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第六章 王子様と一緒にパーティーを開きます
6-6 生温いことを言っていないで、さっさと殺しておくべきだった
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◆◆◆◆
ディアルムドは奥歯を軋らせ、両の拳を固く握りしめた。
――どうしてこんなことに……。
グロー公爵がバーベナに声をかけたとき、腹が立って仕方がなかった。
もともと公爵に対していい印象は抱いていなかったが、結婚の挨拶を機にその印象は間違っていなかったと確信した。
むしろ最悪といっていいだろう。
公爵がバーベナに摑みかかろうとしたあの日も、本当ははらわたが煮えくり返る思いだったのを、あんな親でも血の繋がりがあるのだからと、なんとか冷静さを保とうとしただけに過ぎない。
――生温いことを言っていないで、さっさと殺しておくべきだった。
それがよくないことなのは、じゅうぶん理解している。
『おまえではない! 王である余こそ、この世で最も尊ばれなければならぬのだ!』
耳の奥に父の声が蘇った。
血走った目で怒鳴り散らす父と自分の姿が重なる。
感情的に突っ走っても、己の首を絞めるだけでろくなことにはならない。
しかし頭ではわかっていても、心が許せないと叫んでいる。
二人きりで話をすると言って、グロー公爵と応接間に向かったバーベナは、どういうわけか、口から血を流して倒れていた。
一見すると死んでいるようにも見える凄惨な光景で、主人のすぐそばで啜り泣く使い魔の声も、耳を覆いたくなるほどのものだった。
その場にいた奉仕官や侍女たちによると、バーベナは入室から間もなく、公爵によって毒のようなものをかけられたという。
とっさに飛び出したミアンがそのほとんどを被ったらしい。
彼女曰く、『魔物の血で間違いない』とのこと。
心配するソーラスに、『竜である自分が魔物ごときの血に脅かされるわけがない。それよりもご主人様のほうがよっぽど心配だわ』とも言っていたが、まさしくその通りだとディアルムドは思った。
人間にとって、魔物の血は猛毒にも等しいからだ。
――本当に大切な人一人を守れないで、何が王子だ。情けない。
腹の底から、抑えきれない自嘲が込み上げてくる。
こんなことになるとわかっていたのなら、初めからグロー家の登城など許さなかっただろう。
貴族たちから謗りを受けたとしても構わない。政治的な根回しや駆け引きなど、どうでもいいと斬って捨てればよかったのだ。
あるいは、バーベナの意見を無視してでも護衛をつけるべきだった。
せめて自分がそばにいてあげられたら、何かが変わったかもしれない。
すぐに駆けつけられるよう応接間の近くに待機していたものの、こうなってしまったからにはただただ自責の念に駆られるばかり。
――そうだ。バーベナがこれ以上傷つかないよう、自分以外の人間の目が触れない場所に、大事に大事に閉じ込めておけばよかったんだ……。
だが、そんなことはできないし、やりたくもない。
彼女にだけは嫌われたくない。
あのあと意識を失ったバーベナを急いで治療師に診せたと思うが、その間の記憶はひどく曖昧だ。
途中で理性を失い、グロー公爵に殴りかかったことをぼんやりと覚えている。
力任せに魔法を使ったような気もする。
――あんな人間、生きている価値すらない。父上と一緒で、ほぼ病気だ。
公爵は『本当の父親じゃない』だの『死んだ兄に嫉妬した』だの必死に何かを口にしていたが、ディアルムドからしてみれば、すべてがどうでもいいことだった。
今さら言い訳を聞いたところで、バーベナの苦しみがなかったことにはならない。
――ずいぶん痛めつけたと思うが、おそらく死んでいないだろう……。
殺してはいけないと、きちんと裁きを受けさせるべきだと、未来の王ならばどんなときでも冷静でいなければならないと、ソーラスに制止されたからだ。
その後なんとか我に返ったディアルムドは、寝台に横たわったまま目を覚まさないバーベナの手をひたすら握り続けた。
少年時代、魔物の毒にあたって何度倒れただろうか。
ピクリとも動かない彼女の手は、このうえなく冷たい。
あのころを思い出すと、今この瞬間も苦しんでいるのは彼女のほうであるはずなのに、激しい痛みと吐き気に襲われた。
彼女を失うようなことがあれば、自分はもう正気を保つことはおろか生きることすらできないだろう。
――頼む、目を開けてくれ……。
ディアルムドは自分の熱を分け与えるように、優しく手を擦った。
何度も、何度も。
それからどれくらいたっただろうか。
ディアルムドはそっと部屋に入ってきたソーラスに疲労の滲んだ目を向ける。
しかし、そんなことなど微塵も感じさせない強い口調で言い放った。
「ブリギット・シー・グローを呼んでください。今すぐに」
