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第108話 かくしごと
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「すみません、雲母さん。ちょっと楽器運ぶの手伝ってもらえますか?」
慰安のための公演が終わったところでエマがそうお願いしてくる。
「ん? 別にいいけど」
確かにエマは竪琴やヴァイオリンなど必要以上に楽器を持ち出して来ていて一人で片付けるのは大変そうだ。
久しぶりの演奏で張り切っちゃったんだな、なんて事を考えつつ私は竪琴を手に持った。
「自分! 自分も手伝うっす!」
最近エマにアピールを増やしているハイネがさっそく食いついて来たのだが……。
「ハイネさんは自分の楽器を先に片付けてください」
エマにぴしゃりと拒絶されてしまった。
ハイネは大小のドラム五つにシンバルも四つと明らかにハイネの楽器の方が多いのだから断られて当たり前だろう。まずハイネ自身の楽器を片付けるのが先だ。
「ハイネ、俺が手伝おう」
「兄貴……ありがたいっすけど……くぅっ」
ハイネのしたい事はエマへのアピールなのだから手伝いが出来ない時点で意味はない。
何とも言えないもどかしさからか、ハイネはぐぬぬ……と恨めしさと悔しさと悲しさを足して四で割った感じの表情をした。
「じゃ、行こっか」
「はい、お願いします」
そんなハイネに苦笑しつつ、私はエマの私室へと向かった。
私は竪琴を手に持ったままエマの部屋に入る。
部屋の内装はそこまで豪華なものではないが、縦五メートル横三メートルくらいの広さはあり、いちメイドが与えられる部屋としてはあり得ないほど豪華なものであった。
とはいえ楽器や衣装などを置けば相応に狭くなってしまう。
床に布を敷いてその上に私服を積む、なんて涙ぐましい努力を見てしまい、私はちょっと心が引けた。
「あ~、エマ。あんまり使わない楽器と衣裳。私の部屋に置かない?」
「いいんですか? それは助かります」
そういう事であまり使わないものを選ぶことになったのだが……そのほとんどが衣裳になった時点でエマも相当音楽好きであった。
「これを私の部屋に運べば……」
目の前に在る衣裳の山を前に袖まくりしたところで、急に後ろからぐいっと肩を引っ張られてしまう。
予想外のタイミングで加わった力により、私の体はクルンッと回転し、そのまま……。
「うわわわっ」
衣裳が山と積まれているベッドに背中からダイブしてしまった。
「す、すみませんっ。怪我はありませんか?」
エマの慌てた声からすると、悪意があったわけではないだろう。
私がふらついてしまったのが原因だ。
「ダイジョブダイジョブ。柔らかいベッドの上にこけただけだから」
私は手をパタパタと顔の前で振って、怪我ひとつない事をアピールし、上体を起こそうとしたのだが……。
何故か真剣な顔をしたエマに押さえつけられてしまった。
エマは私の体を跨いで座り、馬乗りになって私を拘束すると、私の顔に向かって手を伸ばしてくる。
何故エマがこんな事をするのか。それに私は心当たりがあった。
「ちょっ、エマ止めて」
顔を横に向けて逃れようともがく。
だが私の体は思ったように力を出してくれず、完全にエマの言いなりになってしまう。
「雲母さん、ちょっとすみません」
私の顔を掴んで固定したエマが、顔を近づけ……。
「……やっぱり」
バレてしまった。
そのままエマは親指で私の目元をグイッとこする。
ペールオレンジの顔料が取れ、隠していた隈をエマに見られてしまった。
「おかしいと思ったんですよ。演奏中に座り込んじゃうし、今もこんなに簡単にこけて……」
「あははは……。たまたまだよ」
私は誤魔化し笑いをしてうやむやにしようとしたのだが、どうにもそれが上手くいく雰囲気ではなさそうだった。
エマはきつい視線で私の事を見下ろすと、固い声で詰問してくる。
