【完結】出戻り令嬢の三度目の求婚

丸山 あい

文字の大きさ
21 / 57

身内 Ⅱ

しおりを挟む
 一新に視線を受け、キルシェは思わず息を呑む。

 ビルネンベルクは大らかな表情だが、見慣れない会ったばかりのあの大ビルネンベルク公にまっすぐ視線を向けられて、キルシェは身体が強張り、喉が引きつった。

 その喉の引きつりを和らげようと、米の酒を一気に煽った。

「おやまぁ」

「おっ」

「キルシェ、そんな飲み方は……」

 流し込んだ酒が、身体の中を流れ落ちていくのがわかる。そして、かっと身体が熱くなって、まるで喉を焼かれるような心地に思わず咳き込んでしまった。

 横に並ぶリュディガーが慌てて背を擦ってくれるが、キルシェはそれを制した。

「だ、大丈夫です」

 そしてひとつ呼吸を整える__が、吐き出す息は特に熱い。

 それでも、その熱に叱咤される心地がして、押されるままに言葉を続けた。

「__わ、私が、色々と話を進める機会を奪っていて、それで今後のことを話し合えていないのです」

 ほう、とアルティミシオンは腕を組んだ。その顔は、どこか笑っているように見える。

「今日、それに気づいて……。それで、今日は初めてそれなりに話せましたので、明日から時間を作って色々と話し合っていこうとなりました」

「なるほど、そういうことか」

 言いながら、アルティミシオンはキルシェの酒盃に新たに注いだ。

「__あ、ありがとうございます」

「なんの。であれば、まぁ、これ以上は色々と言うまいよ」

 畏れ多く感じて反射的に礼を言えば、笑ったアルティミシオンは、自身の酒盃にも注ぎ入れると、掲げるように酒盃を持った。

「__幸多からんことを」

 アルティミシオンは掲げた酒盃を口に運んで一気に煽り、ビルネンベルクもまた倣う。

「恐縮です」

 そう言って杯を掲げてからリュディガーもまた続くので、キルシェもそういうものだ、と酒盃を煽る。

 飲み込んだ酒が流れていくのがわかる。酒が触れた胎内が、熱くなるのだ。

「キルシェ、おふたりに続かなくていい。飲み慣れていないだろう、それは」

「これ、飲みやすいので大丈夫よ。お米のお酒って不思議ね」

 横でリュディガーが何故か心配する声を上げるので、キルシェは笑って答える。

「だろうだろう。大ビルネンベルク公がおられる席だし、大晦日でもあるからね」

「先生……」

 くつくつ、と笑うビルネンベルクに、リュディガーが咎めるような声を上げる。それがキルシェには妙に面白く見えた。

 ひとしきり笑ったビルネンベルクは、やがて静かに杯を見つめる。

「__キルシェ」

「はい」

「__彼で、いいのだね?」

 ビルネンベルクが静かに問い、視線を向けてくる。

 その顔は、真摯な顔である。

「彼でなければ、受けておりません」

「そうか」

 ビルネンベルクは大らかに目を細めた。

 それに、とキルシェは言葉を続ける。

「__私が尊敬申し上げる先生のお気に入りで、先生のお墨付きですし」

 冗談めかしていえば、ビルネンベルクが笑った。

「おや、上手いことを言うようになったね、キルシェ」

「はい。恐れながら、私も先生のお気に入りですから、色々と学ばせていただいた成果をお見せしないと。それに、今後も学んで……先生という良いお手本の、側近くに置かせていただいておりますから」

