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行雲流水

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敦の農業に賭ける意思の固さに絆された智は、精一杯役に立つべく、朝から晩まで夫をサポートし、身を粉にして働いた。

智自身、数々の夫への背信に対する罪悪感があり、今後の人生は夫に尽くしたいという意思の表れでもあった。

ただし、吉川との関係だけは切る事が出来ず、その一点については致し方ない事だと諦めてはいたが。



そんな二人の頑張りもあり、その年の収穫は安定した量と質を期待できると踏んでいた。


「あっちゃん、よく育ってるね

収穫が楽しみだよ。」


智は畑の作物を一つ一つ確認しながら頷いて言った。


「ああ。やっとまともな農家になれる気がするよ。

これまでの事を考えたら、まるで天と地の差だよ。」


智も稼いで戻ってきたので、当面は金策に走る必要もない。
畑の方も問題なく収穫の時期を迎えられそうだ。
ここから全てが良い方向に回っていく

二人は畑を見つめながら、ようやくはっきりとした手応えと自信を掴んだ。



しかし、好時魔多しとはよく言ったもので、このような時ほど意外なところから何かが起きてしまうものである。


三日後の朝

畑に向かう吉川は、その道中で、携帯の着信音が鳴り響いた。

胸ポケットから取り出して、画面を見ると、智からだった。
吉川は電話に出た。

「もしもし、トモか。
どうした、こんなに朝早く」


「あっ、もしもし
良ちゃん」

智が吉川を下の名前で呼ぶ時は、周りに誰もいない事を指す。
安心した吉川は、二人の時用の言い方に変えた。

「またヤリたくなったのか?

ワシなら構わんぞ、夕方事務所で落ち合うか。」


「違うのよ、良ちゃん
それはまたしてあげるから

電話したのはそうじゃなくて、車を貸して欲しいの。」


「車?

何でそんなもんがいるんじゃ?」


「お義母さんの体の具合が一向に良くならなくて、町の病院に連れて行きたいんだけど
ウチは、ほら、乗用車は売っちゃって無いじゃない?
軽トラしか。

そんなのに一時間以上具合の悪い人を乗せられないもの。」


「光江さんが…

ああ、それは全然かまわんぞ
いくらでも使ってくれ」

吉川は快諾し、家に引き返した。


そして、家のガレージから車を出すと、自転車で現れた智に引き渡した。


「すいません、本当にありがとうございます
では、お借りします」

吉川の妻も家にいる筈なので、智は畏まった言い方で頭を下げた。

「ああ、気にせず使ってくれ」

吉川も普段通りのぶっきらぼうな言い方で返したのだった。
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