「どのくらい眠れていないんですか?」
「い、いや~……一応昨日も寝たよ?」
嘘は言っていない。じゃあそれが本当の事かって言われたら違うけど。
「何時間寝ましたか?」
「それは……分かんないや」
「じゃあ、きちんと眠れたのは何日前ですか?」
……私は答えられなかった。
毎日うつろうつろするんだけど、そうしている間に朝が来て、結局ほとんど眠れなくなっていたから。
何時からこうなったかなんて、もう覚えていない。
ただ、急に押し黙ってしまった私の様子を見て、エマは勝手に判断したのだろう。軽く頷いてから立ち上がる。
「雲母さん。体調が悪いなら言って……って雲母さんが言うはずないですね」
「何気にひどいっ」
でも私の事よく分かってらっしゃる。
「もう、雲母さんは色々と責任を感じすぎなんですよ」
「でも……私に責任、あるじゃん?」
「ありませんっ。横恋慕してきたルドルフ殿下と国を乗っ取ろうとしているカシ……あのアレが原因です。あの二人だけしか責任を取る必要なんてないんですっ」
「名前も呼びたくないって結構嫌ってるんだね」
「話を逸らさないでくださいっ」
こうまで怒られるのはいつ以来だろうか。
しかも私の事を心配して怒ってくれるのだから、ちょっと、いや、だいぶ嬉しい。
こんな風に叱ってくれる友達が得られたのは本当に幸運な事だ。
ありがとう、と内心エマに感謝した。
「というか雲母さんは自意識過剰です! 帝国はずっと昔から南の土地を欲しがって侵略を繰り返して来たんです。雲母さんはそのついでですからっ」
むむむ。それは確かにそうだとは思うけど……。
私一人が欲しいというよりは、アルザルド王国を属国にするのがメインなんだとは思う。
文官の人たちもそう分析していたし。
でも私がきっかけになったのは事実だし、私が理由の一つなのも事実だ。
私がもっと上手く立ち回れていれば、この戦争は多分、起きなかった。
「……また暗い顔して。そうやって自分だけに責任があるって考えるの良くないと思います」
「でも、事実じゃん」
結局話し合いがその地点から動くことはない。
私がそこから動かないからだ。
動けるはずはない。私は罪悪感で縛られてしまっているから。
「も~~」
エマがぐちゃぐちゃと頭を掻きまわして牛の様に鳴く。
ごめんね。私頭が固くってさ。
というかどう言われようと私はそう考えてしまうのを止められないんだ。
私は……臆病で弱虫だから。
「分かりましたっ。とりあえずあとで睡眠薬をお医者様から頂いてきます。それで寝てください」
「……ちょっと遠慮したいなぁ」
睡眠薬ってたくさん飲んだら死んじゃうヤツでしょ?
なんか怖いしさ。
「じゃあ殿下に相談しましょう」
「それはダメッ」
グラジオスは今色んなことが負担になっている。
そこに私が負担を増やしてしまったら、間違いなくグラジオスは潰れてしまう。
そんな事、私は望んでいなかった。
「だったら、せめて人前であんなことは起こさないようにしてください」
「睡眠薬って危なかったりしないの?」
「そういう話は聞いた事はありませんね。お医者さんに相談して、適量を守っていれば問題ないと思いますよ」
用法用量を守って正しくお使いください。
まあそれは何でも当たり前か。
確かにこのまま眠れずに居て倒れたりしたら、色んな人に迷惑がかかるだろうし……。
「……分かった。お世話になる」
しぶしぶ私はエマの提案を受け入れた。
「はい、結構です」
むんっと腕を組み、仁王立ちをしているエマを見ながら、なんか最近立場が逆転しつつあるなぁなんて思ってしまう。
エマはいざとなるとこんなに強かったのだ。
いざという時に、こんなに弱くなってしまう私とは真逆だった。
「よいしょ」
私はゆっくり体を起こし、そんなエマに抱きついた。
親友の腕の中は暖かくて、とっても居心地がいい。グラジオスとはまた違った感覚だ。
「ちょっとだけ、こうさせて」
