転生騎士見習いの憂鬱

鍋底の米

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浴場

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 ジストナーのチームから襲撃を受けた後、他のチームと鉢合わせることもなく、無事に演習を終える事ができた。

 ジストナーのチームもギリギリではあったが合格ラインの時間帯に帰還していた。
 怪我なく無事に戻った姿を見てホッとする。かなり疲れている様子ではあったが、チームメイトがでは仕方がないだろう。

 ルーイと俺のチームは規定時間に入ってすぐに帰還した為、既にチェックポイントで受け取った筒の提出は終わっている。
 この筒と参加時に受け取っていたチーム票が連動して位置を記録していたらしく、この後提出する報告書で虚偽を記載しても露見するので正しく記載するように、との注意を受けた。つまり、一度他チームに奪われたものを取り返したからといって、奪われた事実は隠せないということらしい。また、帰還するまで開けるなという指示が遂行されたかどうかの確認も出来る様になっていてなかなか性能の良い魔道具だ。
 位置情報を取得できるようにしていたのは、演習中の事故や遭難などがあった時にすぐに探せるようにという配慮もあってのことなのだろう。
 狩った魔獣の討伐証明部位も同時に提出を求められたので後で付け加えたりなどの不正も出来ないようになっている。

 全チームが帰還した後、養成所へ戻り解散となった。

 報告書の提出期限は明日中となっているが、やるべき事はなるべく早くやり終えた方がスッキリする。
 演習中無理な行程を組まなかったこともあり、二人とも体力的にも余裕があった為、早速報告書を作成し始めた。場所は俺の部屋を使った。

「意外だなぁー、ヴィルって書類作成得意なんだねぇ!」

 淀みなくサラサラと書き込んでいる俺の手元を覗き込みながらルーイが感嘆の声をあげる。

 書類は前世で散々作成してきた。正確さ分かりやすさだけを求められている報告書など楽に書ける。自社の瑕疵かしを問われないように細心の注意を払いながら改善案や改良品を提案する面倒さを思えば朝飯前だ。

 提出書類には決まったフォームはない。
 各チームバラバラの書式で提出されるとは採点する側も大変そうだなと思いながら記載を続ける。

 標題、要旨、方針、実行動…は簡易的なタイムテーブルをつけておくか…食事や狩った魔獣なんかは表にして…あとは改善点と対策も記載すれば…

 うん、こんなもんで良いんじゃないか?

 ルーイに渡して補足事項などがないか確認して貰う。

「はやっ!見やすっ!短いのに分かりやすい!えー、直すとこなんて無いよー」

「なら提出してさっさと終わらせるか」

 部屋を出ようと立ち上がったところで扉がノックされた。二人で移動し扉を開ける。

 開けた先にはジストナーが立っていた。

「ヴィル話が…」

 ジストナーが言いかけてやめる。その視線は俺の後ろのルーイにとまっている。

「何だ?」

「いや…やっぱり後で…」

 ジストナーは俺に視線を戻すことなくきびすを返して隣室へ戻っていってしまった。

「んー…多分誤解されてるんじゃないかなぁ?」

「誤解?」

 部屋を出て扉を閉めながら呟いたルーイの顔を見る。

「うん、ほら…彼らに襲撃された時、あの嫌ーーな奴が言ってたこと覚えてる?」

 歩きながら考える。何か言ってたか?
 嫌な奴の中傷や暴言は右から左に流す方針なので心にとめていない。

「覚えてない?その…演習中に乳繰り合ってる奴らに…ってくだり…」

 そういえばそんな事も言っていたな…

「あれさ、たぶんさ、僕達がその…股間を確認しあってたのを見られて誤解されたんだろうね…」

 そうあの時は股間にかかったモザイクの状況を確認して貰おうとしていたのだ。
 襲撃により中断されてしまっていたが、後日改めて確認して貰うことができた。

 結論から言うと、ルーイにモザイクは見えなかった。
 俺の股間は俺だけが見ることが出来ないのだ。

「すまない…俺のせいだな」

 あの口の軽そうなアグスのことだ。吹聴して回らないとも限らない。

「ううん、ヴィルのせいじゃないし僕はかまわないんだよ」

「しかし変な噂が流れたら…」

「僕は元々評判良くないんだよね…。ほら、例の『魅了』のせいで節操なくたぶらかしては捨てているって噂流れちゃってるから慣れてるし」

 あははと軽く笑いながら流しているが、傷ついていないはずはない。
 俺に『魅了』が効いていない事をあんなに喜んでいたのだから。

 どう声をかければいいか分からずただポンと肩に手を乗せた。ルーイはきょとんとした顔をしたあと口元を緩めて微笑んだ。

「ありがとう。ヴィルは優しいね」

 そう言われて困ってしまう。
 俺を助けようとして事実無根の噂を立てられるかもしれない状況なのだ。
 それなのに俺をおもんぱかって笑ってみせる。
 優しいのはルーイの方だ。

「俺のせいだ。ルーイは俺に怒る権利がある」

「ええっ?怒る権利?!…何ソレ、可笑しいっ。うーん、権利があったとしても怒らないよ?」

 ルーイがクスクスと笑いながら俺を見る。

「信じてくれる友達が居るから平気!僕よりヴィルの方が大変なんじゃない?レーベンは大事な友達なんでしょ?なんか気まずい感じになってたみたいだけど…」

 確かに気まずい。
 ジストナーが好きだと自覚してしまったから余計にどうしたらいいかわからない。
 元々俺に対する認識の誤解を解こうと思っていたが、更に新たな誤解も重なってしまった。
 完全にキャパオーバーだ。

