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A rainbow after the rain
A rainbow after the rain5
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「アタシは別に何も言わなかったけどアンタって中学の時に急に絵、描かなくなったじゃん。それまでは絵を描く人になるとか言ってたのにそういう事も言わなくなったし。だからその時のアンタも、自分が一番分かってるからこそ変に励まそすとか今はしてほしくないってそんな感じに思ってたのかなって」
きっと俺が夢として絵を諦めた時期のことを言ってるんだろう。確かにあの頃、夏希はいつもと変わらない感じで接してたけど、本当は気付いてたのか。
でも彼女の言う通りもしあの時に色々言われたり変に励まされたりされてたら嫌気が差していたかもしれない。そんな事言われなくても分かってるし、俺も好きでこうなってる訳じゃないって思ってたかもしれない。
だけど幸いにも周りにそんな事を言われなかった俺は、特に苛立ったりする事もなくただぽっかり穴が開いたような気持ちだった。いつも絵を描いてたから急にその時間が無くなって、やることが無くて何をしていいかも分からなくて。なんだか急に宇宙へ放り出されたような気分だった。
夏希も今まさにそんな気持ちを味わっているのかもしれない。
「多分、そうだと思う。でも気付いてたのに何も言わないでいつも通りでいてくれたのは――ありがとう」
「どういたしまして。ってもう昔の事だけどね。それに正直なとこアタシの勘違いかもしれないって思ってたとこもあるし」
すると少しの沈黙を挟んだ後、夏希は突然吹きだすような笑いを零した。
「何だよ。急に」
一体どこに笑う要素があったのか。俺は意味が分からず少し訝し気に彼女を見た。
「いや、ごめん。ちょっと昔のこと思い出してさ」
「昔って中学よりも?」
「そう。覚えてる? 小学校に入学するぐらいの時にうちのお母さんとアタシがアンタの家に行って、お母さんはアンタんとこのおばさんと下で話しててアタシはアンタと部屋で遊んでた時の事なんだけど」
その頃は何度もそういう状況があったから覚えてると訊かれてもどれのことを言ってるのかは分からない。もしかしたら覚えてない時の事を言っている可能性も無きにしも非ずってやつだ。
「アタシは遊びたかったのにアンタはずっと一人で絵を描いてたんだよね。それで最初はアタシも仕方なく傍で遊んでたんだけど、中々アンタが描き終わらないから――アタシ怒っちゃってそのまま部屋を出て帰っちゃってさ」
説明を聞きながらまるで絵が完成していくように少しずつ思い出してきた。確か夏希そっちのけで俺はずっと画用紙に絵を描いてたんだ。欲望に忠実な子ども時代だったからと言えど何やってんだろう。今改めてそう思う。
「あったな。そんな事。いやぁ、あの時はごめん」
夏希は別に謝れとは思ってないだろうけど一体何年越しの謝罪なんだろうか。もはや時効と言っても過言じゃないはず(と言ってもそれは俺が決める事じゃないんだけど)。
「え? 覚えてないの? その後の事」
「その後? 何かあったっけ?」
あの後に何かあったような口ぶりだけど、思い出そうにも思い出せない。一体何があったんだ?
「その日の夕方ぐらいだったかな? アンタがうちに来て謝ったの」
そう言われてみれば、そんな事もしたような気がする。ちゃんと謝ってたのか。よくやったあの頃の俺、って今の俺から褒めてやりたい気分だ。
すると、そんな風に自分で昔の自分へ拍手を送っていると芋づる式にある記憶が蘇ってきた。
「あれ? もしかしてその時に俺さ。何か渡してなかった?」
それが何だったのかは思い出せないけど。でも多分、言われたら思い出す程には出かかっている。
「うん、貰った」
「ちなみに何を?」
何故か嫌な予感が胸で渦巻く中、少し恐々としながら答えを尋ねた。
「絵」
その瞬間、靄が掛かったように思い出せなかった部分が鮮明に蘇った。
しかもあの頃の俺の絵と言えば、ほんとに子どもの絵って感じだったはず(つまり下手くそってことだ)。
でもまだ風景とかなら微笑ましく見れる。だけどもし、人物なら見るに堪えない(つまり最悪ってことだ)。
「それって何の絵?」
それはさながら二本のワイヤーのどちらかを切る爆弾処理。緊張の一瞬だった。
「花畑」
俺は思わず天を仰ぎ、心の中でガッツポーズをした。同時にまだマシな方の絵を描いて渡してたあの頃の俺に感謝――
「とその中に居るアタシ」
不意の爆発でガッツポーズをしていた俺は見事に吹き飛ばされ、気分は急降下。これがジェットスターなら絶叫系としては最高なのかもしれない。どの道、俺にとっては最悪だけど。
「はぁー。――うわぁ。まじかぁ」
俺は思わず頭を抱えた。今でも人物を描くのは得意じゃないのにあの頃と言えば人かすらも怪しい。
「どんな絵か思い出した?」
「いや。でも想像はつきそう」