「はい、いいですよ」
ありがたい事に今日の私達はもう仕事など無い。
私の悩みをゆっくりと親友に相談できるだろう。
私はその幸福を噛み締め、しばらくエマに慰めて貰った。
慰安のための公演が終わったところでエマがそうお願いしてくる。
「ん? 別にいいけど」
確かにエマは竪琴やヴァイオリンなど必要以上に楽器を持ち出して来ていて一人で片付けるのは大変そうだ。
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「自分! 自分も手伝うっす!」
最近エマにアピールを増やしているハイネがさっそく食いついて来たのだが……。
「ハイネさんは自分の楽器を先に片付けてください」
エマにぴしゃりと拒絶されてしまった。
ハイネは大小のドラム五つにシンバルも四つと明らかにハイネの楽器の方が多いのだから断られて当たり前だろう。まずハイネ自身の楽器を片付けるのが先だ。
「ハイネ、俺が手伝おう」
「兄貴……ありがたいっすけど……くぅっ」
ハイネのしたい事はエマへのアピールなのだから手伝いが出来ない時点で意味はない。
何とも言えないもどかしさからか、ハイネはぐぬぬ……と恨めしさと悔しさと悲しさを足して四で割った感じの表情をした。
「じゃ、行こっか」
「はい、お願いします」
そんなハイネに苦笑しつつ、私はエマの私室へと向かった。
私は竪琴を手に持ったままエマの部屋に入る。
部屋の内装はそこまで豪華なものではないが、縦五メートル横三メートルくらいの広さはあり、いちメイドが与えられる部屋としてはあり得ないほど豪華なものであった。
とはいえ楽器や衣装などを置けば相応に狭くなってしまう。
床に布を敷いてその上に私服を積む、なんて涙ぐましい努力を見てしまい、私はちょっと心が引けた。
「あ~、エマ。あんまり使わない楽器と衣裳。私の部屋に置かない?」
「いいんですか? それは助かります」
そういう事であまり使わないものを選ぶことになったのだが……そのほとんどが衣裳になった時点でエマも相当音楽好きであった。
「これを私の部屋に運べば……」
目の前に在る衣裳の山を前に袖まくりしたところで、急に後ろからぐいっと肩を引っ張られてしまう。
予想外のタイミングで加わった力により、私の体はクルンッと回転し、そのまま……。
「うわわわっ」
衣裳が山と積まれているベッドに背中からダイブしてしまった。
「す、すみませんっ。怪我はありませんか?」
エマの慌てた声からすると、悪意があったわけではないだろう。
私がふらついてしまったのが原因だ。
「ダイジョブダイジョブ。柔らかいベッドの上にこけただけだから」
私は手をパタパタと顔の前で振って、怪我ひとつない事をアピールし、上体を起こそうとしたのだが……。
何故か真剣な顔をしたエマに押さえつけられてしまった。
エマは私の体を跨いで座り、馬乗りになって私を拘束すると、私の顔に向かって手を伸ばしてくる。
何故エマがこんな事をするのか。それに私は心当たりがあった。
「ちょっ、エマ止めて」
顔を横に向けて逃れようともがく。
だが私の体は思ったように力を出してくれず、完全にエマの言いなりになってしまう。
「雲母さん、ちょっとすみません」
私の顔を掴んで固定したエマが、顔を近づけ……。
「……やっぱり」
バレてしまった。
そのままエマは親指で私の目元をグイッとこする。
ペールオレンジの顔料が取れ、隠していた隈をエマに見られてしまった。
「おかしいと思ったんですよ。演奏中に座り込んじゃうし、今もこんなに簡単にこけて……」
「あははは……。たまたまだよ」
私は誤魔化し笑いをしてうやむやにしようとしたのだが、どうにもそれが上手くいく雰囲気ではなさそうだった。
エマはきつい視線で私の事を見下ろすと、固い声で詰問してくる。
「どのくらい眠れていないんですか?」
「い、いや~……一応昨日も寝たよ?」