 そうこうしているうちに担当教員の元につき、報告書の提出を済ませた。

「さてと。無事に演習も完了したし。本日のメインイベントといきましょー」

 ルーイが張り切ってかけ声をかける。

「突撃庶民の大浴場ーー!」

 なんだか前世のテレビ番組で聞いたようなフレーズだ。
 テレビ番組で言うなら俺の気分的には幼児におつかいをさせる番組の方が近い。悲しいかな、見守る大人ではなくおつかいをする幼児に共感を覚えている。

 サンプルが少なすぎて、股間および乳首にモザイクがかかってしまう条件がわからない為、検証数を増やすことにしたのだ。
 それには大浴場を利用するのが早いのではないかという、ルーイの提案を受けてこの度の突撃が決まったのだ。
 庶民の部屋には浴室が備えつけられていない為、共同浴場が設けられている。
 普通貴族は利用しないものなので、ルーイの誘いが無ければコミュ障の俺にとっては敷居が高すぎて近寄れない場所だ。
 現世の大浴場はどのような作りになっているのだろうか。
 色々な意味でドキドキする。

 俺は自分の部屋を経由してきたので着替えを用意していたが、ルーイは持っていなかったので、大浴場の前で落ち合う約束をして一旦別れる。

 先に到着した俺は大浴場の入口前でルーイを待つ。
 待っている間、幾人かが大浴場に向かってきた。
 しかしどの人も俺の姿を見つけた途端ギョッとした顔をして帰っていってしまう。

「ヴィル、お待たせー」

 ルーイが手を振りながらやって来た。

「ルーイ…本当に俺が使っても構わないんだろうか…?」
 
「心配ないって。一応誰でも使っていいってことになってるんだから」

「俺を見て帰ってしまった人がいるんだが…」

「真顔で入り口に突っ立ってたから怖かったんじゃない?背も高いし上から見下ろされて威嚇されてると勘違いしちゃったんだね。実はむしろヴィルの方が怯えてるのにね~」

 ルーイがアハハと笑いながら言う。

「…ルーイは案外辛辣なとこあるよな…」

 可愛い天然系かと思いきやS属性有…?

 からかわれたが少し緊張はとけた。
 脱衣所に足を踏み入れる。

 脱衣所は簡易的な棚が並んでいるだけで銭湯の脱衣所のように椅子などはなかった。
 風呂上がりらしき3人が着替えをしているのが見える。皆背を向けて体を拭っている最中でここからではよく見えない。
 棚の前まで移動して衣服を脱ぎながらチラリと隣で着替えている人を見やる。
 隣の男もこちらを見て一瞬固まった後、慌てて着替えのスピードを上げて逃げるように出て行ってしまった。

 申し訳なさと若干の悲しみから溜息が溢れる。

 その溜息で俺の存在に気づいた様子の残りの二人も慌てて出て行ってしまった。

 落ち込む俺の肩をルーイがポンと叩く。

「大丈夫、大丈夫!中の人は逃げられる前に確認できるって」

 うん、全然大丈夫ではないし、そういう問題でもない。いや…そういう問題なのか?

 サラリと丸め込まれつつ二人で浴室へ向かう。

 浴室内には腰より少し高い程度の細長いものが一つと、奥にもう一つ日本の温泉と変わらない形の浴槽があった。どちらも石材製だ。どうやら細長い方の浴槽は浸かる為の物ではなく、石鹸で体を洗った後それを流す為の湯を溜めているものらしい。そこで体を洗った後に奥の浴槽に浸かるという方式のようだ。
 演習後なので利用者も多いだろうと見積っていたが、時間が早すぎたせいかまだ五人しか居ない。入口で幾人かに逃げられたせいもあるだろう。
 洗い場に三人、浴槽に二人。
 さり気なく洗い場の三人を確認すると泡まみれの一人を除いた二人はモザイクがかかっていないことが確認できた。立ったまま洗う方式なので確認しやすい。
 泡まみれの一人の隣へ行き、自分の体を洗いながら彼の泡が洗い流されるのを待つ。
 泡が流れてやはりモザイクがかかっていない事が確認出来たが、目も合ってしまい、またギョッとされる。

 いたたまれない…。
 股間や乳首を盗み見ているだけに余計に。
 ここで自然に会話でも出来ればこの空気が払拭出来るのだろうが、コミュ障の俺には到底無理だ。

 隣の彼は浴槽にも浸からずにそそくさと脱衣所へ逃げていってしまった。

 奥の浴槽を見ると一人が上がろうとしており、やはりモザイクがかかっていないことが確認できた。
 ルーイは既に浴槽に浸かり、先に入っていたもう一人と何やら話をしていた。
 つい距離を取った場所に入ってしまう。
 離れて様子を伺っていると、話を続けていたルーイが振り返った。

「ちょっと彼と話があるから、先に上がるね」

 もう一人の肩を抱くようにして…いやどちらかというと無理矢理連行するようにして二人で上がって行ってしまった。
 連行されていった彼も上がりしなにモザイクがかかっていない事は確認できた。

 一体どうしたんだろう?

 首をかしげた後、はっと気づく。

 えっ?!ここに俺一人置き去り?!

 慌てて上がろうとしてハタと気づく。
 ルーイの様子からして俺が居ない方が都合が良さそうな雰囲気であった。
 緊張しながら周囲を伺う。

 あれ?誰も居ない…

 いつのまにか本当に一人きりになっていた。どう考えても俺のせいだろう。

 いたたまれない気持ちではあったがホッとする気持ちもあり、ゆっくり湯船に浸からせてもらうことにした。
 
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