婚約破棄されましたが、私は愛よりも信じます。

夏乃みのり

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「……ヒーナ殿、いやヒーナ筆頭宰相。今日こそは、この国の未来のために、君とゼクス君の婚約を盛大に発表しようではないか!」

王宮の玉座の間。国王陛下が、これまでにないほど晴れやかな顔で両手を広げました。

カイル王子とミア様による「赤字の嵐」が去り、私の徹底的なコストカットによって王宮の金庫には、ようやく「見ていて安心できるレベル」の金貨が戻ってきたのです。

「陛下。お言葉ですが、盛大な発表など不要ですわ。そんなものに予算を割くくらいなら、その資金を『王立ローウェル銀行』の設立準備金に回すべきです」

私は手に持っていた「結婚式費用見積書(セルフ作成・極限圧縮版)」を陛下に差し出しました。

「な……なんだ、この寂しい見積書は! ケーキ入刀の代わりに『帳簿の締め切り』? 聖歌隊の代わりに『算盤の打鍵音録音』? これではただの事務作業ではないか!」

「効率的でしょう? 陛下。人生の門出に、わざわざ一銭の利益も生まない『見栄』という名の経費を投じるのは、経営者として三流のすることですわ」

私は隣に立つゼクスに目配せをしました。

「ゼクス。披露宴を中止し、その浮いた食費をすべて国債の買い戻しに充てた場合の、今後十年の利息軽減額は?」

「はい。現在の中央銀行の基準金利をベースに、複利計算いたしますと……金貨五万枚相当の節約になります。ヒーナ様、これは小規模な領地を一つ買収できる金額ですね」

ゼクスが流れるような動作でグラフ(手書き・精密)を広げました。

「五万枚! ……陛下、聞こえましたか? 愛を誓うために五万枚を捨てるか、五万枚を稼いで未来を誓うか。……答えは明白ですわね?」

「……う、うむ。しかし、それでは民衆への示しがつかぬ。国民は皆、悪役令嬢と呼ばれたお前が、いかにして真の幸せを掴んだか、その華やかな姿を期待しているのだぞ!」

国王の訴えに、私はフッと鼻で笑いました。

「民衆が求めているのは、私のドレスのフリルではなく、明日のパンの価格の安定です。……ゼクス、国民への告知(プロモーション)の準備は?」

「完了しております。婚約発表と同時に、全国民の預金金利を一律〇・二パーセント上乗せする『祝賀キャンペーン』を実施します。国民は貴女の幸せを、数字という最も確かな形で実感することでしょう」

「……お前たち、本当に息がピッタリだな。もはや恐怖すら覚えるよ」

国王がガックリと肩を落としたところで、私は広場のバルコニーへと出ました。

下には、噂を聞きつけた大勢の国民が集まっています。

「皆様! 本日、私ヒーナ・ローウェルは、ゼクス・ランバートとの婚約を成立させましたわ!」

大きな歓声が上がります。中には「悪役令嬢、おめでとう!」という、褒めているのか貶しているのか分からない声も混じっていますが、無視します。

「ですが、豪華なパレードも、無駄な配り物もいたしません! その予算はすべて、本日設立する『王立銀行』の低利子貸付枠として運用します! 皆様、愛ではなく、融資を信じなさい!」

「……ヒーナ様。そこは『愛を信じて』と言った方が、支持率が上がりますよ」

ゼクスが隣で苦笑しながら囁きました。

「愛なんて、担保価値がないでしょう? それよりゼクス、指輪(アセット)の交換をしましょうか」

私はポケットから、宝石商と三日三晩交渉して叩き売らせた、最高級のダイヤモンド……をあえて避けて選んだ、資産価値の変動が最も少ない『高純度プラチナのリング』を取り出しました。

「……デザインよりも、地金価格の安定性を重視しました。いかがかしら?」

「貴女らしい。……私も、将来の換金性を考慮した最高級の魔導銀を用意しました。これを身に着けている限り、貴女の魔力消費効率は常に最適化されます」

私たちは、大衆の面前で、指輪の交換という名の「資産譲渡契約」を交わしました。

「ゼクス。私を裏切ったら、違約金は私の全財産の三倍、加えて貴方の余生をすべて私の専属奴隷(無給)として差し押さえるわよ。……いいかしら?」

「望むところです。……ただし、私が貴女に利益をもたらし続ける限り、貴女の『独占所有権』は私にある……ということで、契約成立ですね」

ゼクスが私の指に指輪を嵌めた瞬間、再び沸き起こる大歓声。

婚約破棄されたあの日、私は全てを失った「負債」のような存在でした。

けれど今、私はこの国で最も価値のあるパートナーと共に、王国という名の巨大なマーケットを支配する権利を手に入れたのです。

「さて、ゼクス。発表会という名のロスタイムは終わりよ。……早速、銀行の窓口業務を開始しましょうか!」

「はい、オーナー。……愛の誓いよりも、まずは貸借対照表(バランスシート)の確認からですね」

私たちはバルコニーを後にし、熱狂する国民を置き去りにして、足早に執務室へと向かいました。

婚約の喜びよりも、新たなビジネスチャンスの到来に、私の胸は金貨の袋を抱きしめた時のように、激しく高鳴っていたのでした。
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