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「……ヒーナ様。邸宅の監視魔導具に反応があります。ピンク色の、非常に騒々しいエネルギー体が正門を乗り越えようとしていますね」
執務室で王宮の予算案を仕分けていた私の元へ、ゼクスが冷静な報告を持ってきました。
「またミア様かしら。学習コストを支払う気がない割には、行動力(フットワーク)だけは一流ね」
私は窓から庭を見下ろしました。そこには、案の定、フリフリのドレスを泥だらけにしながら、新設した魔導セキュリティの結界に弾き飛ばされているミア様の姿がありました。
「あいたたた……! なによこの壁! 見えない壁があるわ! ヒーナ様、出しなさい! カイル様をたぶらかす悪女は出てきなさーい!」
「ゼクス。彼女、不法侵入を試みた上に、私の社会的信用を毀損する発言を繰り返しているわね。これ、現行犯で『損害賠償』を請求できるかしら?」
「十分可能です。さらに、彼女が結界に触れたことで発生した魔力消費代も上乗せしておきましょう」
私は溜息をつきながら、拡声魔導具(拡声器)を手に取りました。
「ミア様。当本部は本日、アポイントメントのない方の入場を固くお断りしております。現在、貴女の『不法侵入未遂罪』により、一秒ごとに金貨一枚の違約金が発生しておりますわよ?」
「なっ……! なによそれ! 私はカイル様の婚約者なのよ! 未来の王妃が、元婚約者の家に来てあげてるんだから、ありがたく思いなさいよ!」
「未来の収益を現在の債務と相殺することはできません。さあ、今すぐお帰りになるか、あるいは……」
私は、結界の出力を少しだけ上げました。パチパチと青白い火花が散り、ミア様が「ひゃんっ!」と情けない声を上げて飛び退きます。
「……あるいは、そこの門にある『有料相談BOX』に、相談料として金貨十枚を投入なさい。そうすれば、三分間だけ話を聞いて差し上げてもよくてよ」
「金貨十枚!? マシュマロ何箱分だと思ってるのよ!」
「市場価値で換算する癖がついたのは素晴らしい進歩ね。でも、私の時間はそれ以上に価値があるの。……さあ、カウントダウンを始めるわよ。三、二……」
「わ、分かったわよ! 払えばいいんでしょ、払えば!」
ミア様は泣きべそをかきながら、カイル王子からせしめたと思われる宝石の付いたブローチをBOXに叩き込みました。
「毎度あり。ゼクス、彼女を『消毒室』経由で応接室へ」
「承知しました。……あ、ヒーナ様。彼女、スカートの中に大きなハサミを隠し持っていますね。恐らく、カイル様との契約書を物理的に破棄するつもりでしょう」
「まあ、原始的。……いいわ、そのハサミも『危険物持ち込み手数料』として没収してちょうだい」
応接室に現れたミア様は、髪を振り乱して私を睨みつけました。
「ヒーナ様! 貴女、カイル様に変な魔法をかけたでしょう!? 彼、最近ずっとお部屋に引きこもって、お茶会にも来てくれないの! 『ヒーナとの契約を完遂するまでは休めない』なんて、呪文みたいに唱えて……!」
「それは魔法ではなく、ただの『責任感』という名の納期遵守(デッドライン)ですわ。カイル様は今、人生で初めて『自分で稼ぐ』という尊さを学んでいらっしゃるのよ」
「嘘よ! 貴女がカイル様からお金を巻き上げているから、私へのプレゼント予算が削られているのよ! 私のバラ園! うさぎさんの噴水! 全部、貴女のせいで中止になったんだから!」
ミア様はテーブルを叩いて叫びました。
「お黙りなさい。……いいですか、ミア様。貴女が欲しがっているそれらは、すべて『負債』です。対して、私がカイル様から頂いているのは、王国の機能を正常化させるための『先行投資』。……どちらが優先されるべきかは、子供でも分かりますわ」
「そんなの、可愛くないわ! カイル様は、可愛い私のためにお金を使うべきなのよ!」
「……ゼクス。この方の論理回路、もう修復不可能ね。強制退去をお願い」
「かしこまりました。……ミア様、残念ながら三分経過いたしました。延長料金のお支払いが確認できませんので、出口までエスコートいたします」
「な、なによ! まだ話し終わってないわよ! 離して! この冷徹な執事……っ!」
ゼクスに引きずられていくミア様の声が遠ざかる中、私は彼女が落としていったブローチをルーペで鑑定しました。
「……ふむ。これは王家の宝物庫にあった『不凍の碧玉』ね。時価、金貨二百枚といったところかしら。……ゼクス、今日の不法侵入対応費用を差し引いても、大幅な黒字だわ」
「ヒーナ様……彼女、来るたびに我が家の資産を増やしてくれますね。もはや『歩く宝箱』です」
「本当ね。次はぜひ、王子の印章でも持ってきてほしいものだわ。……さて、事務作業に戻りましょう。カイル様が納期に遅れたら、容赦なく延滞税を徴収しなきゃいけないし」
私は再びペンを執りました。
