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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
双子の姉の二度目の企み 01
しおりを挟む「――で、結局資くんとまだ一度も身体を繋げていないわけ」
自分とおなじ顔をした双子の姉、綾音に問い詰められて、音寧は弱々しく是と頷いていた。
二度目の禊を不本意なかたちで終わらせたあの日から、すでに五日が経過している。変わらず朝と夜の接吻をしてくれる資だが、音寧の身体を気遣ってか、ここ数日は必要以上の接近を避けて部屋の外の扉で護衛に徹するようになっていた。魔の気配も消えているようだし、しばらくはゆっくり休めるようにと配慮してくれたのだろう。とはいえすでに五日も経過している音寧からすれば、いまの状況はもどかしく物足りないものであるのも事実。
なぜなら音寧はもともと月経痛の症状が軽く、量が多いのも初日だけで数日しないうちに経血も止まるからだ。五日目ともなれば経血の名残も薄れてくるし、入浴する支障もなくなる。
けれど資はもう大丈夫だと言う音寧を信じてくれない。まだ身体が辛いだろうからもうしばらく寝台の上でおとなしくしていろと言われてしまった。その上、いまになって自分が介抱するより安心できるだろうからと双子の姉を呼び出し、音寧の話し相手としたのである。
事情が事情だけに呆れていた綾音だったが、音寧が未だに魔力の媒介となる精液を体内に蓄積していないと知り、驚きを見せる。傑に頼んで薬種問屋から媚薬を調達させたというのに、ふたりが最後までしていない状況が意外だったらしい。
綾音の責めるような視線から瞳をそらし、音寧は弁解する。あのとき身体から流れたのが血でなかったら、きっと最後までしていたはずだから、と。
「時宜が合わなかっただけよ……こっちでも月の障りが訪れるなんて思わなかったから……」
「まぁ、体内時間の経過はもとの世界のものと変わらないからね……時空の歪みそのものは時を翔る肉体に影響しないから」
「あやねえさま、そういうことは先におっしゃってくださいな」
「ごめんなさいね、だけどずいぶん仲良くなったみたいじゃない。あの資くんが未来の有弦さまの花嫁であるおとねの心と身体を寝取るなんて物騒なこと宣言して精力を高めるために頑張っているなんて……」
「だ、だけど資さまはわたしのなかに淫魔がいると信じていたから」
「いるわけないのにねぇ」
綾音のあっけらかんとした反応を前に、やっぱりと音寧は苦笑する。
トキワタリの鏡に淫の気を吸わせて魔力を発動させていた音寧の自慰を目撃したことで資は誤解していただけなのだ。そういえばあの鏡はどうしたのだろうと綾音に目で訴えれば、時宮の蔵に封印したわよと当たり前のように返されてしまう。
「だって、これから起こる震災であの鏡は静岡にいるおとねのところにあたしの遺品として届けられるんだから。これ以上未来の旦那様を関わらせて余計なことをさせたら整合性が崩れるでしょ?」
「そう、でした」
「遺品として貴女の手元に届いて、それを持って岩波山へお嫁入りするわけでしょう?」
「……はい」
震災から一年後の晩秋に、音寧は五代目岩波有弦を襲名した彼の花嫁に迎えられたのだ。資という名前を捨てた、有弦に求められて。
この世界――大正十二年の夏――はその起こるべき未来の前段階にあたる。破魔のちからを音寧が綾音へ渡した関係で、時空に歪みが生じているものの、それでもこの先に起こるのが震災で、綾音と傑の代わりに音寧と資が岩波山の五代目有弦夫妻となることに変わりはない。
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