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第一章2人の未来(みく)
家族 -marineside
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完全にそこから動けなくなってしまっている私に、加奈子さんが言った。
「未来ちゃん、正直に言って。身に覚えはあるんでしょ?」
私は唇を噛みしめながら俯くように肯いた。身に覚え……ははっきりとあった。そもそもそれが私が今回家を出た理由なのだから。
私は素直に加奈子さんに促されるままに医師の診察を受け、自分の身に起こった『新しい命の誕生』の事実を確認した。
「家に帰れなんて言わないですよね。私には、帰る家なんてもうないんです」
病院を出る時、私は加奈子さんにそう言った。
「未来ちゃん……」
加奈子さんは悲しい表情で私を見た。
「帰れなんて言わないでください」
なおも懇願する私に、
「そんなことを言っても、今までとは状況が違うわ。本当はご両親、ご健在なんでしょ?」
もう一度帰らないといった私に、加奈子さんは首を振りながらそう返した。
「イヤです、今帰ったら……子供産めない……」
パパは絶対に許してくれない! そして、
「それに、産むのなら、子供のパパにも連絡しなきゃ」
という加奈子さんに、
「彼には知らせません。私一人で育てます」
私は涙をこらえながらそう答えた。
「どうして!」
そこまで頑なになるのだという加奈子さんに、
「だって、彼には……」
私は克也とのことを話し始めた。
実家が医者の克也には親の決めた婚約者がいた。その敷かれたレールが嫌で、医者を継がなかった克也は、
『翠(みどり)は親が決めただけで、俺は何とも思ってない』
と言っていた。
でも、そんな彼女とも関係がちゃんとある事を知ったのは、家を出る少し前のこと。二股――ううん、愛人と言った方が正しい。
そんな奴が、私に子供ができたからといって、責任をとるなんて思えない。それに……
「それに……まじめなパパは私が父親のいない子供を産むことを許してはくれないと思う。加奈子さんだって、修司さんだってそうでしょ? 瞳(まなこ)ちゃんがもしそうなったら……」
「それは……」
私にそう言われて、加奈子さんは一旦口ごもった。
「そりゃ、私も母親だもの。娘がみすみす苦労するようなことはさせたくはないわ。男親の修司はもっと激怒するでしょうね。相手の男だって殺しかねない」
「そうでしょ? だから……」
「でも、彼だってもしかしたらってことだってあるでしょ? 子供ができたことで変わる人もたくさんいるわ」
当惑した様子でそう言った加奈子さんに、私は頭を振りながら返した。
「……かもしれません。でも、私の方がもう彼を信じられないんです」
そんな私の言葉に、加奈子さんはハッとして続く言葉を飲み込んだ。
「でもどうして、私が妊娠してると思ったんですか」
私は加奈子さんがどうしていきなり産婦人科に連れて来たのかが不思議だった。
「私だって、子供を二人産んでいるのよ。妊娠中って独特なものがあるのよ。未来ちゃんが初めてお店に来た時、いきなり泣いちゃったでしょ。私、あの時あなたが自ら命を断とうとしているのかと思ったの。だけど、一晩泊めた後、あなたは日進で暮らしたいって言って、積極的にアパートや仕事を探し始めたでしょ。それからも、感情の起伏の大きいことも続いたし……お昼前に菊池さんから未来ちゃんが吐いたと聞いたときに確信したわ」
「子供ができると泣き虫になるんですか?」
「涙もろくなる人が多いわ」
加奈子さんは私をアパートまで送って、帰って行った。
加奈子さんにはああは言ったものの、私はこれから先、どうしたら良いのか判らなかった。まず、菊池さんには妊娠のことを報告しなければならないだろう。そしたら、『ドルチェ』を辞めなければならなくなるんだろうか。あそこを辞めても、身重の女を好き好んで使ってくれるようなところはどこにもないだろう。
でも産みたい。克也には未練なんてないけど、芽生えた命は無碍にはしたくない。それに、もしかしたら……
そんなことを考えながら私は、眠れぬ夜を過ごした。そして、明け方近くになって、ようやくうつらうつらとし始めた時、アパートのドアが激しく叩かれた。
私がドアを開けると、茹でダコのようになったパパと蒼い顔をしたママが立っていた。びっくりした私に、ママは
「板倉さんから連絡をいただいたの」
と言った。
加奈子さんは私がはじめ自殺するかもと思っていたので、それを回避しようと私が板倉家のお風呂をいただいていたときに、こっそりと鞄を覗いて清華の連絡先のメモを控えたらしい。それでまず清華に連絡を入れて、清華からウチの番号を教えてもらったのだ。
そして、加奈子さんから連絡を受けたパパとママは、すぐに夜通し走ってここに駆けつけてきたのだ。
「未来!」
パパは挨拶代りに私を平手で打った。
「マーさん、止めて!!」
ママが慌てて止めに入る。それを片手で制したパパは……私をぎゅっと抱きしめた。
「話は板倉さんから聞いた。とにかく、何にしても帰って来い」
パパは憮然とした様子で私にそう言った。
「心配している様だから言っとくが、父親のことは聞かんでおいてやる。というよりな、なまじ名前なんか聞いてしまうと俺はそいつを殺しかねないからな。それにな……たとえ間違いで授かった命だったとしても、子供には罪はない。生きたくても生きられない命だってあるんだ。俺たちには生きようとしている命をなかったことになんてできない。
未来、子供はもうお前ひとりのもんじゃない。家族のものだ。父親がいなくたって、家族一丸となって最高にに幸せにしてやればそれで良いことじゃないか」
趣味はママだと豪語して家族が一番だと常々言っているパパ……ねぇ、その中にこの子も入れてくれるの?
