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幼少期編

15 おかえり

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今日もいい天気だ。旅立ちにはサイコーだね。私は今、ニマムに向かう荷馬車の端っこに乗せてもらっている。ダライアスの屋敷を出たのが今朝早く。市場で仲良くなった売り子(※ちびっ子)の紹介で、ニマムに向かう荷馬車で帳付けの手伝いを条件に乗せてもらえることになったのだ。私だって遊んでいたわけじゃない。ちゃんとモルゲンに人脈(主にちびっ子だけど)を作っておいたのだ。ちなみに、羊皮紙は大変高級なので、この商人のおじさんは帳付けに木簡を使っていました。安価だし、削って繰り返し使えるしね。税関も、荷の目録として羊皮紙と木簡の両方を認めているみたい。
長閑な田園風景の途中で、荷馬車が止まる。ん?休憩かなー?
私はピョンと馬車の荷台から飛びおりると、タタタッと御者台の方へ走っていった。
「休憩?俺、お湯沸かせるよー」
「おお、助かる。」
水をお湯にする魔法ってば、こんなところで役に立つんだよ。
「熱~い熱~いお湯になあ~れ♪」
薬缶の前で手をヒラヒラさせ、水をたちまち熱湯にする。魔法を使うのに、手をかざす必要もないし、呪文も要らないんだけどね。この方が子供っぽくてウケがいいのだ。子供らしく、かわいく。最近のモットーです。
「よしよし、ご褒美な。」
「わーい!」
本日の昼食、黒パンとチーズゲット。いただきまーす!


モルゲンを去ったのは、第一に、また当たり屋にされては堪らないから。あれ、下手すれば死ぬもんね。二度目はない。第二に、私の勉強がお嬢様に追いついてしまったから。お嬢様、超スローペースだったからな~。このままだらだらあそこにいるより、一度帰って森のこととかをもう少し学んだ方がいいと思ったのだ。魔法だってもっと…今度はある程度自衛できるやつを覚えたいしね。


モルゲンからウィリス村に帰るには、まずニマムに出る。ウィリス村への直行便はない。モルゲンのちびっ子売り子曰く、貧しすぎるから商売にならないんだって。ニマム村から先は徒歩。馬で半日か…。そんなに遠く……なかったはず。まあ、なるようになるか~。

◆◆◆

サイラスが長閑な街道で、昼食にかじりついていた頃。モルゲンでは。
街はずれの川岸に大勢の人々が集まっていた。今しがた、川から男の死体があがったのだ。すぐさま兵士が駆けつけ、死体は運ばれてしまった。しかし。
「あれ…ベイリンの若様じゃないか?」
「ああ。あんな牝牛みたいに肥えた男、そうはいないからな。」
「しかしなんで、こんなところに…」
見るからに重いモノを乗せたお貴族様の馬車が、この先の城門を通ってベイリンに帰っていったことは、人々の記憶に新しい。いったい何があったのだろうか。


「やはり、切り捨てたか。」
領境の警備強化を命じておいて正解だった。モルゲン領内で暗殺が行われたとなれば、モルゲン領の何者か――つまり、ダライアスの手の者――が、ベイリン領主の息子を殺したことにされてしまう。川から死体があがったということは、ベイリン側の企てを阻止できたということ。領内に入りこめなかった暗殺者は領外でルーサーを殺し、川に死体を流してさも領内で暗殺されたように見せかけようとしたのだ。それも、事前の対策により、騒ぎになる前に死体を回収できた。
(若造が。この程度の揺さぶりなど効かぬ。)
ルーサーの死体が引き揚げられた報せをもたらした部下に向き直ると、ダライアスは報告の続きを促した。企てを潰したとはいえ、最後まで気を抜いてはならない。
「死体は直ちに兵士が回収して顔を潰し、判別不能にしてございます。着衣もすべて焼却処分いたしました。」
「死体を骨になるまで焼け。いかなる言いがかりもつけられぬようにな。」
「御意。」
「領境の警備は今しばらく続けろ。盗人の捜査とでも言って、牽制するのも良かろう。領民への情報操作も忘れるな。」
「ハハッ!」
部下を見送り、ダライアスは長い息を吐き出して瞑目した。自領の平穏を維持するために一時も気を抜くことも許されない、苦悩する領主の顔がそこにあった。

