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3章-新たな発見と長期休暇-

79話 首尾は?

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先日、シエラに褒賞を選びにいく旨を伝えに行ってもらったが、シャルティアの返答は3日前に連絡をくれればいつでもどうぞとのことだった。むしろ早く来てくれないかと楽しみにしているそうだ。

「もうひとつ言われたんだけど、お菓子食べたいって。
 多分レイラちゃんのお母さんから話が言ったんだと思うけど、とても真剣な顔で言われたわ。」

どうやら早速エルシィがシャルティアに話を持っていったようだ。この世界にはなかった作れるお菓子という存在が余程衝撃的だったのだろう。

「一応、ユーくんに許可もらってからってことでその場は脱してきたんだけど…どうしよっか?
 日程調整のために次行った時、絶対また言われると思うの」
「パウンドケーキの方はエルシィさんに手配を頼んだ小麦粉が来てないからまだ作れないけど、プリンの方は別に勝手に作ってもいいよ?
 レシピは各自で秘匿してもらう事になってるけど、王家の中で留めてくれるなら問題ないし」
「うちでもプリンを作れるのはお母様と料理長だけということになっているそうですよ」
「そうなんだ…んー、でもお菓子の話を取りまとめる時に初めて食べてもらった方が話が進みやすそうじゃない?」
「むしろ話どころじゃ無くなるかもしれないけどね…
 もし気になるなら、次シエラが行く時には普通の素材で作って、僕がいく時にはリッチエッグとか使ったやつにする?そうすればインパクトも申し分ないだろうし。
 それに正直なところ、広めるのはパウンドケーキの予定だから話にはそんなに影響ないと思うんだよね」

ユリスからしたらプリンの方は広めるつもりがないので、それ以外であればどう転ぼうが構わないのだ。なので提案も若干適当気味になってしまっている。

「んー…そうしてみよっかな?
 でも普通の素材でプリン作った事なかったんだけど、そんなに違うの?」
「あれはもはや別の食べ物です。
 美味しいことは美味しいのですが、満足感がまるで違います」
「そりゃあっちを先に食べちゃったら、普通のでなんて満足できる訳ないよね」
「そんなになんだ…後で持っていくのを作るついでに食べてみよ」

実はシエラがいない間に、レイラが気になるからと普通の素材でプリンを作って、ティータイムで食べ比べをしていたのだ。
あまりの味の違いにレイラは作り方を間違ったかと何度も首を捻っていた。

「それじゃあ今日のティータイムも食べ比べ…「ただいま~(帰りましたわ)(がう)!!」…やっと帰ってきたみたいだね」
「ふふ、大きな声ね…」
「それでは出迎えて差し上げましょうか」

今日の予定は何にしようか…丁度そんなことを話そうとしたその時、ここしばらく聞いていなかった姦しい3人娘の帰還を告げる声を耳にとらえる。
階の違う、それも特段耳がいいわけでもないシエラにすら届いたのだから寮中に3人娘の帰還は知れ渡ったことだろう。
それだけ大きい声を出したということは、つまるところ全員集合ということなのだろう。そう判断したユリス達はエントランスまで迎えに出ることにする。

「おかえり」
「お帰りなさいませ」
「皆、おかえり~」
「わふ、ただいま」
「ただいま~♪
 ほら~、やっぱり来てくれたじゃない~?」
「ええそうですわね!
 そもそも、あれだけ大声を出せば呼んでいるようなものでしょう!?
 あ、3人共お出迎えありがとうございますわ」

どうやら皆を集めるためにサミュが提案して、賛成を得ぬままにとった行動だったようだ。その割には全員遅れることなく声が重なっていたが、長年の付き合いで対応できるようになってしまっただけだろう。

「それで…どうだったの?許可でた?それとも駆け落ち?」

親達が共謀して自分達の婚約を賭けの対象にしている可能性が浮上したカップル3組だが、寮を出る時には駆け落ちも辞さないと意気込んでいたのだ。
シエラが気になってしょうがないとばかりに早速首尾を聞き出そうとする。

「それが…ファーレン達ももう少ししたら来ることになっておりますので、皆が集まってからお話し致しますわ。
 とりあえずは駆け落ちはしておりません」
「ちょっと面倒なことになっちゃってるからね~」
「ぐるる…ほんと最悪」

返ってきた言葉は何とも歯切れの悪いものだった。その苦々しい表情から駆け落ちには至らないながらも、解決まではいかなかったのであろうことが読み取れる。
この件についてはグランが主導して動いているはずなため、詳細は当人が来てから語られることだろう。
そうこう問答をしている間にルイスとエリーゼも合流。立ち話も何だからということで全員で食堂へと移動する。

「わふぅ…グラン達、ここに来るのもうちょっとかかるって」
「こっちにも連絡きましたわ。
 寮監に捕まったようですわね」
「いちいち報告しなきゃいけないなんて~、向こうは面倒だよね~」