「あの年齢にしては上手かったよ」
「ほんとに?」
「花畑はだけど」
「人は? っていうか夏希か」
夏希は何も言わず肩を竦めてみせた。しかも口元を緩めながら。きっと俺が思っている通り酷い出来だったんだろう。
また溜息が零れ落ちた。
「言っても子どもの絵だから。ただ花畑と人――いや、アタシか。その二つの差がちょーと凄かっただけ良い意味でね」
「全然良い意味に聞こえないだけど?」
「だからアタシの絵が下手なんじゃなくて花畑が上手いってこと」
そう言われれば良い意味なのかもしれない。けど、俺はその時の自分を止めたい気持ちなのに変わりはない。花畑だけにしとけって。
「そりゃ、どうも。でもその時の事を思い出して笑ってた訳だろ?」
「そうだけど。そうじゃないって。懐かしいのと普通に嬉しかったなぁって思っただけなんだけど?」
夏希は眉を顰めながら口元を緩めて「失礼ね」とでも言うような表情で俺を見た。
「それにちゃんと今でも家にあると思うし。だからちゃんと嬉しかったんだって」
「それは分かったけど――って。は? 待って。何? まだ持ってんの?」
夏希のその言葉に俺は戸惑いを隠せなかった。
「多分、あると思うよ」
「いや頼むから今すぐ捨ててくれ」
デジタルタトゥーじゃないんだからさっさと消滅させて欲しい。
「やだよ。それに今はすぐは無理でしょ。だって今日は家に帰らないし」
「恥ずかし過ぎるんだって。風景だけならいいけど人物はマジで駄目だから。あの頃は人物なんて全く描いてないから下手より酷いし。まぁ、今も全然描いてないから下手は相変わらずだけど」
「へぇー。ならより貴重じゃん」
だが必死な俺に対してその表情は莉玖を弄ぶ時のそれだった。それを見て俺は捨てて欲しいという願いは叶わないという事を悟った。
「じゃあせめて誰にも見せるなよ。というかお前も見ないで未来永劫封印してくれ」
「前者は了解。後者は……」
嫌だ、ニヤついた顔がそう答えていた。
「じゃあもう誰かに見せなきゃそれでいいよ」
溜息交じりでそう言った俺はもうその絵がこの世から消える事を諦めていた。一生この傷を背負って俺は生きていかないといけないらしい。
そんな懐古の情に駆れたり、かと思えば一生消えない傷を負うような幼少期の記憶と久々の再会を果たしているとコテージの方から桟橋を歩く足音が聞こえてきた。その音に俺は顔を夏希から正面へ。誰なのかを確認した。
きっと俺が夢として絵を諦めた時期のことを言ってるんだろう。確かにあの頃、夏希はいつもと変わらない感じで接してたけど、本当は気付いてたのか。
でも彼女の言う通りもしあの時に色々言われたり変に励まされたりされてたら嫌気が差していたかもしれない。そんな事言われなくても分かってるし、俺も好きでこうなってる訳じゃないって思ってたかもしれない。
だけど幸いにも周りにそんな事を言われなかった俺は、特に苛立ったりする事もなくただぽっかり穴が開いたような気持ちだった。いつも絵を描いてたから急にその時間が無くなって、やることが無くて何をしていいかも分からなくて。なんだか急に宇宙へ放り出されたような気分だった。
夏希も今まさにそんな気持ちを味わっているのかもしれない。
「多分、そうだと思う。でも気付いてたのに何も言わないでいつも通りでいてくれたのは――ありがとう」
「どういたしまして。ってもう昔の事だけどね。それに正直なとこアタシの勘違いかもしれないって思ってたとこもあるし」
すると少しの沈黙を挟んだ後、夏希は突然吹きだすような笑いを零した。
「何だよ。急に」
一体どこに笑う要素があったのか。俺は意味が分からず少し訝し気に彼女を見た。
「いや、ごめん。ちょっと昔のこと思い出してさ」
「昔って中学よりも?」
「そう。覚えてる? 小学校に入学するぐらいの時にうちのお母さんとアタシがアンタの家に行って、お母さんはアンタんとこのおばさんと下で話しててアタシはアンタと部屋で遊んでた時の事なんだけど」
その頃は何度もそういう状況があったから覚えてると訊かれてもどれのことを言ってるのかは分からない。もしかしたら覚えてない時の事を言っている可能性も無きにしも非ずってやつだ。
「アタシは遊びたかったのにアンタはずっと一人で絵を描いてたんだよね。それで最初はアタシも仕方なく傍で遊んでたんだけど、中々アンタが描き終わらないから――アタシ怒っちゃってそのまま部屋を出て帰っちゃってさ」
説明を聞きながらまるで絵が完成していくように少しずつ思い出してきた。確か夏希そっちのけで俺はずっと画用紙に絵を描いてたんだ。欲望に忠実な子ども時代だったからと言えど何やってんだろう。今改めてそう思う。
「あったな。そんな事。いやぁ、あの時はごめん」
夏希は別に謝れとは思ってないだろうけど一体何年越しの謝罪なんだろうか。もはや時効と言っても過言じゃないはず(と言ってもそれは俺が決める事じゃないんだけど)。
「え? 覚えてないの? その後の事」
「その後? 何かあったっけ?」
あの後に何かあったような口ぶりだけど、思い出そうにも思い出せない。一体何があったんだ?