そして、――生きたくても生きられない命――それはたぶん、暁ちゃんのことを言っているのだと思った。暁ちゃん、私はあんたに何もしてあげられなかったのに、お姉ちゃんのこと助けてくれるんだね。……ありがと。
「ねぇ、私ホントにウチに帰ってもいいの?」
「当たり前だ、他にどこに帰るところがある」
そうだね、他に帰れるとこなんてどこにもないし、このまま意地を張って残る気力も、パパの今の言葉で無くなっちゃった。
パパ、甘えさせてもらうね。
でも……今のこの状態であの子の顔を見るのは正直辛いな。
「私、帰るね。じゃぁ、『ドルチェ』に行って来るわ」
「『ドルチェ』って?」
ああそうか、私のバイト先のことは知らないもんね。
「私が今、バイトせてもらってる喫茶店。すぐに代わりの子を探してもらわないと。マスターの菊池さんに話してくる。」
どうせ、早めに行って昨日のことを話さなくちゃとは思っていた。それでも、使ってくださいと言うつもりだったけど……辞めるといわなきゃならないのか……さびしいな。
「じゃぁ、私も一緒に行くわ」
すると、ママもついてくると言った。
「ママもその方にお礼がしたいし、親が迎えに来てるって言えばあなたも切り出しやすいでしょ」
「俺はその間に部屋を片付けておく」
「……うん、分かった。2人ともありがと」
私は頷いてそう返事したものの寂しかった。バイトだし、事情が事情だから、菊池さんはすぐに了解して両親と帰るように言ってくれるだろうから。
でも……短い間だったけど、私はここの暮らしが大好きだった。
私はママと一緒に 『ドルチェ』に向かった。春は名のみの風が私の頬に当たる。
「未来ちゃん、正直に言って。身に覚えはあるんでしょ?」
私は唇を噛みしめながら俯くように肯いた。身に覚え……ははっきりとあった。そもそもそれが私が今回家を出た理由なのだから。
私は素直に加奈子さんに促されるままに医師の診察を受け、自分の身に起こった『新しい命の誕生』の事実を確認した。
「家に帰れなんて言わないですよね。私には、帰る家なんてもうないんです」
病院を出る時、私は加奈子さんにそう言った。
「未来ちゃん……」
加奈子さんは悲しい表情で私を見た。
「帰れなんて言わないでください」
なおも懇願する私に、
「そんなことを言っても、今までとは状況が違うわ。本当はご両親、ご健在なんでしょ?」
もう一度帰らないといった私に、加奈子さんは首を振りながらそう返した。
「イヤです、今帰ったら……子供産めない……」
パパは絶対に許してくれない! そして、
「それに、産むのなら、子供のパパにも連絡しなきゃ」
という加奈子さんに、
「彼には知らせません。私一人で育てます」
私は涙をこらえながらそう答えた。
「どうして!」
そこまで頑なになるのだという加奈子さんに、
「だって、彼には……」
私は克也とのことを話し始めた。
実家が医者の克也には親の決めた婚約者がいた。その敷かれたレールが嫌で、医者を継がなかった克也は、
『翠(みどり)は親が決めただけで、俺は何とも思ってない』
と言っていた。
でも、そんな彼女とも関係がちゃんとある事を知ったのは、家を出る少し前のこと。二股――ううん、愛人と言った方が正しい。
そんな奴が、私に子供ができたからといって、責任をとるなんて思えない。それに……
「それに……まじめなパパは私が父親のいない子供を産むことを許してはくれないと思う。加奈子さんだって、修司さんだってそうでしょ? 瞳(まなこ)ちゃんがもしそうなったら……」
「それは……」
私にそう言われて、加奈子さんは一旦口ごもった。
「そりゃ、私も母親だもの。娘がみすみす苦労するようなことはさせたくはないわ。男親の修司はもっと激怒するでしょうね。相手の男だって殺しかねない」
「そうでしょ? だから……」
「でも、彼だってもしかしたらってことだってあるでしょ? 子供ができたことで変わる人もたくさんいるわ」
当惑した様子でそう言った加奈子さんに、私は頭を振りながら返した。
「……かもしれません。でも、私の方がもう彼を信じられないんです」
そんな私の言葉に、加奈子さんはハッとして続く言葉を飲み込んだ。
「でもどうして、私が妊娠してると思ったんですか」
私は加奈子さんがどうしていきなり産婦人科に連れて来たのかが不思議だった。
