空を泳ぐ夢鯨と僕らの夢

佐武ろく

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雨、嵐、雷

雨、嵐、雷21

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「今のって何?」
「あれは欠片だ。夢の欠片」
「え? でもいいの?」
「良くはない。これ以上喰えば危ないからな。かと言って喰わずともこのままだと危険だ。どちらにせよ彼は着実に死へと向かってる。だがその場凌ぎをしてでも今は死なせるわけにはいかない。蒼空が戻るまではな」

 夢の欠片は貴重なモノだと思ってるからそれを食べさせていいのか? そういう意味の質問だったがどうやら真人さんは想像以上に危険な状態らしい。

「とりあえず儂に出来ることはこれぐらいだ。下に戻ろう」

 真人さんの事が気にならないと言ったら嘘になるけど、おじいちゃんの言う通り俺は下のソファへと戻った。
 二階からソファまでの間、俺の頭には(夢の欠片を見たからか夢喰いとしての真人さんを見たからか)夢を諦めてしまったみんなの事が浮かんでいた。

「どうした?」

 浮かない顔にでもなっていたのかもしれない。ソファに座るとおじいちゃんが心配そうに声を掛けてくれた。

「いや、実は。俺の友達が――多分夢喰いに喰われたんだと思うけど、みんな持ってた夢を諦めちゃって……。蒼空さんはもしかしたら夢結晶で元に戻るかもって言ってたけど、やっぱり心配で」

 別にこれは信用とかそういう話じゃなくて、蒼空さんがもしかしたらで話してたから心配になっただけ。
 それと真人さんとじゃなく夢喰いと言ったのは、もちろん彼か分からないっていうのもあるけど、蒼空さんの事を考えると少し憚られたからだ。

「ふむ。――だが蒼空の言う通り夢鯨なら戻せる可能性はある。しかしそれは可能性だ。もしもうその子達がその夢を忘れてしまったら、もうどうにも出来ん」

 やっぱり可能性なんだ。
 でも可能性があるだけマシなのかもしれない。もしかしたらそう考えるべきなのかも。

「だがもし元に戻らなかったとしても、その子達はまた別の夢を見つけそれに向け情熱を燃やすはずだ。そうなったらその夢を応援してあげなさい」
「また別の夢を持てるの?」
「もちろん。夢喰いが奪うのはその夢だけだ。夢喰いからしてもまた新たに夢を持ってもらった方が、こう言っちゃなんだが喰うモノが増える訳だからな」

 何故か夢を食べられたらもう二度と夢は見れないって勝手に勘違いしてたけど、言われてみればそうだ。どんどん次の夢を見てもらった方が夢喰い的にも好都合か。

「そう言えば夢喰いが夢を食べる瞬間を見たけど、みんなそんな変な事があったなんて言ってなかったな。なんでなんだろう」

 するとふと、俺はそんな疑問が浮かんでは自分で確認するようにそれを口にした。

「それは忘れてるからだ。理由は分からんが夢喰いに夢を喰われた者は夢喰いの事も接触した事も忘れてしまう。ただ自然な流れで夢に対する想いが薄れたり無理だと思っていくんだ」
「なるほど」

 ならどの道みんなに夢喰いの事を聞いても覚えてない訳だから真人さんが奪ったかは分からないんだ。いや、それはもうどうでもいいか。

「もし仮に夢を喰われた者がもう二度と夢を見れなくなるのだとしたら、それは本当に悲惨な事だ。儂は、人間は生まれた時から死ぬまで夢を持ち続けていると思っている。心の奥底ではそれを求めているんだ。どんな人間でも。だから夢が無いという者はただそれを見つけられてないだけなのかもしれない」

 それはまるで自分に言われているようだった。俺にもまだ自分でも分かってないだけで、羨むみんなと同じように画家とは違った夢が心の奥底には眠っているのだと。

「――人は何故、夢を見ると思う?」

 すると、おじいちゃんは突然そんな質問を投げかけてきた。俺は急にされたその哲学的な質問に戸惑いながらも自分なりに少しは考えてはみた。
 だけどそんなすぐに「これだ!」と確信を持てるような答えは当然ながら思い浮かばない。

「それがやりたくて好きな事だからとか?」
「それもあるが、儂が思うに人はより幸せになるために夢を見る。分かるか?」
「まぁ、何となくは」

 確かに夢の先には幸せが待ってると思う。でもだから夢を見ると言われると少し小首を傾げてしまうような気がする。

「大金を得る為でも何か大きな事を成し遂げる為でもない。その根底にはただ単に今よりも幸せになろうとする心がある。それを叶えた時、自分はより幸せになれる、だからいつの世も、年齢も、性別も、何も関係なく人は夢を見るんだと儂は思う。だがその全てが本当に自分をより幸せにする為の夢とは限らんがな。結果的に不幸になってしまう場合もある」

 確かに自分がより不幸になるような夢を見る人は存在しない。大金を稼ぎたい人も名声を得たい人もそう言う意味では全部より幸せになる為の夢なのかもしれない。
 だけど大金や名声とか上限の無いモノはずっと追いかけ続けることになるから叶えられないってことか。

「『人生の意味とは、ただ生きるということである。だが誰しもその人であるということ以上の事を、成し遂げなければならないかのような錯覚に急き立てられているのだ』これはある人物が残した言葉だ」

 良い言葉だとは思うけど人生について説かれても正直、俺はまだよく分からない。
 でもこの言葉はきっと、いくつなっても忘れないような気がした。あの日、空を見上げた時にふと思い出したように、いつの日か不意に脳裏へ現れそうな――そんな気がした。

「儂は夢も同じだと思っている。他の者がより高い夢を目指しているからと言ってそれに合わせる必要はない。自分に合ったモノでいい。いや、そもそも夢に高いも低いも無いからな。夢はその全てが個別的で他人と比べることは出来ず、他人は関係ない。自分が何を求めているか。夢を持つ上で重要なのはそれだけだ。あとは何も関係ない。それとこれも覚えておくと良い」

 そういうとおじいちゃんは俺の方へ視線を向けた。

「夢を叶えられなかったからと言ってそれは決して不幸になる訳じゃない。夢はより。幸せになる為のモノに過ぎんからな。確かに夢を叶えた瞬間、その者は最高の喜びを手にするかもしれない。だがそれまでの過程にも幸せというのは存在する。それを拾い上げるのも忘れてはいかん」

 よりを強調するおじいちゃんの話を聞きながら俺はふと思ったことがあった。

「おじいちゃんにも夢ってある?」
「もちろん」

 考えるまでもなく呼吸をするように答えは返ってきた。

「それって?」
「儂の夢は……」
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