嘘は言っていない。じゃあそれが本当の事かって言われたら違うけど。
「何時間寝ましたか?」
「それは……分かんないや」
「じゃあ、きちんと眠れたのは何日前ですか?」
……私は答えられなかった。
毎日うつろうつろするんだけど、そうしている間に朝が来て、結局ほとんど眠れなくなっていたから。
何時からこうなったかなんて、もう覚えていない。
ただ、急に押し黙ってしまった私の様子を見て、エマは勝手に判断したのだろう。軽く頷いてから立ち上がる。
「雲母さん。体調が悪いなら言って……って雲母さんが言うはずないですね」
「何気にひどいっ」
でも私の事よく分かってらっしゃる。
「もう、雲母さんは色々と責任を感じすぎなんですよ」
「でも……私に責任、あるじゃん?」
「ありませんっ。横恋慕してきたルドルフ殿下と国を乗っ取ろうとしているカシ……あのアレが原因です。あの二人だけしか責任を取る必要なんてないんですっ」
「名前も呼びたくないって結構嫌ってるんだね」
「話を逸らさないでくださいっ」
こうまで怒られるのはいつ以来だろうか。
しかも私の事を心配して怒ってくれるのだから、ちょっと、いや、だいぶ嬉しい。
こんな風に叱ってくれる友達が得られたのは本当に幸運な事だ。
ありがとう、と内心エマに感謝した。
「というか雲母さんは自意識過剰です! 帝国はずっと昔から南の土地を欲しがって侵略を繰り返して来たんです。雲母さんはそのついでですからっ」
むむむ。それは確かにそうだとは思うけど……。
私一人が欲しいというよりは、アルザルド王国を属国にするのがメインなんだとは思う。
文官の人たちもそう分析していたし。
でも私がきっかけになったのは事実だし、私が理由の一つなのも事実だ。
私がもっと上手く立ち回れていれば、この戦争は多分、起きなかった。
「……また暗い顔して。そうやって自分だけに責任があるって考えるの良くないと思います」
「でも、事実じゃん」
結局話し合いがその地点から動くことはない。
私がそこから動かないからだ。
動けるはずはない。私は罪悪感で縛られてしまっているから。
「も~~」
エマがぐちゃぐちゃと頭を掻きまわして牛の様に鳴く。
ごめんね。私頭が固くってさ。
というかどう言われようと私はそう考えてしまうのを止められないんだ。
私は……臆病で弱虫だから。
「分かりましたっ。とりあえずあとで睡眠薬をお医者様から頂いてきます。それで寝てください」
「……ちょっと遠慮したいなぁ」
睡眠薬ってたくさん飲んだら死んじゃうヤツでしょ?
なんか怖いしさ。
「じゃあ殿下に相談しましょう」
「それはダメッ」
グラジオスは今色んなことが負担になっている。
そこに私が負担を増やしてしまったら、間違いなくグラジオスは潰れてしまう。
そんな事、私は望んでいなかった。
「だったら、せめて人前であんなことは起こさないようにしてください」
「睡眠薬って危なかったりしないの?」
「そういう話は聞いた事はありませんね。お医者さんに相談して、適量を守っていれば問題ないと思いますよ」
用法用量を守って正しくお使いください。
まあそれは何でも当たり前か。
確かにこのまま眠れずに居て倒れたりしたら、色んな人に迷惑がかかるだろうし……。
「……分かった。お世話になる」
しぶしぶ私はエマの提案を受け入れた。
「はい、結構です」
むんっと腕を組み、仁王立ちをしているエマを見ながら、なんか最近立場が逆転しつつあるなぁなんて思ってしまう。
エマはいざとなるとこんなに強かったのだ。
いざという時に、こんなに弱くなってしまう私とは真逆だった。
「よいしょ」
私はゆっくり体を起こし、そんなエマに抱きついた。
親友の腕の中は暖かくて、とっても居心地がいい。グラジオスとはまた違った感覚だ。
「ちょっとだけ、こうさせて」
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