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「お前は白東ハクトウ帝国の王子である俺を海へ引きずり込んだ」
「ちがいます、あたしはあなたをたすけたんです!」
「それは前回のはなしだ。今回の件はそうではない。危うく俺は溺死するところだった」
「前回? 覚えてらっしゃるの」
「お前は半年前、俺の前にあらわれた人魚だ。違うか?」

 ナターリアは運命のひとだと思っていた王子に不審者としてヒョウレンの地下牢へ連れていかれてしまった。
 祝いの席に突如あらわれた不審な少女は来客のひとりである帝国の王子を海に突き落とした罪で、宴のあとに裁かれることになったのだ。ナターリアはただ、ふたりきりになりたくて彼をそとへ連れ出そうとしてついうっかりふだんの習慣で海に飛び込んでしまっただけなのに。

「あ、あたしは」
「標連の王女の結婚祝いで訪れたにしては、ずいぶん貧相な格好だ。そのうえ人間の足に変化させて陸に来て、俺を海に引きずり込もうとするとは」
「誤解です、あたしはただ!」
「お前は俺を番だと、そう言うのだな」
「……はい」

 檻の向こうで王子に迫られたナターリアは、素直に首を振る。
 人魚族の少女に一途に求められた王子は「だから甘い匂いがしていたのか」と忌々しそうに呟く。

「甘い、匂い?」
「……地下牢で焼き菓子を作っているわけでもないのに甘い香りが漂っている。半年前に海で嗅いだものと同じだ。それも、お前の周りだけ……美味しそうな、食べたら手放せなくなりそうな、そんな蠱惑的な香りだ」
「――王子?」
「俺の名は白東帝国第三王子の夜火虎ヤヒコだ。人間と虎獣人のあいだに生まれた。だから人間が持たない番を判断する能力も微弱ながら持っている。海に放り出されたときは身体が勝手にお前を犯そうとしていた……ただ、確信は持てなかったし、追っ手がいたから途中で逃げてしまった」
「追っ手って」
「俺はあの嵐の日に暗殺されかけたんだ。さすがに海のなかでは獣になれぬ。まあ、あのときはお前のおかげで助かったがな」

 ヤヒコはナターリアが海から砂浜へ自分を運んでくれたから追っ手をやっつけることができたと言いたいらしい。
 あのときナターリアが見た獣の爪で切り裂かれた人間だったモノ、の正体が彼を殺めようとした男たちだったと知り、彼女はああ、とため息をつく。

「ヤヒコさま」
「お前の名は? 俺が怖くないのか?」
「怖くなどありませんわ。あたしはナターリア。人魚族の娘。泡になる前に一目でいいからあなたに逢いたかったの」

 そしてナターリアは語りだす。自分が次の誕生日を処女のまま迎えると、身体が泡になってしまうことを。運命の相手にしか身体を捧げたくないからと、深海を飛び出してきたことを。ヒョウレンの結婚式に、もしかしたら運命を感じた王子さまが来ているかもしれないということを。

「……ナターリア。かつて南の海域で俺を助けてくれた人魚。そして泡になる決意をしながらふたたび俺に逢いにきた……俺の番?」
「ヤヒコさま」
「お前はこのままだと泡になってしまうのか」
「はい。それでも構わないと思っています。罪を償う頃にはきっと、牢のなかで泡になっていることでしょう」
「そんな……どうすればお前を救える? お前を抱けばよいのか?」

 檻を隔てた向こう側で、直截的にヤヒコに問われたナターリアは顔を真っ赤にする。
 牢屋の鍵を彼は持っていない。檻のなかですべてを受け入れ、おとなしくしているナターリアを前にヤヒコは苛立たしそうに見つめている。
 抱かれれば、ナターリアは泡になることはない。けれどいま、地下牢にいる彼女を異国の王子が解放することは難しい。リーシアの薬の効果ももうすぐ途切れるだろう。そうしたら、ナターシアは陸地で歩くことすらできなくなる。
 憂い顔のナターシアを前に、はぁとヤヒコがため息をつく。
 そして。

「ならば俺が、お前の処女を奪う。番として、一生添い遂げてやる。だから勝手に泡になるなど、許さぬ……!」

 白銀の髪が煌めき、身体が真っ白な体毛に覆われていく。獣へ変化したヤヒコを前に、ナターリアは目をまるくする。
 高貴な白虎が一吼えすれば、勢いよく地下牢の扉がぐにゃりと壊れ、ナターリアの目の前に巨大な獣が跪く。

「!」
「乗れ。ナターリア」
「……でも」
「今宵は衛兵たちも宴で腑抜けている。お前ひとり消えたところでなんの問題もない。それより早くしないとお前が泡になってしまう」
「ああ、ヤヒコさま」
「生涯を添い遂げるであろう番を、こんな地下牢で抱くのは間違っている。いますぐ俺の国に連れていく。そこで大切に抱いてやるからどうか、それまでもってくれ……!」
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