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席を立った孝太郎は、そのまま斜め前の卓に行った。絵梨花が春に説明する。
「あれはたぶん初来店のお客さん。で、視界に入った孝太郎を『あの人かっこいい! 呼んで~!』ってなったのね」
孝太郎が2人組の女性の正面に座ると、キャー、と歓声が湧いた。春は、なるほど、と相づちを打ちながら少しモヤモヤしていた。ゲイだとわかっていても女性にモテている孝太郎を見ていると恋人として複雑な気分になる。そんな春を見透かしたように絵梨花は、大丈夫よ、と笑った。
「すぐに戻ってくるよ。初めて来た人にはいろんなホストがぐるぐるとたくさんつくの。誰か気に入る人いるかなーって」
「なるほど……」
絵梨花は、そうだ、と思い立って春になにやら耳打ちした。春は初めて聞く言葉に首を傾げつつ、後で孝太郎くんに言ってみます、と答えた。絵梨花の言ったとおり孝太郎はすぐに席を立ち、絵梨花と春の元に戻ってきた。絵梨花はにやんと笑って孝太郎に声をかける。
「おかえりなさいイケメンさん」
「からかわないで下さいよ」
「初回でしょ。どうだった?」
「どうもこうも。ゲイだって自己紹介したら心のシャッター閉まったのが見えました」
はは、と絵梨花が笑った。
「そこがいいのに。その良さがわかんないなんて、おこちゃまね~」
「いや、おれが悪かったです。どうしてもこっちに早く戻りたくていつにも増して雑なカミングアウトしてしまいました」
「やだ~。彼氏のこと心配だったの? いつもなら少し抜けるだけでもすぐヘルプつけるのに今日はつけなかったし」
ヘルプとは、指名外の他のホストのことだ。お客さんを退屈させないため、卓を抜ける時には代わりに誰かを席につけるのがルールだ。孝太郎が絵梨花に謝る。
「すみません……万が一ヘルプの人が春さんに失礼なこと言ったら嫌だなって思ってしまってつい……」
「いいのよ~。私も今日は他の子より春くんと話したかったし、だって他の子はいつでも店にいるけど春くんは今日しかいないでしょ」
春の隣に戻った孝太郎は春に、何話しました? と尋ねる。
「あ……お店の仕組みとか教えてもらっただけですよ」
「そうそう。お店の、ね。春くん、孝太郎にアレ言ってくれる?」
「アレ?」
孝太郎が首を傾げる。春は、はい、と答えて孝太郎に言った。
「孝太郎くん、ぼくにショカイマクラして下さい」
「ッな……!」
仰け反った孝太郎は後ろの壁に、ゴン、と思い切り頭をぶつけた。痛た、と蹲った孝太郎に春は、どうしました、と慌てる。孝太郎は絵梨花に注意する。
「何てこと教えてるんですか!!」
「ごめぇん。でも意味は教えてないから、ね」
「当たり前です! 春さん2度と言っちゃいけませんよ」
初回枕してとは初めての来店で枕営業、つまり自分とセックスしてくれという意味だ。春はおずおずと孝太郎に尋ねた。
「変な言葉でしたか?」
「いえ、あの……言葉が変なのではなくそういう行為がよくないといいますか……あの、でもおれはそんなのしたこと無いですから。1度も、これからも無いです」
孝太郎の勢いに圧倒されつつ春はよくわからないまま、わかりました、と答えた。
「絵梨花さん、もう変な事教えないで下さいね」
そう話しながら、孝太郎は春のグラスに氷と水を足して水滴を拭く。それだけではなくテキパキとチョコのゴミなどを片付けてテーブルを綺麗にしていた。そんな慣れた様子の孝太郎を春は感心したように見つめる。
「春さん?」
「ッすみません」
慌てて春が孝太郎から目をそらす。絵梨花が、見てていいのよ、と春に言った。
「いっぱい見てあげて。孝太郎は春くんのこと大好きだからかっこいいって思われるのすっごく嬉しいの」
「絵梨花さん……恥ずかしいですって。意識してグラス割っちゃいそうです」
絵梨花が、お手洗い行くわ、と席を立つ。
「孝太郎はついて来ないで。そこに2人でいて」
