婚約破棄されましたが、私は愛よりも信じます。

夏乃みのり

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「……ヒーナ様。本日の挙式スケジュールですが、入場から誓いの言葉、指輪の交換、退場に至るまで、計十五分三秒で完了する見込みです。滞りありませんね?」


王立ローウェル銀行の本店ホール。そこを臨時の式場に改造した場所で、ゼクスがストップウォッチを片手に最終確認を行っていました。


私は、豪華な装飾を一切削ぎ落とした、光沢の美しい「シルク製事務用ウェディングドレス」に身を包み、満足げに頷きました。


「ええ、完璧だわ。本来なら五分で済ませたいところだけど、国王陛下がどうしても『国民へのパフォーマンスが必要だ』と仰るから、十分ほどロスタイム(余興)を設けたのよ」


「その余興のおかげで、街の投資ファンドの運用開始が十分遅れますが……まあ、祝儀代わりの広報コストと考えれば妥当なラインでしょう」


私は窓から外を見下ろしました。教会の鐘を鳴らす費用をケチり、代わりに「銀行の営業開始を告げるベル」を鳴らすことにしたのですが、街の人々はそれをお祝いの合図だと勘違いして盛り上がっています。


「見て、ゼクス。浮いた挙式費用を全て回した『下町水道整備事業』の株価が上がっているわ。結婚式の瞬間に資産が増えるなんて、これ以上の幸福があるかしら?」


「……貴女の幸せの基準が、常に通帳の残高と連動していることは理解していますよ。さあ、オーナー。契約締結の時間です」


私たちが祭壇(という名の特設デスク)へ向かおうとした、その時。


「待てぇぇー! その結婚、異議ありだぁぁ!」


銀行の重厚な自動ドアを無理やりこじ開け、ボロボロの衣服に身を包んだ二人組が乱入してきました。


かつての婚約者・カイルと、元自称ヒロイン・ミア様です。


「ヒーナ! お前だけ幸せになるなんて許さないぞ! 私をこんな……毎日数字と格闘するだけの『労働マシーン』にした罪、今ここで償ってもらう!」


「そうですわ! 私の綺麗なお手々が、掃除のしすぎでガサガサなんですのよ! この式をめちゃくちゃにして、貴女の信用スコアをどん底に落としてやりますわー!」


二人は、手に持っていた「生ゴミ」の袋を掲げ、綺麗なホールにぶちまけようと振りかぶりました。


「……ゼクス。あの二人、まだ王宮の地下牢……いえ、『再教育センター』にいたはずよね?」


「はい。どうやら警備の隙を突いて脱走したようですが……。あ、ヒーナ様。彼らが持っているあのゴミ袋、よく見ると当銀行の『機密書類廃棄箱』から盗み出したもののようです」


「……なんですって?」


私の瞳が、氷点下よりも冷たく輝きました。


「……私の管理する『資源(ゴミ)』を、無許可で持ち出したというの?」


私はドレスの裾を翻し、一歩前に出ました。


「カイル様、ミア様。……覚悟はよろしくて? 本日の挙式費用から浮かせた予算には、『招かれざる客への法的措置費用』もしっかり計上してありますのよ」


「な、なによ! 法的措置って……」


「ゼクス、やりなさい」


「承知しました」


ゼクスが指を鳴らすと、ホールの天井から網……ではなく、巨大な『請求書の束』が雪のように二人へと降り注ぎました。


「うわっ!? なんだこれ! 全部、私の名前が書いてある……!」


「それは貴方たちが脱走するまでに壊した備品の修理代、警備員の残業代、そして今この神聖な銀行の床を汚そうとしたことによる『清掃見積書(時価)』ですわ」


私は震える二人を見下ろし、冷徹に告げました。


「その額、合計して金貨五百枚。……さあ、今すぐここで支払うか、それとも一生、我が社の『下水道清掃部門』で現物支給(労働)を続けるか。……選択しなさい」


「ご、金貨五百枚……!? そんなの、逆立ちしても出ないわよぉ!」


ミア様がその場に泣き崩れました。


「だったら、今すぐそのゴミを持って立ち去りなさい。一秒遅れるごとに、利息を年率十八パーセントで加算していくわよ」


「ひ、ひえぇぇ! 逃げるわよ、カイル様ぁ!」


二人は自分たちが持ってきたゴミを必死に抱え直し、脱兎のごとく銀行から逃げ出していきました。


「……ふう。不法投棄されなくて良かったわね、ゼクス。清掃コストが浮いたわ」


「ええ。それに、彼らの脱走劇を『防犯システムのデモンストレーション』として利用させていただきました。観衆の皆様、当銀行のセキュリティは完璧です、と」


ゼクスは涼しい顔で、再びストップウォッチをリセットしました。


「さて。一分三秒の遅延が発生しましたが、取り戻しましょうか。……ヒーナ様。改めて、私と『永久共同経営契約』を交わしていただけますか?」


「ええ。……もちろんよ。貴方の能力と私の資金、そして二人の野望があれば、この国を世界一の黒字国家にしてみせるわ」


私たちは、算盤の打鍵音が鳴り響く中(楽団の代わりです)、誓いのキス……ではなく、しっかりと力強い「握手」を交わしました。


こうして、悪役令嬢と呼ばれた私の結婚式は、史上最高の「利益率」を叩き出して幕を閉じたのでした。
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