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本編

第45話 知られざる寵妃 4

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『許可証を持っている段階で、ある程度の身分の高さが伝わることは避けられません』
『そうなると、逆に危険は高まりますから、身の安全を優先しないとダメですよ』
『偽名を使ってますから、大丈夫! ギガイ様には伝わりませんよ』

 そんなリラン、エルフィル、ラクーシュの言葉に説得されて、今度は3人を伴ったまま、レフラは緊張しながら、再び店に足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ」

 すぐに気が付いて側に駆け寄って来たのは、さっき対応してくれた女性だった。
 リランが素早く視線を走らせた店内は、どことなくそわそわしていて、未だに雰囲気が落ち着かない。それでも店員の女性に関しては、店の教育の賜物なのか。リランが戻ってくるまでのわずかな時間で、気持ちをどうにか立て直しているのが見て取れた。
 さっきよりはいくぶん固いが、それでも十分穏やかな笑みを浮かべつつ、再びレフラの前で膝を折る。

「組紐のご購入でございますね?」
「はい」
「それでは、こちらにおいで下さい」

 レフラに寄り添った3人が、上手く立ち位置を変えながら、店の客の目からレフラの姿を隠していく。初めとは違って、ここにいる多くの者が、もうギガイの寵妃だと知っているのだ。向けてくる好奇の目は、さっきまでの比ではない。

 お忍びで一民としての姿を晒すのと、ギガイの寵妃として姿を晒すのとでは意味が違う。もともとギガイが晒したがらないレフラの姿だ。寵妃としてのレフラの姿は、可能な限り隠したい。その事に加えて、周りのその視線や囁きから、レフラの立場が知られている事を、気付かれる訳にはいかないのだから。3人はレフラに悟られないように、周りをだいぶ牽制していた。

「では紐をご準備しますので、こちらでお待ち下さい」

 応接室のような所に通されて、それぞれに椅子を勧められる。それをラクーシュとエルフィルは辞退して、レフラの側にはリランだけが腰掛けた。

「許可証が間に合って良かったですね」

 朗らかにエルフィルが言いながら、窓の側へ歩いていく。素早く視線を外へと走らせて、不審な様子がないか確認と、万が一の時の退路を確認する。

「はい。皆様のおかげです。もう今日は購入できないかも、と思ったので、とても嬉しいです。本当にありがとうございます」
「レフラ様に喜んで貰えたんでしたら、良かったです」

 同じように入口と、店の者が出入りする扉の間に立ちながら、ラクーシュもニカッと笑ってみせた。

 レフラが安全に穏やかに、いつ、いかなる場所でも過ごせること。それが1番重要なのだから、レフラの緊張が解けた様子に、それぞれが最大の警戒を払いつつも、リランやエルフィル、ラクーシュの3人とも、纏う空気は穏やかだった。

「お待たせ致しました」

 そこに店員の女性が、いくつか箱を持って入ってくる。その中の2つは明らかに、質の良い木箱だった。

「こちらは、萌黄と薄茶。それから深緑と青色の糸でございます」

 まず蓋を開いて差し出されたのは、許可証を求められない糸だった。そして次に蓋のまま差し出されたのが3つ。これが、許可証が必要になる黒と金、そして銀色の糸なのだろう。リランはギガイから預かっていた紙をレフラへ差し出した。

「あの、これで購入できますか?」
「はい、可能でございます」

 レフラが開いて差し出した紙を、両手で受け取った女性が手元に置いて、閉じていた蓋を持ち上げた。予想通り、黒と金、そして銀糸が中から出てくる。

「よろしければ、こちらもご覧下さい」

 それは部屋に戻って来た時から持っていた、上質な2つの箱だった。すでに希望した糸は、目の前に全て並んでいる。まだ閉じたままのその箱を、不思議そうに見るレフラに、女性が箱の蓋を開けた。

 中にあったのは、黒と銀。ただ、先に見た糸とは色味がだいぶ違っていて。そしてレフラにすれば、だいぶ見慣れた色だった。

「黒族では、族長の代替わりと共に、新しい長を象徴する色が定まります。こちらはギガイ様を現す色となり、黒青こくせい色でございます。そして横の箱は、白金色となります」

 女性店員の言葉にレフラがえっ、と戸惑った視線を向ける。

「こちらも特別な許可が必要でございますが、今回頂いた書類で購入頂けます。黒と銀をお求めでしたので、念のために近いお色として御準備しましたが、いかがでしょうか? 手に取って1度ご覧になりますか?」
「えっ、宜しいのですか?」
「はい、ぜひご覧下さい」

 思い掛けない物に、一瞬戸惑いながらも、だいぶ嬉しい提案だったのだろう。驚いた表情で箱を見ていたレフラの頬が、薄らと上気して、見開いた目も光を受けて煌めいていた。

 そして差し出された黒青色の束を、そっと指先で撫でていく。まるでそれが、ギガイ自身だとでもいうように。愛おしそうな色を浮かべて見つめる目は、3人がよく見る、レフラのいつも通りの姿だった。
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