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1:年上上司の口説き方

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「お前、やっぱりまだ残ってたのか」
「あ……お帰りなさい」

 真っ暗なオフィスの一角だけ灯りがついている。そこに奥村が戻ると資料とにらめっこしている濱口がまだそこに居た。時刻はまだ十時前だが、最近は労務が厳しくて余程のことがないと遅くまでは残れない。濱口はグループの課長に頼んで申請し、最近はずっと残らせてもらっていた。

「奥村部長こそ、戻ってこられるなんて思ってなかったです」
「まあ、戻る気はなかったんだけどな。気になることがあって。明日の朝いじる気になれないから、ちょっと戻ってきた」
「そうですか。お疲れさまです」

 デスクの方に視線を戻すが、急に緊張してきてしまう。オフィスで二人きりだなんて、今までだって滅多にない。今日は先輩達はいそいそと帰ってしまった。世間通りバレンタインデーにのっかっているらしいという人と、接待・営業先まわりで忙しい人とに分かれていたようだが。かく言う濱口も行く先々で色々なものをもらってきていた。
 営業職ってこんなに貰うもんなんだなあ……と持ち帰ってきたが、先輩達に、公正をきすために、明日までちゃんと残しておけ! とカウントを命じられたので足元の紙袋に無造作に放り込んでいってある。
 カタカタとお互いがキーボードを打つ音が響く。四十分ほどして、奥村は仕事が片付いたのか、うんっと大きな伸びをした。濱口もそれにはっとして、自分もそろそろ終わろうかな、と思う。コーヒーでも入れようか……少し話でもできれば、と悶々と考え始めてしまうと、もはや仕事どころではない。

「濱口、お前、今日N社いったか?」
「え? あ、はい」

 そんな中、奥村が急に話しかけてきたので、濱口はどきりとして、今日行った先のことを思い出す。前任の先輩から口頭引継で、N社にはバレンタイン当日に必ず顔を出して、それで左側の受付嬢にチョコもらえるかは必ず報告、と言われていたのだ。
 有名な美人なのだが、帰りに呼び止められて義理チョコとも本命とも言えなさそうな微妙な中間ラインの箱をもらった。奥村部長まできいてくるなんて、やっぱり有名な子なのかなあ、なんて思っていると、奥村が栄養ドリンクを飲みながら、チョコもらえたか? と訊いてくる。まさか、そんな話題をする人だとも思っていなかったので焦ったが、まあ、一応、と言っておいた。

「へえ。じゃあ、久々だな」
「え?」
「ちなみに、どこの貰った?」
「さあ……? オレ、メーカーとかよくわかんないんで……ピエール……? マ……?」

 ごそごそと該当チョコを見ていると、奥村が横からすっとそれを取り上げる。

「ちょ、奥村部長!」
「ん、オレが営業の時貰ったのと同レベル。これ、五点つけてくださいって明日言っとけ。オレ以来貰えてねえからってゲームになってんだよなあ。どうせくだんねーチョコ数レースしてんだろ、お前ら」
「オレは乗り気じゃないですよ!?」
「だろうな。お前、バカみたいにもらってきそうだし」

 お返しは営業ランクにあわせて記録して、それなりのもんにしておけよ、と、奥村は言うと、濱口のデスクに、その女性からのチョコとは別のチョコをもう一つ置いていった。

「え……? これ、奥村部長のじゃないんですか……?」
「あ? 部下チョコだよ。オレからお前への分。なんか最近流行ってんだろ? クリスティーノにすげえ言われてさ……あいつ、部下チョコなんかもうずっと前からいつもしてる! 当然のたしなみだ! みたいに言ってくるから、なんかこうつい買っちまって。昼にあいつらにやったら、奥村部長からのは三点つけていいですか! って涙流して喜んでたぞ」
「え……」

 自分が外出している時にそんなことがあったとは。というか、奥村がそんなことをするタイプだなんて。濱口は、呆然としながら、ありがとうございます、と掠れる声で御礼を言った。

「それ、オレも食いたいやつだから、コーヒー入れて。薄目でな」
「……何ですか、それ……」
「ん、もう、それだけ食って帰る。お前ももう集中力切れてんだろ。糖分だけとって帰ろうぜ」
「でも、これ食っちゃったら、オレの点数減るんですけど……」
「箱残しときゃいーじゃねーか。お前のだけ倍くらいでかいから。オレから特別に貰ったって自慢しとけ」
「えっ!?」

 奥村からの言葉にきょとんとしていると、奥村は、コーヒー、と濱口をコーヒーメーカーのところへ追いやりながら、資料を見つつ、ご褒美、と言った。
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