――彼女のためにも、今、自分ができることをしなければ……。あの男を楽に死なせてなるものか……。
いつの間にか、空が白み始めていた。
ディアルムドは奥歯を軋らせ、両の拳を固く握りしめた。
――どうしてこんなことに……。
グロー公爵がバーベナに声をかけたとき、腹が立って仕方がなかった。
もともと公爵に対していい印象は抱いていなかったが、結婚の挨拶を機にその印象は間違っていなかったと確信した。
むしろ最悪といっていいだろう。
公爵がバーベナに摑みかかろうとしたあの日も、本当ははらわたが煮えくり返る思いだったのを、あんな親でも血の繋がりがあるのだからと、なんとか冷静さを保とうとしただけに過ぎない。
――生温いことを言っていないで、さっさと殺しておくべきだった。
それがよくないことなのは、じゅうぶん理解している。
『おまえではない! 王である余こそ、この世で最も尊ばれなければならぬのだ!』
耳の奥に父の声が蘇った。
血走った目で怒鳴り散らす父と自分の姿が重なる。
感情的に突っ走っても、己の首を絞めるだけでろくなことにはならない。
しかし頭ではわかっていても、心が許せないと叫んでいる。
二人きりで話をすると言って、グロー公爵と応接間に向かったバーベナは、どういうわけか、口から血を流して倒れていた。
一見すると死んでいるようにも見える凄惨な光景で、主人のすぐそばで啜り泣く使い魔の声も、耳を覆いたくなるほどのものだった。
その場にいた奉仕官や侍女たちによると、バーベナは入室から間もなく、公爵によって毒のようなものをかけられたという。
とっさに飛び出したミアンがそのほとんどを被ったらしい。
彼女曰く、『魔物の血で間違いない』とのこと。
心配するソーラスに、『竜である自分が魔物ごときの血に脅かされるわけがない。それよりもご主人様のほうがよっぽど心配だわ』とも言っていたが、まさしくその通りだとディアルムドは思った。
人間にとって、魔物の血は猛毒にも等しいからだ。
――本当に大切な人一人を守れないで、何が王子だ。情けない。
腹の底から、抑えきれない自嘲が込み上げてくる。
こんなことになるとわかっていたのなら、初めからグロー家の登城など許さなかっただろう。
貴族たちから謗りを受けたとしても構わない。政治的な根回しや駆け引きなど、どうでもいいと斬って捨てればよかったのだ。
あるいは、バーベナの意見を無視してでも護衛をつけるべきだった。
せめて自分がそばにいてあげられたら、何かが変わったかもしれない。
すぐに駆けつけられるよう応接間の近くに待機していたものの、こうなってしまったからにはただただ自責の念に駆られるばかり。
――そうだ。バーベナがこれ以上傷つかないよう、自分以外の人間の目が触れない場所に、大事に大事に閉じ込めておけばよかったんだ……。
だが、そんなことはできないし、やりたくもない。
彼女にだけは嫌われたくない。
あのあと意識を失ったバーベナを急いで治療師に診せたと思うが、その間の記憶はひどく曖昧だ。
途中で理性を失い、グロー公爵に殴りかかったことをぼんやりと覚えている。
力任せに魔法を使ったような気もする。
――あんな人間、生きている価値すらない。父上と一緒で、ほぼ病気だ。
公爵は『本当の父親じゃない』だの『死んだ兄に嫉妬した』だの必死に何かを口にしていたが、ディアルムドからしてみれば、すべてがどうでもいいことだった。
今さら言い訳を聞いたところで、バーベナの苦しみがなかったことにはならない。
――ずいぶん痛めつけたと思うが、おそらく死んでいないだろう……。
殺してはいけないと、きちんと裁きを受けさせるべきだと、未来の王ならばどんなときでも冷静でいなければならないと、ソーラスに制止されたからだ。
その後なんとか我に返ったディアルムドは、寝台に横たわったまま目を覚まさないバーベナの手をひたすら握り続けた。
少年時代、魔物の毒にあたって何度倒れただろうか。
ピクリとも動かない彼女の手は、このうえなく冷たい。
あのころを思い出すと、今この瞬間も苦しんでいるのは彼女のほうであるはずなのに、激しい痛みと吐き気に襲われた。
彼女を失うようなことがあれば、自分はもう正気を保つことはおろか生きることすらできないだろう。
――頼む、目を開けてくれ……。
ディアルムドは自分の熱を分け与えるように、優しく手を擦った。
何度も、何度も。
それからどれくらいたっただろうか。
ディアルムドはそっと部屋に入ってきたソーラスに疲労の滲んだ目を向ける。
しかし、そんなことなど微塵も感じさせない強い口調で言い放った。
「ブリギット・シー・グローを呼んでください。今すぐに」
――彼女のためにも、今、自分ができることをしなければ……。あの男を楽に死なせてなるものか……。
いつの間にか、空が白み始めていた。
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