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幕間 這い寄る闇

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「ちっ、うぜぇな。なんで俺があのガキの後始末に駆り出されなくちゃいけねえんだ!」

 そう毒づきながらサラザールは未だ黒煙を吐き出す地面に向けて氷塊を叩きつける。地面に突き立った氷はしばらくそのままだったが、やがて傾きながら地面の下に沈んでいった。

 たった一発の魔術では、まさに焼け石に水といったところか。

 大地がこうなってしまった原因を作ったのは人間を大きく超越した存在――イフリータである。

 彼女が地中深くに存在する魔王の魂を回収するため、山を吹き飛ばし、地面を溶かしたのだ。

 その爪痕は大きく、いくら人間たちが時間をかけて地面を冷やそうとも、未だ生物が住むことの出来ない灼熱の大地と化してしまっていた。

 サラザールを含むセイラムのギルド員は、総出で大地の冷却を行っていたのだが、一週間以上かかってようやく地表が赤くなくなった程度に回復出来たのだ。完全に回復させるのにはまだまだ時間がかかるだろう。

「しょうがないでしょ、サラザール。ここが戻らないと交易も任務もあったものじゃないわ」

「それに、急に土砂降りの雨が降ったりと天気だっておかしいしな」

 サラザールの仲間が言う通り、セイラムの街は様々な被害を被っていた。セイラムの街を放棄するという住人までいるほどに。

 このままではセイラムは廃れ、無人の街となりかねない。それほどまでに、サラザールたちの仕事は価値がある事なのだが……。

「っせー! 俺はこんな事するために魔術師になったわけじゃねえんだよ。魔物や魔獣をぶっ殺すためだ! やってられるか!」

 堪え性が無く、派手で暴力的な事を好むサラザールが、それを理解するはずが無かった。いや、理解しようとすらしていない。

 こんな地道な作業は、下位のギルド員がやる仕事なのだと考えてすらいた。

 それに、まだ理由がある。

 むしろそちらの方が理由としては大きいかもしれなかった。

「だいたいこれをやったのはあのナオヤとかいうクソガキなんだろうが! あいつはどうした!? あいつの後始末をなんで俺様がやらないといけねえんだよ! あいつにやらせろ!」

 地面を焼いたのはイフリータであり、それを止めたのがナオヤとゼアルであるが、そんな事はサラザールの頭にはないらしい。関わったというだけで、ナオヤはその責任を押し付けられてしまっていた。

 もしナオヤたちがイフリータを止めなければ、被害はこんなものでは済まなかっただろう。

 なお、サラザールは今の文句をシュナイドに直接言っていたのだが、なら君が魔族と戦うかい? の一言で撃退されていたりする。

「……天使様に連れられて王都の方へと飛んでいったらしいわよ」

「知ってるよ!」

 所詮サラザールのやっている事は八つ当たりに過ぎない。

 サラザールは芽が出ないと思っていたアウロラを捨て、せいせいしたと思っていた所、どこからか姿を現したナオヤがアウロラとコンビを組んだ。大したことはないだろうと思っていたのだが、ゴブリンをいきなり81体も倒してくるわ、同じ日に銀級の魔獣をも倒し、果ては魔族すら倒してのける大戦果をあげてしまう。

 セイラムの中ではサラザールが最も実力が高いのではと言われていたのに、結果ではナオヤに劣り、アウロラの実力も見抜けなかったとあっては面目丸つぶれであった。

「噂じゃあアイツは神器かなんかを持ってるらしいじゃねえか。全部それのお陰で奴の実力じゃねえ! だっつうのにどいつもこいつも……」

 真実を知っているシュナイドやガンダルフ王が聞いたら顔をしかめそうな台詞である。実際には彼らはナオヤの事を持て余し気味で、扱いかねているというのが正直なところだ。

 何も知らない人達は、ナオヤを英雄だの勇者だのと持ち上げているのだが……。

「俺が神器を持っていれば……くそっ」

 サラザールは冷えて固った足元を蹴るが、それでも気分が晴れなかったのだろう。あっちをやって来ると、適当な嘘をついて仲間達から離れていった。

 サラザールはブツブツと呟きながら腰に装備しているポーチを漁る。

 本来サラザールは前衛に出て、無詠唱の二重三重魔術を使い、正面切って魔物とやり合う戦闘スタイルを好む。しかし、五重以上の魔術が使えないわけではないのだ。

 彼は適当な場所に向かって七重魔術でもぶっ放し、気晴らしでもしようかという腹積もりだったのだが――。

――力を求めるか?

 声が響く。

 地獄の底から響いてくる様な、おぞましくも欲深い声が。

「あ?」

 サラザールは肩をいからせながら辺りを見回すが、声の主はどこにも居ない。

 周りに広がるのはマグマが冷えて固まった、真っ黒な地面だけ。多少離れた位置にサラザールの仲間やほかのギルド員が居るが、大声を上げなければサラザールに届かないであろうほど、遠い。

 サラザールは空耳だったかと鼻を鳴らして一歩踏み出した。

――我を手にせよ。さすれば遍く星々まで破壊しつくし、支配するほどの力をくれてやる。

 今度はよりはっきりとサラザールの耳元で声がしたため、彼は飛び退ると同時、腰の愛剣に手をやった。

 サラザールはこの愛剣でもって、何百という魔物を切り伏せてきている。例え魔族といえど、という自負があった。

「だ、誰だ!」

――貴様に力を与えられる者だ。

「……はっ。あいにく俺様はセイラムで最強と言われていてな。別にてめえからもらわなくとも十分に強いんだよ」

 サラザールは油断なく視線を走らせるが、声の主は見当たらない。

 それならばと魔力の反応を探ってみても、欠片も感じ取る事は出来なかった。

――本当か?

「なに?」

――貴様よりも強い力を持つ者が居ると、貴様自身が言っているぞ?

 その通りだ。サラザールは先ほど、俺にも神器があればと言ってしまっていた。

 つまりそれは、サラザール自身が現在のナオヤに力で及ばない事を認めてしまっているという事で――。

「っせぇ!! 神器を持ってるからだろうが! 反則武器を持ってるから強いだけであって、無い状態で戦えば俺の方がつええ!」

 サラザールは自分の中に在るその答えを振り払うように抜剣し、何もない虚空を薙ぎ払う。

「神器だってそうだ。俺が使えばもっと使いこなしてやる。あんなクソガキより俺の方が絶対に強い!」

――だったら、証明してみたくはないか?

 言葉と共に、サラザールの足元がボコッと膨れ上がり、そこから虹色に輝く魔石が顔を出した。

――さあ、その魔石を手に取れ。

「あ――」

 サラザールはまるで魅入られてしまったかのように、感情の無い瞳で足元の魔石を見つめる。

 彼は知っていた。伝説として謳われる、虹の魔石の存在を。

 それが、目の前に在る。

――それは貴様に史上最強の力を与えてくれるだろう。

 サラザールの中には、先ほどまで存在した本能的な警告の類が一切消失してしまっていた。あるのはただ、力に対する渇望と、それが手に入るという歓喜のみ。

 サラザールはゆっくりと震える手を伸ばし……。

――共に世界をこの手に……。

 魔石を、掴み取った。
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