【R18】出来損ないの魔女なので殿下の溺愛はお断りしたいのですが!? 気づいたら女子力高めな俺様王子の寵姫の座に収まっていました

深石千尋

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第六章 王子様と一緒にパーティーを開きます

6-5 どうしてお父様は……

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 ひと騒動あったがなんとかパーティーが無事に終わり、人々が帰途につくころ。
 バーベナは城の大きな廊下で、一人の男に声をかけられた。

「バーベナ。おまえに話があるんだ」
「お父様?」

 父が窓のそばからこちらに向かって歩いてきた。
 いつものように顔を顰め、穏やかさとは無縁の顔つきをしている。
 警戒して一歩あとずさると、父がおそるおそるバーベナの隣に視線を移した。
 それを受けて、ディアルムドが笑みを浮かべながら口を開く。
 しかし、その眼差しは身も凍るように冷たい。

「公爵、また手を上げようとするつもりですか?」
「……ッ! い、いいえ……そんなことをするつもりは……」

 ディアルムドに気圧されて顔を真っ赤にした父は、しどろもどろに答える。

「無礼な振る舞いはしません。ただ……あのときは驚いただけなんです……。バーベナ、頼む。どうかこの父の話を聞いてほしい」
「お父様……」
「さっき、ブリギットとの言い争いをこの目で見た。この際だから、殿下との結婚をお祝いしたいと思う。それに……」

 あんなに怒っていたはずなのに、結婚を祝いたいとは、いったいどういう風の吹き回しなのだろう?
 父がやけに長い間を置いてから言った。

「……これまでの仕打ちを……おまえにしてきたことをきちんと謝りたいんだ。少し二人きりで話せないか?」

 ――え? お父様が謝りたい……?

 バーベナは言葉を失い、信じられない思いで父を見返した。
 間髪を入れずにディアルムドが冷ややかに笑う。

「なんとも虫のいい話ですね。わざわざ二人きりで話す必要などないのでは?」

 ディアルムドはぴしゃりと言って先を歩くよう促したが、バーベナは慌てて首を横に振った。

「私は構いません。そういうことでしたら……お話を伺いたいと思います」

 もし父が暴力に訴え出るようなことがあれば、そのときは魔法で応じればいいだろう。
 何より、バーベナは知りたかった。
 なぜ父は同じ我が子でも姉妹で差別をしていたのか。
 少し前の自分だったら怖くて聞けなかったかもしれないが、今は違う。
 勇気を出して聞けそうだと思ったのだ。

「バーベナ」
「ディアルムド様、私は大丈夫ですから。五分でも十分でもいいので、少しだけ時間をもらえませんか?」

 バーベナはディアルムドのほうを向いて、安心させるように彼の指をぎゅ、と握った。
 彼の柳眉がみるみる下がる。

「ですが、俺はあまりいい考えだとは思えません」
「私の魔法の腕はご存知でしょう? ブリギットにだって負けませんでしたよ。ですから……」

 お願いします、と頼み込んだ。

「……そんなふうにお願いされたら、これ以上強く出られないじゃありませんか」

 ディアルムドは小さく溜息をつくと、そばにいた奉仕官を手招きして、このまま近くの応接間に通すように指示した。
 お茶の準備に侍女も寄越してくれるらしい。

「もし困ったことがあれば……」
「ありがとうございます。そのときは遠慮なく合図を送りますから。ミアンに伝言を頼みます」

 まだ不安そうな顔をするディアルムドに、バーベナはもう一度大丈夫です、と言ってみせた。

 ――ディアルムド様は本当に優しい人ね……。

 反対しつつも、最後にはバーベナの意思を尊重してくれるのだから。
 そのことをありがたく思いながら、ふたたび父のほうに向き直った。

「お父様、少しだけお話をしましょう」
「ああ。ありがとう」

 優しく返すと、いつも横柄な父にしては珍しく礼が返ってくる。
 不覚にも、父に泣いて縋っていた過ぎ去りし日々を思い出した。
 子どものころは、ずっと愛されたくてたまらなかった。
 ブリギットと同じように、父との間にも誤解があったのだろうか。
 だから両親と心を通わせることができなかったのか。
 そう思うと、もしかしたら……という期待が生まれてしまう。

 しかし、バーベナは気づかなかった。
 結婚を祝いたいと、これまでのことを謝りたいと言って頭を下げた父の目に、仄暗い影が差していたことに。
 ようやくそのことに気づいたのは、奉仕官の案内のもと応接間に入ったときだった。

「――バーベナ、結婚おめでとう」

 扉をくぐり、長椅子に向かって歩き出したところで後ろから父が言った。
 おめでとうと言う割には、ゾッとするような低い声で。
 不審に思って振り返れば、憎悪に燃えた目がバーベナをひたと見据えていた。

 ――お父様?

