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9 永遠(とわ)のしるし
しおりを挟むエルシャと想いを通わせた翌日──。
レイナートは結婚直後に取らなかった蜜月のための休暇を取った。幸い優秀な副団長がいるので、実務に支障が出る心配はない。
シェーンベルとアロンザは快く休暇をくれ、若干の生暖かい目で見送られもしたが、そんなことは彼にとって実に些末なことだった。
「あの、旦那様……。私、その……すぐに『お役目』があるのだと思って、いたのですが……」
休暇まで取ったというのに、あれから数日。二人はいつもどおり寄り添って眠るだけだった。
エルシャがおずおずと尋ねてみれば、レイナートはにっこりとほほ笑みながら言った。
「大切な初夜だからな。きちんとしてからしたいんだ」
「え? あの、それは、どういう……?」
「もう少しだけ待ってくれ、エルシャ。俺も毎晩、かなり葛藤してるんだよ?」
「ん……?」
可愛らしく目を瞬かせるエルシャの唇を、軽く曲げた人差し指の背でくすぐるように撫で、レイナートは彼女をピッタリと抱き寄せて目を閉じたのだった。
そんなやり取りから五日後のこと──。
「奥様。旦那様が、こちらをお召しになって中庭へ来ていただきたいと」
「まあ、旦那様が?」
侍女が抱えている大きな箱を開けてみれば、中に入っていたのは純白のドレス。
シンプルな意匠ながら、繊細なレースで飾られたそれはまるで……。
「……ウエディングドレス、みたいだわ……」
「素敵ですね、奥様! これは、御髪とお化粧にも力を入れなければ!」
「で、でも、旦那様をお待たせしてしまうから……」
「なにを仰るのですか、奥様。殿方は婦人のお仕度を待つものです。むしろ目いっぱい美しくならなけらば失礼になりますわ!」
力説する侍女たちにあっという間に囲まれたエルシャは、白い肌をさらに艶やかに磨き上げられ、小麦色の髪を編み込んで結い上げられた。
そうして真っ白いドレスに腕をとおした彼女。侍女に手を引かれ姿見の前に立てば、そこには美しい花嫁の姿があった。
「さぁ、参りましょう、奥様」
「ええ」
ワーリン家のタウンハウスは敷地の多くを鍛錬場に割いており、他家に比べれは庭はこぢんまりとしたものだった。
だが中庭には優しい花々が咲き誇り、そこの四阿で午後のひと時を過ごすのはエルシャのお気に入りの時間となっている。
この日、特別なドレスを纏った彼女をその四阿で迎えてくれたのは、騎士の礼服に身を包んだレイナートだった。
「ああ、エルシャ……。なんて綺麗なんだ……」
「ありがとう、ございます。旦那様……」
「エルシャ、もう二人きりだよ?」
「え? あ、あの、レイ様? 急に、どうなさったのですか……?」
「急じゃないよ。あの日から、ずっと準備していたんだ」
「あの日からって……。それじゃ……」
戸惑う可愛らしい表情は、形だけの結婚をした日からなにも変わらない。
けれどその美しさには磨きがかかり、レイナートがずっと閉じ込めてしまいたいと思うほどになっていた。
愛らしくも魅惑的な妻の前でおもむろに片膝をつき、彼は白い手袋をはめた手で彼女の左手をとる。彼女の手にもまた、純白のオペラグローブがはめられていた。
「この白のグローブを取ることを、お許しいただけますか?」
「……っ、はい」
お互いに手袋を外し、肌を触れ合わせること。それがこの国の結婚式での作法の一つだった。
オペラグローブの指を一つずつ軽く引っ張り、レイナートはその細腕からするりと白を引き抜く。
そして自身のドレスグローブも品よく外し、再びエルシャの左手をとって指先に口づけ、その中指にはめられている指輪にもまた、甘噛みのように唇で触れた。
それはエルシャが伯爵夫人となる条件として、筆頭魔術師ヴォルニーの手によってつけられた魔法封じの指輪だった。
彼女の過去を丸ごと受け入れ、彼女が抱えてしまった罪を解かそうと、レイナートはもう一度そこにキスを落とす。
そして──。
「愛してる、エルシャ。俺の、生涯の伴侶となってくれるかい?」
「はい、喜んで……。レイナート様……。」
エルシャの素直な返事を聞いたレイナートは蠱惑的な笑みを浮かべ、そっとポケットから何かを取り出した。
それを見た彼女は口元を指先で隠しながら、小さく息を吞む。
彼が手にしていたのは白金のアンクレット。それは伝統的な、妻となる人への夫からの最初の贈り物だった。
今後、このアンクレットをはめた素肌を見て触れることを許されるのは、夫ただ一人。そんな意味が込められているのだ。
レイナートはエルシャの左の靴を脱がせ、その足を自身の膝に乗せる。
わずかにのぞく細い足首。そこにまだ残る赤褐色の足枷の痕。それは、彼がアンクレットを贈ることを躊躇っていた理由の一つでもあった。
しかし今、ひんやりとした特別な温もりが、上書きするようにつけられていく……。
「よく似合うよ、エルシャ」
そう言って顔をあげれば、彼女の頬は愛らしく染まり、潤んで見下ろしてくる透きとおる瑠璃色がレイナートの胸を震わせた。
(誰にも渡さない。もう、遠慮もしない。エルシャは、俺だけの妻だ)
彼はその独占欲を乗せ、アンクレットの光る足の甲に隷属を示すキスを刻む。
「レ、レイ様っ、そんな……!?」
「生涯、これからの俺の愛はエルシャだけのものだ。忘れないで? この肌は、もう今夜から、俺以外に見せることは許さない」
「……はい。旦那様……」
永遠を誓う、二人だけの結婚式。
そしてその夜、エルシャとレイナートは本当の『初夜』を迎えることとなる。
「エルシャ、いいかい?」
「はい。レイ様……」
甘い夜に堕とされていくエルシャの足首で、音もなく揺れる愛の証。
それはレイナートを、更なる劣情へと誘っていったのだった……。
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