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29 琥珀色がこぼれる

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 王城でルルーシア様に会うのは久しぶりだ。

「挨拶なんかいらないわ。メイドがいるから人は足りてるの。ここでは侍女は必要ないわ。あなたの役目は、学園に入学してからよ」

「はい。今はまだ侍女ではありません。見習いとしての研修のため、お茶を入れさせてください」

「じゃあ、お茶を入れたらすぐ帰って」

 ルルーシア様は手を振って、また、読書に集中する。
 人嫌いの王女様。王女としての務めを果たさず、魔法塔にこもりきり。側にいるのは平民のメイドのみ。

 噂話は真実だった。でも、わがままな王女っていうのとはちょっと違うと思う。確かに、魔障の浄化の要請には応えないし、公式の場には一切出てこない。貴族の子女のお茶会にも出席したことはないそうだ。
 苦言を呈する大臣を退け、陛下が王女の好きにさせよと周囲に命令した。最愛の王妃によく似た容姿の娘を、国王は溺愛しているらしい。

 カップが温まったので、琥珀色の紅茶を注ぐ。小皿にリンゴのジャムをのせて、ティースプーンを添える。
 ルルーシア様の読書を邪魔しないように、テーブルにそっと置いて、お辞儀をしてから退出しようとした。

 でも、その時、足音が響いて、大きくドアが開いた。

「ルルーシア!」

 部屋に入って来たのは、淡い金色の髪を腰まで伸ばした男性だった。
 髪の色も顔立ちも、ルルーシア様によく似ている。

 王太子殿下だ。

 私は壁際に寄って、深く頭を下げた。

「建国祭に出ないとはどういうことだ! いくら父上がおまえに甘いからと言って、わがままもほどほどにしろ!」

 怒鳴りながら近寄る王太子を、ルルーシア様は顔をあげて、きっとにらんだ。

「建国祭に出てどうしろっていうのよ! 私に聖女の役をしろとでも言うつもり? どうやってよ?!」

「それは魔導具でごまかせると言っただろう。王女がいるのに、聖女の杖を出さないのは、貴族たちに怪しまれるぞ」

「そんなの、いつもどおり王女のわがままで通せばいいじゃない。私には無理だって分かってるでしょう?」

「無理なわけない! お前は私の妹だ。正当な王女だ!」

 そこまで言って、初めて王太子は壁際の私の視線に気づいた。

「なんだ、この女は。色なしか?」

「私の侍女にするのよ。平民のメイドは学園に連れて行けないっていわれたから」

「よりにもよって、色なしなど。危険だ」

 ルルーシア様と同じ淡い金色の瞳が、私を冷たく見据えた。

「あははっ。それ、私に言ってる? 色なしは魔力を吸い取るから危険?」

「っ、おまえは私と同じ、王家の黄金だ」

「黄金? おもしろーい。あはっ。黄金って言えるのは、リュカお兄様だけでしょう? 私たちは、かろうじて金色って呼んでいいレベルよ。あは、あはは」

「ルルーシア!」

 大声で笑うルルーシア様と、声を荒げて怒鳴りつける王太子様。

 どうしよう。ここから出て行きたい。

「いつまで昔のことにこだわっている! おまえは私と同じ髪色だ。誰にも文句は言わせない。ちゃんと王女らしく振舞え!」

「ああ、おかしい。文句って、言ってるのはお兄様でしょう? リュカお兄様みたいな黄金色じゃないからって」

「私は黄金の王子を二人も作った。責務は果たしている。遊び歩いてばかりのリュカとは違う」

「王子を産んだのは、王太子妃と側妃よ。お兄様の手柄なんかじゃないわ。ああ、それから、魔力の高い令嬢三人を無理やり妃にする王命を出したお父様のお手柄ね。あははは」

「! ルルーシア! うるさい、笑うな! ……とにかく、王女としての務めを果たせ!」

 そう言ってから、腹立ちまぎれにテーブルを蹴りつけて、王太子は来た時と同じように大きな足音を立てて部屋を出て行った。

 こぼれた紅茶を片付けようと近づいたら、ルルーシア様は突然笑うのをやめて、私を見た。

「あなたはいいわね。その髪色だから、なんにも期待されないんだから。うらやましいわ」

「……」

 私は黙って、紅茶のカップを片付けた。ポットの湯はすっかり冷めている。お茶を入れ直すことを口実に部屋を出た。

 ……無色がうらやましい?

 金色の王女様に何が分かるの?

 誰もがうらやむ金の魔力を持ちながら、それを使うことをしない王女様に。

 怒りがこみあげてくる。でも、それを表に出すわけにはいかない。

 王族はこの国の主。国で一番尊い存在。貴族は王族のしもべ。

 サリア先生に刷り込まれた教えを心の中で唱える。
 王族に異を唱えてはいけない。

「はぁ」

 ため息をついて、ポットとティーカップを新しいものと取り換えて、部屋に戻った。
 でも、ルルーシア様はもういなくなっていた。
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