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バカンスの夜

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「どうぞ、お召し上がりを! 当レストラン名物のカニ鍋ですっ!」

「こ、こんなにもですか!?」

 マインはこんもり守られた蟹肉を見て、ややげんなりした表情を浮かべる。
 だけど、これがリゾート地を赤いズンゴックから救ったお礼の一部だと言われているので、無碍にはできないようだ。

「カニだよ! カニ! マインちゃん、カニだよ!」

「じゃんじゃんカニ食おうぜ、マイン!」

「毛蟹、ズワイガニ、タラバガニ! カニ尽くし!!」

「そ、そうですね」

 4人はカニへ群がり始めた。
 カニって美味しいんだけど、食べだすと無言になりがちなんだよね。

 さてさて、カニの処理は若い4人に任せて、俺はテラスでのんびりとさせてもらうとするか。

 ちょうど良い気温に、心地よい風、そして穏やかな海の音。
これを一週間使って満喫しに来たはずなんだけど……なんだかんだで色々あったなぁ。

 もうちょっとのんびりできると思ったんだけどなぁ……そんなことを考えつつ、テラスでビールを煽っていると、誰かが肩をちょんちょん突いてきた。

「こんばんは!」

 どこかでみたことがあるような、しかしないような?
 ニコニコ笑顔の女性が俺の後ろに立っていた。

「どちら様?」

「あ、なるほど」

 彼女は指で輪っかを作って、目の辺りへ当てて見せる。
そうされて、ようやく記憶が繋がった。

「ササフィさん?」

「ご名答です、トクザトレーナー!」

「一瞬誰だかわからなかったよ」

「眼鏡は戦闘モードへの切り替えアイテムなので」

「なんだそりゃ? じゃあ、眼鏡なしってことは、あんたもバカンスに?」

「ええ、まぁ。久々に羽を伸ばしに来たんですけど……」

 ササフィさんはシャツのポケットから眼鏡を取り出し装着。
急に気配が引き締まったような気がした。
彼女はどこからともなくペンとメモを取り出した。

「昼間の話伺いしましたよ! なんでもトクザトレーナーとお弟子さん達が、真っ赤なズンゴックを討伐し、このリゾート地を救ったとか!」

「早いな。さすがだ!」

「記者ですから! ああ、でも現場を拝見し写真に収めたかったのが本音です……なんで私、そんな大事な場面でバナナボートなんて楽しんでたのかなぁ……」

「そういうタイミングだってあると思うぜ。てか、ここで出会うこと自体すごい偶然だし」

「それもそうですね。ではいつも通りお願いします!」

「はいよ」

 ほんと、この人って仕事熱心だよな。
 でもいっつも楽しそうにしているし、こっちまで労働ってもんに喜びを感じちまいそうだ。
いつか、ササフィさんとは個人的に色々と話をしてみたいなぁ。

