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引けない喧嘩

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それは本当に一瞬の出来事だった。

雷鳴とともに轟々と燃え盛るコボなんちゃらの集落。逃げ惑うアイツらを次々と捕食していく黒い影達。

その黒い影達からヒシヒシと伝わるヤバさ。
野生の本能が「あれはマズイ。逃げろ。」と黄色信号を通り越して赤信号を点滅させる。

しかし、その影達に見覚えのある姿を見つけ、判断が鈍った。


犬や兎の可愛い姿にはっつけられた強面。
以前は出会った時はそんな強面に恐怖の色を滲ませながら必死に向かってきた割りかし情けなかった山賊達。

アイツらとの繋がりはたった一回、カチコミに行ったきりの関係。だが、泣いたり、戸惑ったり、怒ったり、表情豊かな奴らだったと記憶している。だが、目の前にいる奴らは同じ姿形をしているのに何処か別人に見えた。

涎を知性なく垂らし、生けるものにただ食らいつく理性なき獣。その表情には一切の感情を感じられず、理性や知性所か自我すらないように見えた。

そんな獣達の中。
一体の獣だけが感情をその表情にその姿に轟々と発露させていた。


まるでそれはコボなんちゃらの集落を燃やす炎のように激しい感情達。内からメラメラと焼き尽くすような怒りとその対極の湧き上がるような歓喜。

ぶつかり合い、今にも破裂しそうな感情達が歪に混ざり合い、こちらへと向いた。

「見つけた。」

そうあの狼野郎の口から発せられた言葉なのに頭の中に浮かんだのは狂気を孕んだ灰色の瞳。千切れたあの細い光の糸を早く掴めと唆す勇者の面。

何故、アイツを思い出したのかは分からない。
しかし、ゾワリッと全身の毛が逆立ち、立った鳥肌が治らない。

はたと正気に戻った時には一面に広がっていたのは大きな口と肉を引き裂く牙達。噛まれると咄嗟にラヨネを庇い被さった。しかし、痛みはなく、ポタリポタリッと赤い雫が空から降る。

頭上を見上げれば、自身よりも二回り太い桃色の腕が狼野郎の口に口枷のようにキツく押し込まれていた。

「オークば逞しい腕、そんな柔な牙じゃ、噛みちぎれんとよッ。」

ニッと不敵に笑うモモ。しかし、狼野郎の口からはモモの血が滴っている。

「モモ!! 」

「たーんと任せて。コタの旦那。こんな傷、男の子にとって擦り傷とっ。」

怪我をしているというのにモモは更に自身の腕を狼野郎の口に咬ませる。その笑みが少し痛みに歪んでも、それでも引かないモモの姿を見て、自身の不甲斐なさにグッと唇を噛み、狼野郎の腹に蹴りを入れた。

狼野郎は「グッ!! 」と苦しそうな声をあげるとモモの腕から口を離し、腹を抑えて後退した。

「何やってんだか。」

パンッと自身の両頬を挟むように叩き、気合いを入れる。
全く、舎弟がこんだけ男見せてるっていうのに情けない。野生の本能がどうした? 気圧された時点で負けだろうがっ!!


腕の中のラヨネを見るとモモから滴る血を目で追ってぶるぶると身体を震わせている。そんなラヨネの背をポンっと軽く叩き、背に庇う。

「こ、コタ…。」

弱々しく自身の名を呼び、縋るように小さな手が服の裾を握る。それに「大丈夫だ。」と笑みで返すと狼野郎を睨みつけた。

ただでさえ、相手はラヨネを物のように扱い虐げていた奴だ。そんな相手との対峙と流血沙汰、大の大人だってこんな目に遭えば怖いだろうから小さなラヨネはもっと怖い筈。

なら、俺が気圧されちゃならないと拳を構えると山賊達に噛みつかれたコボなんちゃら達がゆらりと立ち上がった。無事だったのかと一瞬、安堵したのも束の間、コボなんちゃら達は山賊達と同じ面をして俺達に敵意を向けてきた。

「マジかよ。」

「ふぁ!? て、敵が増えたとよ!!? 」

あれ? 俺はゾンビ映画の中にでも飛ばされたのか??
ゾンビに襲われた相手がゾンビになるあのお決まりの光景を目の前にして、チラリとモモを見やる。

「へぁ!? こ、コタの旦那ば、自分がああなると疑っとると!? 」

「……いや。」

「その間は絶対疑っとるとよッ!! 」

憤慨するモモを宥めながら自身の服の裾を破り、傷を手当てするように渡す。がっつり噛みつかれた割には思った程深くない傷で安心したが、それでも喧嘩出来る程、軽症でもない。

「ラヨネを連れて下がっとけ。ここは俺に任せろ。」

「流石にコタの旦那でもこの数を一人ば無茶と!! 」

「ああ、流石に全員伸すのは無理だな。」

苦笑を浮かべると「当たり前と!! 」と、腕をやった服の布切れで乱暴に結ぶと加勢しようとしてきたのでデコをピンッと弾き、ニッと笑う。

「俺にもカッコつけさせろよ。……無茶はするが無理はしねぇよ。」

モモは一つ溜息を吐くと覚悟を決めたように頷き、震えるラヨネを怪我していない腕で抱き上げた。

「リスっ子ば、たーんと任せてッ。ドーンと派手に暴れるとぞ。」

「ああ。喧嘩売った事を後悔させてやらぁ。」
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