【完結】獣王の番

なの

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第一章:政略の番

第二話: 閉ざされた部屋で

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謁見の間での屈辱的な宣告から数日が過ぎた。
ユリアンに与えられたのは陽の光もろくに届かない北塔の部屋と、最低限の着替えや食事。そして城に住む誰もからの、あからさまな無関心だった。

獣王ライオネルが「番など認めぬ」と公言した以上、ユリアンは王の伴侶候補ですらない。ただの厄介払いの対象であり、いつ処分されるとも知れぬ、か弱き隣国から送られてきた「人質」
それが、この城におけるユリアンの立場だった。

食事を運んでくる侍女たちは、トレーを乱暴にテーブルに置くと、一言も発さずに部屋を出ていく。その背中からは、「汚らわしいΩに触れたくない」という明確な拒絶が感じられた。

廊下を歩く兵士たちは、聞こえよがしに鼻を鳴らし、心を抉るような言葉を吐き捨てる。

「ここが隣国から来たΩの部屋か?何の役にも立ちそうにないよな」
「王があのような者を番になさるはずがない。当然の采配だ」
「下手にうろつかれると、こちらの血まで穢れそうだ」

鋭い言葉がユリアンの心に突き刺さる。

悔しくないわけではない。悲しくないわけでもない。

だが、ここで感情を露わにすれば、それは相手の思う壺だった。彼らは、ユリアンが泣き叫び、取り乱す姿を見て鬱憤(うっぷん)を晴らしたいのだ。
そんな彼らに一滴の涙も見せてやるものか。それが、今のユリアンにできる唯一の抵抗だった。

ユリアンにとって唯一の慰めは、部屋に一つだけある鉄格子の嵌まった窓だった。そこから見えるのは、切り取られたような灰色の空と、高くそびえる城壁の一部だけ。

それでも、時折吹き込む風が外の世界の匂いを運んできてくれた。
土の匂い、緑の匂い、そして遠くの厨房から漂う香ばしいパンの香り。
そのささやかな変化だけが自分がまだ生きていることを実感させてくれた。

ある日の午後、窓の外から、これまで聞いたことのない、大きな歓声が風に乗って聞こえてきた。

何事だろうかと、ユリアンは窓辺に駆け寄る。鉄格子に額を押し付けるようにして外を覗き込むと城壁と別の塔との間に、わずかに訓練場らしき広場の一角が見えた。

屈強な獣人の騎士たちが、雄叫びを上げ、木剣を打ち合わせている。
その中心に一際大きな体躯の男がいた。距離が遠く、その表情までは窺えない。だが、黄金の鬣を思わせる髪が風になびき、鍛え上げられた上半身が陽光を浴びて力強く輝いている様は、誰がどう見ても、この国の王その人だった。

――ライオネル。

ユリアンは思わず息を呑んだ。あの冷たい拒絶を言い放った王。自分を価値のないものだと断じた男。憎むべき相手のはずなのに、そのあまりに雄々しく、美しい姿から目が離せない。遠目からでも分かる、圧倒的な生命力。一振りごとに空気が震え、周囲の騎士たちが気圧されて後退する。その立ち姿には、王だけが持つ絶対的なカリスマが満ち溢れていた。

αとしての強烈な存在感が距離を超えて、Ωであるユリアンの本能を直接揺さぶってくるかのようだ。
ユリアンは、ただ窓に張り付いて、その姿を見つめ続けた。

ライオネルがこちらに気づくことは、万が一にもないだろう。それが分かっているからこそ、安心してその姿を視線で追うことができた。しかし同時に、その事実は、二人の間にある絶対的な距離を残酷なまでに突きつけてくる。彼は、この国の全てをその手に握る王。そして自分は、鳥かごの中から、ただ彼を見上げることしかできない人質。

やがて訓練が終わり、ライオネルが騎士たちを引き連れて去っていく。その姿が見えなくなると、ユリアンはゆっくりと窓から離れた。

脳裏に焼き付いて離れないのは、ライオネルの圧倒的な姿。そして、それをただ遠くから見つめることしかできない、自分の無力さ。

「僕は……ここから見ることしか、できないのか」

か細い声で呟き、ユリア.ンは冷たい石の床に座り込んだ。ぎゅっと膝を抱える。この孤独な城で、自分はただ、こうしていることしかできない。今はまだ、その意味さえ見出せないままに。

それでも、と彼は思う。いつか、この窓の外へ出られる日が来るのだろうか。あの圧倒的な王と、言葉を交わす日が、来るのだろうか。
今はまだ、その答えを知る者は誰もいなかった。ただ、北塔の窓辺に立つ孤独なΩの心に、初めて「外の世界」への、そして「王」への、漠然とした憧れにも似た感情が芽生えたことだけが、確かな事実だった。


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