どうやらグラン達男性陣はまだ時間がかかりそうということのようだ。
ただ待つのも時間が勿体無いと、ユリス達の進捗報告をしてしまうことに。

「わふ、競技のルールは分かった?」
「とりあえずエレメンタルシューティングのフルブレイクは全員体験済み。その他はルールだけ教えてもらった感じだね。内容はこんな感じ」

ユリスはそう言って、先ほどから手に持っていた紙をアーリアに手渡す。基本ルールに加え、追加説明分を足して見やすくなるように書き直したやつである。

「ん、これだけ分かってれば十分。
 あとは実践しながらでも教えられる。
 ちょっとあり得ないタイムも見えるけど、それは実際に見て確かめる」
「散々あり得ないって言われてきたアーちゃんがそう言うなんて~
 相当凄いタイムなんだね~、今度はなんて言われちゃうんだろ~?」
「どの位ですの?
 …はい!?確かにこれはあり得ませんわ!?一体何をどうしたらこんなタイムが出るんですの?しかもまだ縮まる余地ありって何ですの!?」

ルールについてはシエラ達の説明で十分合格をもらえたようだ。ただ、紙には各人のタイムまで書かれていたようで、ユリスのタイムに対してあり得ないだの見るまで信じないだのと言い合っている。

「がう…やっと来た」

何かに気づいたようにアーリアが立ち上がり、部屋を出ていく。おそらくはグラン達が来たのだろう。

「悪いな、遅れちまって」
「こっちは寮監がいないから楽でいいよなー!」
「監視がないからって問題行動を起こそうものならクラス落ちでしょうけどね。
 あ、師匠達お久しぶりです。それに、お待たせしてしまって申し訳ありません」

こちらもまたわいわいと騒ぎながら食堂へ入ってくる。
3人娘が帰ってきただけで寮内は急に賑やかさを取り戻したというのに、そこに婚約者達がプラスされて騒がしいと言えるレベルにまで達している。

「だから師匠は…もう何でもいいか。
 それでグラン、首尾は?揃ってから話すって事でまだ何も聞いてないんだよね」

反射的に呼び方を変えさせようとするユリスだが、周囲には言っても無駄な人ばかりなのでもう諦めたのだろう。今後は余程変でなければ受け入れる構えだ。

「ああ、そうだな。さて、どこから話すか…」
「まず、図書館で集めた物証を叩きつけたんだったよな!」
「ああ、だが帰ってきた反応は予想外と言うか、何言ってんだこいつ?って思ったな」
「予想外ですか?」
「何でも、しきたり云々は俺らがこの事に気付いて問い正しに来るようにするためにでっち上げたものだったらしい」
「何それ?そんなことまで賭けの対象だったの?」
「そうだったなら駆け落ちを選ぶ踏ん切りがついたのですけどね…」

そうだったならここまで悩んでいないと6人共一斉にため息をつく。

「何でも俺たちの中で誰が1番早く一線を越えるかって内容の賭けは確かにやってるらしい。だが、やってるのはお袋達だ。親父達は止められずに巻き込まれているだけだった」
「あー…そういうことね。理解したわ。
 確かにちょっとまずいというか面倒というか」

シエラやレイラは本件の面倒さ加減をいち早く理解したようだが、平民組はいまいちピンときていない。

「嫁さんに頭が上がらないってだけだろ?
 勝手にやってるってもほとんど身内で納まってるようなもんだし、何か問題があるのか?いやまあ、内容はふざけてるけどよ」
「平民なら特に問題はないですわ。
 この場合は貴族、それも中間領地持ちという点が問題ですの」
「お母さん達は皆当主じゃないからね~
 当主の制止を無視して賭け事をしているってなると~
 当主の管理能力に疑問があるって他の貴族がね~」
「ああ…一番身近な人ですら管理しきれないのに領民を管理できるのかって感じの事を言われるのね?」
「領地が欲しい貴族に隙を見せるとすぐにガブッと食いついてくる。しかも、そんなのがいっぱい居る」
「領地持ちになれば功績も上げやすいしね。自身の名声のためだけに欲しがる貴族は多いわ」
「家を出る選択も考えてはいましたが、それによって家が潰れる原因を作ってしまうようでは流石に選べません」
「駆け落ちすると何でなのかくらいは絶対に調べられます。その結果この賭け事が明るみに出るってことですね」
「俺たちは別に家を潰したい訳じゃないからな!」

貴族陣営の説明を受けて全員が事の面倒さを理解する。

「ってことは内密に動いて母親達を説得しないといけないわけだな。なんか当てはあるのか?」
「あると言えばある。
 実現できるかどうかは不明だがな。実現できれば解決は確定なんだが…少なくとも俺らじゃ無理だ」