「その日の夕方ぐらいだったかな? アンタがうちに来て謝ったの」
そう言われてみれば、そんな事もしたような気がする。ちゃんと謝ってたのか。よくやったあの頃の俺、って今の俺から褒めてやりたい気分だ。
すると、そんな風に自分で昔の自分へ拍手を送っていると芋づる式にある記憶が蘇ってきた。
「あれ? もしかしてその時に俺さ。何か渡してなかった?」
それが何だったのかは思い出せないけど。でも多分、言われたら思い出す程には出かかっている。
「うん、貰った」
「ちなみに何を?」
何故か嫌な予感が胸で渦巻く中、少し恐々としながら答えを尋ねた。
「絵」
その瞬間、靄が掛かったように思い出せなかった部分が鮮明に蘇った。
しかもあの頃の俺の絵と言えば、ほんとに子どもの絵って感じだったはず(つまり下手くそってことだ)。
でもまだ風景とかなら微笑ましく見れる。だけどもし、人物なら見るに堪えない(つまり最悪ってことだ)。
「それって何の絵?」
それはさながら二本のワイヤーのどちらかを切る爆弾処理。緊張の一瞬だった。
「花畑」
俺は思わず天を仰ぎ、心の中でガッツポーズをした。同時にまだマシな方の絵を描いて渡してたあの頃の俺に感謝――
「とその中に居るアタシ」
不意の爆発でガッツポーズをしていた俺は見事に吹き飛ばされ、気分は急降下。これがジェットスターなら絶叫系としては最高なのかもしれない。どの道、俺にとっては最悪だけど。
「はぁー。――うわぁ。まじかぁ」
俺は思わず頭を抱えた。今でも人物を描くのは得意じゃないのにあの頃と言えば人かすらも怪しい。
「どんな絵か思い出した?」
「いや。でも想像はつきそう」
「あの年齢にしては上手かったよ」
「ほんとに?」
「花畑はだけど」
「人は? っていうか夏希か」
夏希は何も言わず肩を竦めてみせた。しかも口元を緩めながら。きっと俺が思っている通り酷い出来だったんだろう。
また溜息が零れ落ちた。
「言っても子どもの絵だから。ただ花畑と人――いや、アタシか。その二つの差がちょーと凄かっただけ良い意味でね」
「全然良い意味に聞こえないだけど?」
「だからアタシの絵が下手なんじゃなくて花畑が上手いってこと」
そう言われれば良い意味なのかもしれない。けど、俺はその時の自分を止めたい気持ちなのに変わりはない。花畑だけにしとけって。
「そりゃ、どうも。でもその時の事を思い出して笑ってた訳だろ?」
「そうだけど。そうじゃないって。懐かしいのと普通に嬉しかったなぁって思っただけなんだけど?」
夏希は眉を顰めながら口元を緩めて「失礼ね」とでも言うような表情で俺を見た。
「それにちゃんと今でも家にあると思うし。だからちゃんと嬉しかったんだって」
「それは分かったけど――って。は? 待って。何? まだ持ってんの?」
夏希のその言葉に俺は戸惑いを隠せなかった。
「多分、あると思うよ」
「いや頼むから今すぐ捨ててくれ」
デジタルタトゥーじゃないんだからさっさと消滅させて欲しい。
「やだよ。それに今はすぐは無理でしょ。だって今日は家に帰らないし」
「恥ずかし過ぎるんだって。風景だけならいいけど人物はマジで駄目だから。あの頃は人物なんて全く描いてないから下手より酷いし。まぁ、今も全然描いてないから下手は相変わらずだけど」
「へぇー。ならより貴重じゃん」
だが必死な俺に対してその表情は莉玖を弄ぶ時のそれだった。それを見て俺は捨てて欲しいという願いは叶わないという事を悟った。
「じゃあせめて誰にも見せるなよ。というかお前も見ないで未来永劫封印してくれ」
「前者は了解。後者は……」
嫌だ、ニヤついた顔がそう答えていた。
「じゃあもう誰かに見せなきゃそれでいいよ」
溜息交じりでそう言った俺はもうその絵がこの世から消える事を諦めていた。一生この傷を背負って俺は生きていかないといけないらしい。
そんな懐古の情に駆れたり、かと思えば一生消えない傷を負うような幼少期の記憶と久々の再会を果たしているとコテージの方から桟橋を歩く足音が聞こえてきた。その音に俺は顔を夏希から正面へ。誰なのかを確認した。
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