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初めての感情①(ラヨネ視点)

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「よっし。かかってこい。」

パンッと自身の掌を拳で叩き、コタが不敵な笑みを浮かべてサンダーバードの集落に喧嘩を売る。

サンダーバード達は黄金の羽を震わせて、周囲に静電気を放った。ビリビリと静電気が肌を刺し、全身の毛がブワリと立った。

鳴き声を発すれば雷を落とし、羽ばたくだけで周囲に静電気を放つ《雷の精霊》とまで呼ばれるサンダーバード。並の冒険者でもこの魔物と遭遇すると逃げを打つ程の上位に位置する魔物。

そんなサンダーバード相手でもコタは怯えるどころが寧ろ楽しそうでお気に入りのガクランと呼ばれる上着をなびかせて悠然と向かっていく。


その姿はとても眩しくて、見てるこっちも心が躍る程爽快で、一年半くらい暗い気持ちだったのが一気に吹き飛ぶ。

「サンダーバードもコタの旦那相手じゃ荷が重いとね。」

カラカラと楽しそうに笑いながらモモと呼ばれているコタの子分のオークが「たーんと背中ば任せてッ。」と戦うコタに駆け寄る。

コタはニッと笑顔で応えるとモモに背を預けて喧嘩を始めた。

それにざわりと心が騒ついたが、こちらの視線に気付いたコタが笑い掛けてくれた途端、そんな暗い感情すら吹き飛んでしまう。


あの日もあの笑顔をコタは僕に向けてくれた。伸ばしたこの手を力強く握ってくれて、「孤独にしない。」と抱き締めてくれた。

一週間経った今でもその時のコタの手の感触も温もりも全てまだこの身体に残ってて、思い出すたびに胸の辺りがぽかぽか暖かくて心がふわふわする。

ー コタが好き。

動く度にサラサラと靡く、艶やかな黒い髪も。
しっかりとブレる事なくこちらを見つめる何処までも真っ直ぐな瞳も。
スッと伸びる背筋も。あの体温も。匂いも。感触も心も全て。

コタの全部が大好き。
コタの全てを愛してる。

あの日、コタに誰にも届く事はないと思っていたこの手を握られた瞬間からその気持ちは始まり、心の中で膨らみ続けている。


『お前のような産まれながらの大罪人が幸せになれると思っているのか? 』


ふと幸せで満たされる心の隙間で囁く声がした。
その声の持ち主が心の隙間からこちらを侮蔑の目で見つめていた。

黄金を讃える勇ましいたてがみ。
ネコ科特有の縦に切長の瞳孔をしたその目が決して僕の幸せを許さないと睨み付ける。

『半獣人こそ、獣人の国アシェルを滅亡へと導く許されざる悪だ。我らは正義の名の下にソレを討ち滅ぼさなければならない。』

お父様が崩御して三日目。
お兄様が新たな王としてそう宣言してから僕の幸せは崩れていった。


『お逃げください、ラヨネ殿下。』

お兄様は宣言を出したその日の内に半獣人の断罪に動き出した。
その動きはまるで何年も前から準備されていたように早く、次々と混血推奨派の貴族達は刑に処された。

お父様に仕えていた騎士や僕の面倒を見てくれていた侍従達は僕を逃す為に盾となり、消えていった。

ついには僕の身の回りの世話をしてくれていた半獣人の従者が囮になって僕を逃がし、そして僕はひとりになった。


あの日は冷たい雨が降っていたのをよく覚えている。今まで産まれてから一度も一人で城外に出た事のない僕は心細さと後ろから迫る死の恐怖からただひたすら逃げ続けた。


雨で濡れて冷たくなっていく身体。
助けてと伸ばした手は誰にも届かず冷えて手の感覚すらなくなっていく。

ー 死にたくない。

ただ生きる為だけに獣人達から逃げ続けた。


泥水を啜り。
ゴミを漁り。

城の中で何不自由なく生きていた僕が生き残る為にプライドも人としての尊厳も捨て、ただ生に執着した。もうその頃には誰かを頼る事すら怖くなっていた。

逃亡中。
一度だけ同じ半獣人に出会った事があった。だが、彼等の僕を見る目は冷たく、僕がついてくる事を疎んだ。

「せめて、ベディヴィア王獅子の因子を引いてくれていれば…。」

彼等の誰かがそう溜息をついた。
何故、お前はリスの因子を継いだんだ?
せめて、半獣人でも獅子の半獣人であったならば…。

その言葉が孕んだ半獣人達が僕に向ける想いが牙を剥く。助ける価値もないと否定する。

お父様やお兄様のようにベディヴィア王獅子の因子を引き継がなかった出来損ない。王子の癖に肉食階級に生まれる事すら出来なかったなり損ない。

ー 僕はなんの為に産まれたんだろう。

出来損ないでなり損ない。
存在する事自体が獣人からしたら悪で。
半獣人にすらも疎まれて。

「お父様。僕は……なんの為に。」

なんの為に産まれてきたの?
なんの為に生きているの?
一体、なんの為に……。


『ラヨネ。お前は……だ。』

そう夢の中で問い掛ければ、ベットで泣く幼い僕にお父様が優しい声色で言葉を掛けた。
しかし、言葉は何時も大切な部分が欠けていて、思い出せない。




「……ヨネ。」

「ラ…ネ。」

「ラヨネ。」


コタが僕の名を呼ぶ声が聞こえ、はたと意識を現実に戻す。

現実に戻ると晴々としたコタの顔が息が掛かる程近くにあり、ビクリッと身体が跳ね、ボッと顔が熱くなる。

「へ? …な、なに、コタ? 」

「いや、喧嘩が終わったからそこら辺散策して帰ろうと思ったんだけど、話しかけてもボーとしてっから調子悪いんかな…と。」

顔が赤い。熱か? と、コタの手が僕の両頬を包む。
長いまつ毛の下に黒い瞳を隠し、僕の額に自身の額を合わせた。

「熱? …いや、分かんねぇや。そもそも病気の子供の世話した事がねぇもんな…。」

おそらく、普通の子供に手の掛からないミドリを基準にしてはダメだ…と何かぶつぶつと呟きながら僕の頰から手を離し、思案する。

そんなコタの言動すら気にしない程、ドッドットッと心臓がうるさく脈打つ。

顔は火が出るんじゃないかって程熱くなり、頭はふわふわする。
なんだか足も地にちゃんとついていないみたいにふらふらする。


好きってこんなに苦しくて熱くてふらふらするんだ。



「いんや、コタの旦那。どう考えてもリスっ子ば頭熱いとよ。」

突如、ニュッと僕とコタの間にピンクの図体だけ無駄にでかいおじゃま虫が割って入り、勝手に僕の額に触れる。
折角、コタの額の感触がピンク色の謎の乙女思考のアホのプニプニな手の感触に侵食される。

「…そのプニプニなスライムみたいな手で気安く僕に触れないでくれる? 」

「スライムみたいな手って何!? リスっ子ば全力で言葉の刃を投げつけてるつもりだろうけど熱で刃がなまくらになってるとよっ。」

ほら見た事かとピンク色の物体が図体を揺らす。
耳障りな声がガンガンと頭に響き、世界がふわふわする。
身体が怠くなってきて、辛くて手を伸ばすとその手を大好きな手が握り、安堵に包まれた瞬間、急に眠くなってきた。
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