じゃあね、と絵梨花は内勤に案内されながらトイレに向かう。
「あれはたぶん初来店のお客さん。で、視界に入った孝太郎を『あの人かっこいい! 呼んで~!』ってなったのね」
孝太郎が2人組の女性の正面に座ると、キャー、と歓声が湧いた。春は、なるほど、と相づちを打ちながら少しモヤモヤしていた。ゲイだとわかっていても女性にモテている孝太郎を見ていると恋人として複雑な気分になる。そんな春を見透かしたように絵梨花は、大丈夫よ、と笑った。
「すぐに戻ってくるよ。初めて来た人にはいろんなホストがぐるぐるとたくさんつくの。誰か気に入る人いるかなーって」
「なるほど……」
絵梨花は、そうだ、と思い立って春になにやら耳打ちした。春は初めて聞く言葉に首を傾げつつ、後で孝太郎くんに言ってみます、と答えた。絵梨花の言ったとおり孝太郎はすぐに席を立ち、絵梨花と春の元に戻ってきた。絵梨花はにやんと笑って孝太郎に声をかける。
「おかえりなさいイケメンさん」
「からかわないで下さいよ」
「初回でしょ。どうだった?」
「どうもこうも。ゲイだって自己紹介したら心のシャッター閉まったのが見えました」
はは、と絵梨花が笑った。
「そこがいいのに。その良さがわかんないなんて、おこちゃまね~」
「いや、おれが悪かったです。どうしてもこっちに早く戻りたくていつにも増して雑なカミングアウトしてしまいました」
「やだ~。彼氏のこと心配だったの? いつもなら少し抜けるだけでもすぐヘルプつけるのに今日はつけなかったし」
ヘルプとは、指名外の他のホストのことだ。お客さんを退屈させないため、卓を抜ける時には代わりに誰かを席につけるのがルールだ。孝太郎が絵梨花に謝る。
「すみません……万が一ヘルプの人が春さんに失礼なこと言ったら嫌だなって思ってしまってつい……」
「いいのよ~。私も今日は他の子より春くんと話したかったし、だって他の子はいつでも店にいるけど春くんは今日しかいないでしょ」
春の隣に戻った孝太郎は春に、何話しました? と尋ねる。
「あ……お店の仕組みとか教えてもらっただけですよ」
「そうそう。お店の、ね。春くん、孝太郎にアレ言ってくれる?」
「アレ?」
孝太郎が首を傾げる。春は、はい、と答えて孝太郎に言った。
「孝太郎くん、ぼくにショカイマクラして下さい」
「ッな……!」
仰け反った孝太郎は後ろの壁に、ゴン、と思い切り頭をぶつけた。痛た、と蹲った孝太郎に春は、どうしました、と慌てる。孝太郎は絵梨花に注意する。
「何てこと教えてるんですか!!」
「ごめぇん。でも意味は教えてないから、ね」
「当たり前です! 春さん2度と言っちゃいけませんよ」
初回枕してとは初めての来店で枕営業、つまり自分とセックスしてくれという意味だ。春はおずおずと孝太郎に尋ねた。
「変な言葉でしたか?」
「いえ、あの……言葉が変なのではなくそういう行為がよくないといいますか……あの、でもおれはそんなのしたこと無いですから。1度も、これからも無いです」
孝太郎の勢いに圧倒されつつ春はよくわからないまま、わかりました、と答えた。
「絵梨花さん、もう変な事教えないで下さいね」
そう話しながら、孝太郎は春のグラスに氷と水を足して水滴を拭く。それだけではなくテキパキとチョコのゴミなどを片付けてテーブルを綺麗にしていた。そんな慣れた様子の孝太郎を春は感心したように見つめる。
「春さん?」
「ッすみません」
慌てて春が孝太郎から目をそらす。絵梨花が、見てていいのよ、と春に言った。
「いっぱい見てあげて。孝太郎は春くんのこと大好きだからかっこいいって思われるのすっごく嬉しいの」
「絵梨花さん……恥ずかしいですって。意識してグラス割っちゃいそうです」
絵梨花が、お手洗い行くわ、と席を立つ。
「孝太郎はついて来ないで。そこに2人でいて」
じゃあね、と絵梨花は内勤に案内されながらトイレに向かう。
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