策を問いかけたルイスへの返答は曖昧な内容と共に送られるシエラへの視線であった。

「え?私?」
「その…申し訳ないのですが、シエラ様と言うよりもその上。シャルティア様ですわ」
「それで私を見たのね。
 でも何でティア様が出てくるの?」
「実は母上達は全員、シャルティア様の信奉者なのですよ」
「信仰って言っても間違いじゃないよな!」
「王妃様なのに神様扱い」
「神様から言われたらそりゃ止めるよね~」
「まあそんな感じで希望はあるんだが、どうやって辿り着くかが問題なんだ。
 正規ルートで依頼しようものなら確実に噂になる。だから特別なコネを持っている人に内密に依頼するってことになったんだが…」
「シエラ様。勝手なお願いではありますがお手伝い頂けませんか?」
「「「「「お願いします!」」」」」

シャルティアに繋がる唯一の人物が目の前にいる。そんなチャンスを逃せるものかとそれはそれは真剣な表情で頼み込む6人。

「うーん、今は近衛じゃないし私用だと会いに行くのに手続きが必要なのよね…マリーはダメなの?」
「姉貴は、お袋と同類だからな…
 親父の話だと賭けにも参加している可能性が高いらしい。リアにも色々吹き込んでるみたいだしな」
「ん、マリーねえからはグランの好みを色々教えてもらってる。鳴き真似もその一環…わふ」

何とシャルティア付きの近衛騎士にいた猫獣人マリーはグランの姉、シャトル家令嬢であることが判明する。
だが、そんなことよりも周囲の関心はアーリアのしていた取ってつけたような鳴き声がグランを落とすために伝授されたものだったという事実に向けられている。
突然の性癖暴露にも動じずにグランはシエラを見据えたままだ。

「あれま…そうなるとマリーも今度お説教コースでしょうね。ご愁傷様だわ」

だが、それでもシエラは感想を述べるだけで了承の言葉を発しない。内容的にはすでに了承しているようなものなのだが、言質を取らねばグラン達は安心できないのだ。

(シエラの奴わざと渋ってる…というか少し怒ってるのか?
 これ以上見ていられないし、仕方ない。手伝ってやるか)

「シエラ」

そんな様子を見かねたユリスが助け舟を差し向ける。

「何、ユーくん?」
「公用のついでなら手続きは必要ないんだよね?」
「ふふっ、そうね。
 公用で出向くついでなら、ね」
「なら、今度出向く用事があるでしょ?そこで頼んでおいて」
「は~い、お任せあれっ♪」
「ってことになったから」
「ユリスさん~ありがとうございます~♪」

ユリスからの頼みとなれば即座に了承するシエラ。
今まで渋っていたのは何だったのかと頼み込んでいた6人、いや5人は唖然としてしまっている。
だが、シエラの対応も見方を変えれば当然ではある。普段の振る舞いが自由奔放なために忘れがちだがシエラの今の立場は使用人だ。
婚約者にはなったものの、学園、それも寮内に限ればシエラは使用人であることを公言しているのだ。それは今も変わりはない。
目の前にいる主人を無視した交渉に応じる使用人が一体どこに居るのだろうか?シエラの心情を端的に表したのならばそんなところだろう。
実際は

「ふふふ…
(ユーくんのおかげで私がここに居るのに、ユーくんを無視するなんて…この子達は礼儀を知らないのかしら?まあ、実の子供を使った賭け事なんて馬鹿をしでかしてる人が親なんだからある意味当然かしらね…?
 男達はユーくんと違うクラスだからどうでもいいけど、女の子達は今後のためにも教育しとかなきゃね。ああ、あの子だけはその辺分かってるみたいだし、お説教の方がいいかしら?)」

などと、微笑みながらも内心ご立腹で、少々過激な方向へと思考が進んでいる。
あの子というのはサミュのことだろう。言葉遣いのせいで勘違いされがちだが、普段から対外的には3人の中で1番しっかりとした対応をしているのだ。今回も彼女だけ、シエラの了承に対して即座にユリスへの礼も述べている。それ故にシエラは、周囲を諭さなかったことに対するお説教だけで済ませてあげることにしたようだ。

そんなこんなでお互いの近況報告も終わり、そのままシエラ主催の“レイラちゃん第1種昇級おめでとう会”へと突入する。
突然の開催にユリス以外が驚きのあまり稼働停止してしまっているが、お構いなしに目の前へと様々な料理が並べられていく。ユリスの収納は時間停止が可能なので出来立てほかほかだ。もっとも、流石に自重したようで並べられたものは普通の食材、プラスお菓子は無しというラインナップであった。
全ての準備が整った頃にようやく皆の時が動き始める。
祝辞を述べる者、概要だけでいいからと昇級のコツを教えてもらおうとする者、お祝いと分かるや否や目の前の料理に飛びつく者など反応は様々であるが、皆妬むでもなく純粋に祝い楽しんでいる。
途中3人娘がシエラから何か約束を取り付けられていたという一幕はあったが、お祝い会は無事に閉会。
残る休暇も1週間というところでユリスの学園生活は再び日常へと歩みを進めるのであった。
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