「……ありがとうございました! また良い記事が書けそうです!」

「いえいえ、こちからこそ。いつもあの子達のことを良く書いてくれてありがとう」

「それが私の仕事ですから! ところで、結局あの剣豪の子を指導することにしたんですね?」

 あの子とはたぶん【マイン】のことを指しているのだろう。

「まぁな。最初は断ったんだけど、マインにはマインなりの事情があって、指導することにしたんだ。なんか、家庭の事情で強さを示さなきゃいけないらしいんだ」

「それに付き合ってあげているんですね。グレイトです」

「そうか?」

「そうですとも! そんなトクザトレーナーへ良い情報を提供しましょう!」

 ササフィさんはポーチからチラシを取り出した。

「明日、うちの出版社主催の剣術大会が開かれるんです」

「明日って、急だな……」

「でも、ここで良い成績を残せばマイン・レイヤーさんのためになると思いますが?」

「それもそうか。サンキュー、ササフィさん!」

「いえいえ!」

「そいじゃ良いバカンスを!」

「ト、トクザトレーナー!」

 急にササフィさんは切迫したような声を上げた。

「どした?」

「あの、そのですね……こ、今度、一杯付き合っていただけませんか!?」

「一杯? まぁ、良いけど。また取材かい?」

「いえ! お仕事とは関係なく、一度ゆっくりトクザトレーナーと仕事以外でお話をしてみたいかなと……」

「おっ? いいね! 俺もササフィさんとは色々と話してみたいと思ってたんだ」

「本当ですか!?」

「おう! このバカンスが終わったら、日程調整しようぜ! それじゃ!」

「はい! 楽しみにしてますね!」

 俺はササフィさんと別れ、マイン達のところへ戻ってゆくのだった。

「やった! 個人的にアポイントゲット! グレイトです!……はぁー…………トクザトレーナーみたいな方が上司だったら良かったのになぁ……」

……
……
……

「め、面目次第もない、皆様……某はこれにて離脱させていただきます……」

 丁度、レストランの中へ戻った頃、青白い顔をして、お腹をさすっているマインと出会した。
 どうやら食べすぎて気持ち悪いらしい。

 食べ盛りの三姉妹は、黙々とカニを屠り続けている。

「おつかれ。たくさん食べたか?」

 ぐったりと別席に腰を下ろしたマインの隣へ座り込む。

「三姉妹の方々は凄すぎです……特にシン殿はあの小さな体のどこへあんなにカニが入るのやら……」

「確かにな。あと、シンの前で、あんまり小さいとかそういうこと言わない方が良いぞ。あいつの闇の炎で、跡形もなく消えたくないならな」

「わ、わかりました。肝に銘じておきます」

「ところでコレ、出てみないか?」

 ササフィさんからもらったチラシをマインへ渡す。
するとマインは予想通り、目を見開いた。

「あ、明日!? また急な……」

「まぁな。でも主催があの"月刊冒険者野郎ども"な訳で、ここで好成績を残せば、領民はよりお前に信頼を寄せるようになるだろうな」

「確かに……」

「俺の見立ててじゃ、マインなら優勝候補の1人だと思う。その上で、どうする?」

「良いでしょう。出ます!」

「良いノリだ!」

 これは流れ的に良い機会なので"あのこと"を聞くのに良いタイミンングかもしれないと思った。

「マイン、一つ聞きたいことがある」

「なんでしょうか?」

「どうしてお前は"体格に合わない太刀"なんてものを武器に選んでるんだ?」

 マインはシンほどではないにせよ、かなりの小柄だ。
そして太刀は、多くの剣豪が手にする刀剣よりも長く、太く、そして重い。
彼女の体格ならば、より軽量で、扱いやすい打刀を選ぶのが最善だ。

「あはは……そのことですか……あの太刀は【綾祢正宗】と申しまして、当家の家宝……つまり家督の証なのですよ」

 マインはやや苦笑い気味にそう答えた。

 つまりあの太刀を持つことこそ、コンスコンの次期領主レイヤー家の跡取りの証ということらしい。

 なんだか不憫に感じてしまった。

 家に振り回され、領民に振り回され、そして体格の合わない武器にも振り回されて……だけど【綾祢正宗】を自在に扱うことこそ、マインの望みでもある。

 これじゃおいそれと"武器をもっと自分の体にあった打刀に変えたほうが良い"なんて、気軽にアドバイスできないな。

「そっかぁ……それじゃ太刀を武器にするのも仕方ないか」

「某が男で、さらに立派な体つきでしたらよかったのですけどね」

「まぁ、そう言うな。マインの戦い方をみて、たまに辛そうな時はあるけど、基本的には綾祢正宗とうまく付き合えてると思うぞ」

「ありがとうございます。トクザ殿にそうおっしゃって頂けて、とても心強く思います!」

 とりあえず今日のところは、この話はここで終わりにしておこう。
 明日は剣術大会で良い成績残さなきゃいけない訳だし。
いたずらにマインのメンタルをぐしゃぐしゃにするのは良くはない。

「マイマイ、デザート来た!」

 シンの声が聞こえて振り返る。
 するとコンがマインの腕をがっしり掴んだ。

「ケーキブッフェだってよ! 一杯食おうぜ!」

「あ、いや、某はもう……!」

「ほらほら!」

「コ、コン殿ぉ!?」

 マインはコンに連れて行かれる。
 明日は大事な大会だから、食べさせられすぎて体調を崩さないでほしいと思った……
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