婚約破棄されて自由になったはずなのに、私はかつてよりも忙しく、そしてかつてよりも確実に、この国を「支配」しつつあるのでした。
執務室で王宮の予算案を仕分けていた私の元へ、ゼクスが冷静な報告を持ってきました。
「またミア様かしら。学習コストを支払う気がない割には、行動力(フットワーク)だけは一流ね」
私は窓から庭を見下ろしました。そこには、案の定、フリフリのドレスを泥だらけにしながら、新設した魔導セキュリティの結界に弾き飛ばされているミア様の姿がありました。
「あいたたた……! なによこの壁! 見えない壁があるわ! ヒーナ様、出しなさい! カイル様をたぶらかす悪女は出てきなさーい!」
「ゼクス。彼女、不法侵入を試みた上に、私の社会的信用を毀損する発言を繰り返しているわね。これ、現行犯で『損害賠償』を請求できるかしら?」
「十分可能です。さらに、彼女が結界に触れたことで発生した魔力消費代も上乗せしておきましょう」
私は溜息をつきながら、拡声魔導具(拡声器)を手に取りました。
「ミア様。当本部は本日、アポイントメントのない方の入場を固くお断りしております。現在、貴女の『不法侵入未遂罪』により、一秒ごとに金貨一枚の違約金が発生しておりますわよ?」
「なっ……! なによそれ! 私はカイル様の婚約者なのよ! 未来の王妃が、元婚約者の家に来てあげてるんだから、ありがたく思いなさいよ!」
「未来の収益を現在の債務と相殺することはできません。さあ、今すぐお帰りになるか、あるいは……」
私は、結界の出力を少しだけ上げました。パチパチと青白い火花が散り、ミア様が「ひゃんっ!」と情けない声を上げて飛び退きます。
「……あるいは、そこの門にある『有料相談BOX』に、相談料として金貨十枚を投入なさい。そうすれば、三分間だけ話を聞いて差し上げてもよくてよ」
「金貨十枚!? マシュマロ何箱分だと思ってるのよ!」
「市場価値で換算する癖がついたのは素晴らしい進歩ね。でも、私の時間はそれ以上に価値があるの。……さあ、カウントダウンを始めるわよ。三、二……」
「わ、分かったわよ! 払えばいいんでしょ、払えば!」
ミア様は泣きべそをかきながら、カイル王子からせしめたと思われる宝石の付いたブローチをBOXに叩き込みました。
「毎度あり。ゼクス、彼女を『消毒室』経由で応接室へ」
「承知しました。……あ、ヒーナ様。彼女、スカートの中に大きなハサミを隠し持っていますね。恐らく、カイル様との契約書を物理的に破棄するつもりでしょう」
「まあ、原始的。……いいわ、そのハサミも『危険物持ち込み手数料』として没収してちょうだい」
応接室に現れたミア様は、髪を振り乱して私を睨みつけました。
「ヒーナ様! 貴女、カイル様に変な魔法をかけたでしょう!? 彼、最近ずっとお部屋に引きこもって、お茶会にも来てくれないの! 『ヒーナとの契約を完遂するまでは休めない』なんて、呪文みたいに唱えて……!」
「それは魔法ではなく、ただの『責任感』という名の納期遵守(デッドライン)ですわ。カイル様は今、人生で初めて『自分で稼ぐ』という尊さを学んでいらっしゃるのよ」
「嘘よ! 貴女がカイル様からお金を巻き上げているから、私へのプレゼント予算が削られているのよ! 私のバラ園! うさぎさんの噴水! 全部、貴女のせいで中止になったんだから!」
ミア様はテーブルを叩いて叫びました。
「お黙りなさい。……いいですか、ミア様。貴女が欲しがっているそれらは、すべて『負債』です。対して、私がカイル様から頂いているのは、王国の機能を正常化させるための『先行投資』。……どちらが優先されるべきかは、子供でも分かりますわ」
「そんなの、可愛くないわ! カイル様は、可愛い私のためにお金を使うべきなのよ!」
「……ゼクス。この方の論理回路、もう修復不可能ね。強制退去をお願い」
「かしこまりました。……ミア様、残念ながら三分経過いたしました。延長料金のお支払いが確認できませんので、出口までエスコートいたします」
「な、なによ! まだ話し終わってないわよ! 離して! この冷徹な執事……っ!」
ゼクスに引きずられていくミア様の声が遠ざかる中、私は彼女が落としていったブローチをルーペで鑑定しました。
「……ふむ。これは王家の宝物庫にあった『不凍の碧玉』ね。時価、金貨二百枚といったところかしら。……ゼクス、今日の不法侵入対応費用を差し引いても、大幅な黒字だわ」
「ヒーナ様……彼女、来るたびに我が家の資産を増やしてくれますね。もはや『歩く宝箱』です」
「本当ね。次はぜひ、王子の印章でも持ってきてほしいものだわ。……さて、事務作業に戻りましょう。カイル様が納期に遅れたら、容赦なく延滞税を徴収しなきゃいけないし」
私は再びペンを執りました。
婚約破棄されて自由になったはずなのに、私はかつてよりも忙しく、そしてかつてよりも確実に、この国を「支配」しつつあるのでした。
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