◆◆◆

ニマム村に到着した私。そこで思わぬ人物に出くわした。
「ヴィクター先生?!」
なんでいるんだ、この人。お嬢様の家庭教師はどうしたんよ?仰天する私にヴィクターは呆れた眼差しを向けた。
「子供が一人で旅をするとは、どういう了見ですか?下手したら奴隷商人に売られますよ。まったく…」
つかつかと近づいてくると、ガシリと私の肩を抱くヴィクター。……いや、今のアンタの方がよっっぽど危ない臭いがするんだけど?待ち伏せするなんて…ストーカーだよ?
「ウィリス村まで送ります。ついてきなさい。」
私の胡乱な眼差しには見向きもせず、ヴィクターは私をニマム村の代官、ヘクター爺ちゃんの前に突き出すと、途端ににこやかな声で言った。
「では、私はこの子をウィリス村まで送り届けます故。これにて失礼いたします。」
めっっちゃ猫かぶってるな、このおにーさん。けれど、ヘクターの爺ちゃんはニコニコと私たちを見比べて、
「そうしておると、まるで年の離れた兄弟よの~。頼みましたぞ。」
とか言っちゃって!違うから!この保護者ヅラしたおにーさんがいなくても、一人で帰れるから!たぶんっ、その方が安全だよっ!
ヴィクターの拘束を逃れようと身を捩って抵抗するものの、成人男性の力に敵うはずもない。すごく微笑ましい目で見られた。だから違うよ!
抵抗むなしく。私はヴィクターの馬に乗せられて、ニマム村から連れ出されてしまった。
「……なんも出ないぞ?ウィリス村は貧しいからな。」
じっとりとヴィクターを睨んで言えば、「わかっていますよ」と、取り澄ました返答がある。
「お嬢様の家庭教師は?」
「辞めてきました。」
「はあ?!」
阿呆かアンタは。なんでそんな良い職辞めちゃうんだよ?!血迷ったの?!
「貴方を野放しにするのは、危険だと判断してのことです。」
あー。てことは?ダライアスの手先ってわけか。たかだかかわいい五歳児相手に大袈裟だな。
「私がね。」
「?!」
思わず振り返ってヴィクターの顔をまじまじと見てしまった。なにやってんの、アンタは。安定した生活捨ててド貧乏な村に身ひとつで来るなんて、正気じゃないよ?
「今なら、引き返せる。ダライアスに謝ってきな?」
いつかのセドリックのセリフを本気で言った。対するヴィクターは…
「魔が差したもので。」
いい笑顔でそう言いやがった。

◆◆◆

半年ぶりのウィリス村。ああ帰ってきたんだ、と思うのと同時に不安も感じた。半年もモルゲンにいた代官の息子…よそ者の私を村のみんなはどう見るんだろう。遊び呆けていたと思っているのだろうか。田舎の村ほど保守的で、自分たちと変わっている奴を拒む。私は、そうなっていないか…?弓の練習も、紙漉きも放り出したままだ。何もかも中途半端なまま。友達だって…
ひどく心細かった。馬上から見る村のみんなが、みんなよそ見をしているように見えて。
やがて、代官の家―アイザックの家の前まで来て、私はヴィクターに補助されて馬を降りた。
「……。」
入口の前で立ち竦む。入れて貰えるかなんて、不安に思いながら。
「何をやっているんです?貴方の家ではないのですか?」
…うるさいよ、ヴィクター。
「まったく…」
ため息を吐いたヴィクターは、何の躊躇いもなく叩扉した。近づいてくる足音…これは…
扉が開き、無表情のアイザックが現れた。
「貴方は…?」
頭上で聞き慣れた声が問いかける。その声ににこやかに答えるヴィクター。しばしやりとりが続く。ほんの少しの時間がやけに長く感じられた。
ふと、会話が途切れる。馬鹿だな、なにビビってるんだよ。堂々としてろよ。頭はそう命じるのに、体が言うことをきかない。ムスッと俯く。やだな、お嬢様みたいだ。
「サイラス…?」
名を呼ばれて、恐る恐る顔をあげた。そこには、予想外に穏やかな顔のアイザックがいて。不覚にも目頭が熱くなった。
「おかえり」
大きなごつごつした手がよしよしと頭を撫でた。やめてよ…そんなことされたら、泣きそうになるじゃない。顔を隠そうと俯いたら、「よく帰ってきたな」と言われた。だから、やめろって…
「皆、おまえの帰りを待っていた。」
「本当に…?」
思わず聞き返した私に、アイザックは目を細めた。
「もちろん。」
胸が温かいのは、きっと自分の魔力だ。そうに違いない。心のどこかで「よかった」と安堵する情けない自分に、私は目を背けた。

◆◆◆

こうして、またウィリス村での日々が始まった。ヴィクターは、ごく自然に村に溶けこみ、しばらくは平和な時が流れることとなる。
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