 完全に油断していた。
 自分には魔法があるから、父親くらい簡単に御せると思っていたのだ。
 だが一番問題だったのは、謝りたいと、祝いたいと言った父を疑いながらも、心のどこかでやっとこちらを見てくれたという淡い喜びを抱いてしまったことだろう。
 本当は、父が自分を愛していないことを知っていたはずなのに。

 目を見開くバーベナの前で、父が右手を振りかぶった。
 その手には透明なガラス瓶が握られている。
 蓋は開けられており、中の赤黒い液体が不気味に躍っている。

 ――な、なんなの……あれは……?

 見るからに、よくないものだというのがわかる。
 だが、気づくのが遅かった。
 もしバーベナがここで魔法で転移して逃げようものなら、代わりに後ろにいる奉仕官に被害が及ぶかもしれない。
 そうかといって、魔法障壁を張ったり反射の魔法を使ったりすれば、父の後ろでお茶の支度を始めた侍女が危険に晒されるだろう。
 どうすればいいのか思案するにも、あまりにも時間がなさすぎたのだ。
 結局一秒にも満たない時間で導き出した答えは、自分がわけのわからない液体を頭から被ることだった。

 ――これは、血!?

 鉄の臭いが鼻をつく。
 数瞬して、今度は喉奥が焼けるように痛くなった。
 舐めたわけでもないのに、突然息が苦しくなったのだ。
 謎の液体を浴びる寸前、ミアンが主人を守ろうとポケットから飛び出してきたが、すべてを避けるには至らなかった。

 ――もしかして……毒……?

 こんなことをしてくるくらいだ。普通の血ではないのだろう。
 立っていることすらままならず、バーベナはくずおれるように床に膝をついた。
 すぐそばでミアンたちが悲鳴交じりの叫び声を上げたが、どこか遠くに聞こえる。

「ハハハハハッ、この私がおまえごときに心からお祝いなど言うわけがないだろうが!」

 してやったりという顔で、父が高笑いを始めた。
 いくら公爵といえども、曲がりなりにもこの国の王子妃を手にかけることなど許されない。
 たとえそれが実の父であったとしても――だ。
 それぐらいの分別はあると思っていたが……。

 ――本当にどうかしてる……!

 もはや狂っているとしか言いようがなかった。

「どうして……お父様は……」

 なんとか喉から絞り出すように問えば、父の唇の端が傲慢に持ち上がる。
 
「おまえは私の本当の娘ではないんだよ」

 痛みやら驚きやらで口の利けないバーベナをよそに、父が笑い続ける。

「おまえは私の兄の娘だ。どこぞの馬とも知れん女と駆け落ちした末に生まれたのがおまえなんだよ。といっても、おまえの父親も母親もとっくの昔に病死しているがね。みなしごになった可哀想なおまえをこの私が育ててやったというのに、よくも恩を仇で返してくれたな! 妃にふさわしいのは我が娘のブリギットに決まっているだろうが!」

 ずっと愛されたいと願っていた男が、この瞬間、まったく見知らぬ人間のように見えた。

「おまえも所詮は兄上の子どもということだ。優れた魔法使いでありながら、色恋に溺れた愚か者。その間、私がどれだけみじめに過ごしたと思う!? つねに兄上と比べられ、私は出来損ないと言われてきた! おまけに兄上が平民の女と駆け落ちをしたせいで、当主の重圧が私に伸しかかってきたのだ! おまえには私の苦しみなど想像できまいよ」

 つまり、養子として引き取ったバーベナと実子であるブリギットを、かつての自分と兄に重ね合わせて復讐していたということだ。

「のちのちブリギットが生まれるとわかっていたら、おまえなど決して引き取らなかったものを……! 妻がなかなか子ができんというから……!」

 聞くに耐えない言葉が続き、バーベナは痛みどころか吐き気まで覚えた。

 ――ああ、そっか……。お父様は私の本当のお父様じゃなかったのね。

 だから自分は愛されなかったのだと理解できたのと、応接間の扉が大きな音を立てたのはほぼ同時だった。

「これは、いったいどういうことなんだ!?」

 乱暴に開け放たれた扉から飛び込んできた軍服姿の男に、部屋全体の空気がぴしりと震えた。
 今になって己の所業に恐怖を覚えたのか、父の顔が青褪める。

「バーベナ……っ!!」

 ――ディアルムド様……。

 愛しい人の顔を見た瞬間、安堵のあまり涙が出そうになったが、すんでのところで堪えた。
 ディアルムドの泣きそうな顔を見たら、自分が泣いている場合ではないと思ったからだ。

 ――心配をかけてごめんなさい。

 父と二人きりで話す前、自分は彼になんと言っただろうか。

 ――困ったら、ちゃんと合図を送ると言ったのに、全然できなかった……。

 それ以前にも、確かこう言ったはずだ。

『今度の週末、とっておきのサプライズを披露しますね』

 こんな形のサプライズは望んでいなかった。
 ただ、彼に好きと伝えたかっただけなのに。

 ――もしかして私、このまま死んじゃうんじゃ……?

 絶対に嫌だと思ったが、意地の悪い冷たさが足元から這い上がってきて、ついにバーベナの意識は暗転した。
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