……………。」」
シャーロットは膝の上でグッと手を握りしめ、二人を交互に見つめた。
「でもずっとハッキリ聞き取れなくて、うなされていました。」
それを聞いてユリウスがハッとする。
「休暇が始まった頃、シャーロットの顔色が悪かったのはそのせいかい?」
「はい。それが舞踏会の夜、意識を失う前にハッキリと聞こえたんです。『ゼッドから、世界を救って』って。」
「「……っ!?」」
シャーロットがそう言い終わった時だった。
突然、ガタンと大きく馬車が揺れ止まった。そして窓の外から、オスカーの大声が届いたのだ。
「殿下、あれをっ!!」
オスカーが指差すほう。そこは目指す王都の空だった。
「なんだ、あれは……。」
大蛇がとぐろを巻いたような真っ黒い雲が空を覆い、どんどんと広がっていく。
──………そんな……あれはっ!ナイゼル先生……!?
「すぐに馬車を出せ!王都へ急ぐんだ!」
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