「私だって、子供を二人産んでいるのよ。妊娠中って独特なものがあるのよ。未来ちゃんが初めてお店に来た時、いきなり泣いちゃったでしょ。私、あの時あなたが自ら命を断とうとしているのかと思ったの。だけど、一晩泊めた後、あなたは日進で暮らしたいって言って、積極的にアパートや仕事を探し始めたでしょ。それからも、感情の起伏の大きいことも続いたし……お昼前に菊池さんから未来ちゃんが吐いたと聞いたときに確信したわ」
「子供ができると泣き虫になるんですか?」
「涙もろくなる人が多いわ」
加奈子さんは私をアパートまで送って、帰って行った。
加奈子さんにはああは言ったものの、私はこれから先、どうしたら良いのか判らなかった。まず、菊池さんには妊娠のことを報告しなければならないだろう。そしたら、『ドルチェ』を辞めなければならなくなるんだろうか。あそこを辞めても、身重の女を好き好んで使ってくれるようなところはどこにもないだろう。
でも産みたい。克也には未練なんてないけど、芽生えた命は無碍にはしたくない。それに、もしかしたら……
そんなことを考えながら私は、眠れぬ夜を過ごした。そして、明け方近くになって、ようやくうつらうつらとし始めた時、アパートのドアが激しく叩かれた。
私がドアを開けると、茹でダコのようになったパパと蒼い顔をしたママが立っていた。びっくりした私に、ママは
「板倉さんから連絡をいただいたの」
と言った。
加奈子さんは私がはじめ自殺するかもと思っていたので、それを回避しようと私が板倉家のお風呂をいただいていたときに、こっそりと鞄を覗いて清華の連絡先のメモを控えたらしい。それでまず清華に連絡を入れて、清華からウチの番号を教えてもらったのだ。
そして、加奈子さんから連絡を受けたパパとママは、すぐに夜通し走ってここに駆けつけてきたのだ。
「未来!」
パパは挨拶代りに私を平手で打った。
「マーさん、止めて!!」
ママが慌てて止めに入る。それを片手で制したパパは……私をぎゅっと抱きしめた。
「話は板倉さんから聞いた。とにかく、何にしても帰って来い」
パパは憮然とした様子で私にそう言った。
「心配している様だから言っとくが、父親のことは聞かんでおいてやる。というよりな、なまじ名前なんか聞いてしまうと俺はそいつを殺しかねないからな。それにな……たとえ間違いで授かった命だったとしても、子供には罪はない。生きたくても生きられない命だってあるんだ。俺たちには生きようとしている命をなかったことになんてできない。
未来、子供はもうお前ひとりのもんじゃない。家族のものだ。父親がいなくたって、家族一丸となって最高にに幸せにしてやればそれで良いことじゃないか」
趣味はママだと豪語して家族が一番だと常々言っているパパ……ねぇ、その中にこの子も入れてくれるの?
そして、――生きたくても生きられない命――それはたぶん、暁ちゃんのことを言っているのだと思った。暁ちゃん、私はあんたに何もしてあげられなかったのに、お姉ちゃんのこと助けてくれるんだね。……ありがと。
「ねぇ、私ホントにウチに帰ってもいいの?」
「当たり前だ、他にどこに帰るところがある」
そうだね、他に帰れるとこなんてどこにもないし、このまま意地を張って残る気力も、パパの今の言葉で無くなっちゃった。
パパ、甘えさせてもらうね。
でも……今のこの状態であの子の顔を見るのは正直辛いな。
「私、帰るね。じゃぁ、『ドルチェ』に行って来るわ」
「『ドルチェ』って?」
ああそうか、私のバイト先のことは知らないもんね。
「私が今、バイトせてもらってる喫茶店。すぐに代わりの子を探してもらわないと。マスターの菊池さんに話してくる。」
どうせ、早めに行って昨日のことを話さなくちゃとは思っていた。それでも、使ってくださいと言うつもりだったけど……辞めるといわなきゃならないのか……さびしいな。
「じゃぁ、私も一緒に行くわ」
すると、ママもついてくると言った。
「ママもその方にお礼がしたいし、親が迎えに来てるって言えばあなたも切り出しやすいでしょ」
「俺はその間に部屋を片付けておく」
「……うん、分かった。2人ともありがと」
私は頷いてそう返事したものの寂しかった。バイトだし、事情が事情だから、菊池さんはすぐに了解して両親と帰るように言ってくれるだろうから。
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