「まったくもって、君は本当に気に入りだよ。いやはや、一層磨きがかかったねぇ。__リュディガーにはもったいないぐらいだ」

 くつくつ、と笑うビルネンベルクに、キルシェは、ふふ、と笑う。

 何故だろう。すごく心地よい高揚感がある。

 やり取りを見守る視線を向けていたリュディガーに、キルシェは顔を向ける。

 そして、彼の膝に置かれていた手に、卓の死角で人知れず手を伸ばす。

 珍しく、リュディガーがびっくりとした顔を見せたので、キルシェは小さく笑ってしまった。すると、彼はとてもあたたかく大きな手が、握り返してくれた。

「これから、色々と話を聞かせてください」

「ああ、無論」

 ぎゅっ、と彼の手が握ってくる。

 リュディガーの見つめる目は穏やかで、キルシェは胸の奥底から春めく心地が広がった。

 それに浸ってしまいたくなるが、ここには自分たちだけではない。そうした分別はキルシェにはあるから、そこで自ら手を放した。

 そして再び食卓へキルシェが視線を落とした直後、リュディガーが椅子を蹴る勢いで立ち上がった。

 直前までの穏やかな雰囲気を断ち切るぐらい、その勢いは爆ぜるよう。

 リュディガーはキルシェの背後へ躍り出て腰に佩いた得物に手をかけるので、キルシェは身を弾ませながら大きな背を振り返る。

 彼はまっすぐ、庭に面した硝子戸を見つめているようだが、キルシェには大きな身体で死角となってしまっていて、何事かをうかがい知ることができない。

「お、いい心掛けだ、リュディガー」

 あまりにも大らかな、緊張感の欠片もない声は、アルティミシオンのもので、キルシェは__キルシェだけでなく、リュディガーも、え、と短い声を出してアルティミシオンを振り返った。

 アルティミシオンは、食事をひとつ頬張ったところである。

 戸惑いながらビルネンベルクを見れば、彼もまた持っていた酒盃に口をつけたところで、視線が合うと肩をすくめて笑みを浮かべる。

「……よろしい、ですかね?」

 瞠目していれば、がちゃり、と硝子戸が開く音の後に、伺いを立てる声があった。

「やっと来たな」

 アルティミシオンの声は、笑いを含んでいた。キルシェもリュディガーも弾かれるように硝子戸の方を見る。

 そこには、人の好さそうな笑みを浮かべた青年がひとり、後ろ手で硝子戸を締めるところだった。

 栗色の髪と淡褐色の瞳のやや細身の男の姿は、記憶に新しく、キルシェもリュディガーも知った人物で、まさか、と驚いてお互いに顔を見合わせる。

「表から入らないということは、後ろめたいことがあるようだ」

「私が声をかけたのでな。裏からこい、と」

「左様にございます。__今宵はお声がけいただきまして恐悦至極にございます、大旦那様」

 アルティミシオンは、壁際に置かれていた椅子を示して、同じテーブルに適当に座るよう仕草で促した。

 食卓としているテーブルは長く大きく、四人で座るには大きすぎるため、空きならばいくらでもある。

 彼は指示を受けてから、まとっていた外套を脱いで壁際の椅子のひとつにかけると、長い棒状の物を手に、真横の椅子一脚を運んで、アルティミシオンの並びに椅子をおき腰掛けた。__並びといっても、三席分ぐらいの間隔を空けてであるが。

「どうも、お嬢様におかれましては、息災のようで。ナハトリンデン卿も」

 キルシェは未だに驚きに、はくはく、と口を動かすばかりで、男は笑顔を向けてきた。

「何故、クライン殿が……」

 リュディガーとは時間差で、先の任務にあたっていた者である。

「あぁ、ナハトリンデン卿、今は、ライナルトです。ライナルト・アーク」

 くすくす、と笑う細身の男は、座ったままわざとらしく大げさに丁寧な礼をとってみせた。

 __別の任務についているのね……。

 別の姓名を名乗っているということは、概ねそういうことなのだろう。

 しかしながら、髪型こそ違うものの、相変わらずの飄々とした雰囲気である。

「お……お、お元気そうで、ライナルトさん」

 キルシェが辛うじていえば、彼は満足気に頷く。

「ええ、それはもう。__しかしながら、ナハトリンデン卿も、よく察しましたね」

 さすがです、とライナルトが称えるリュディガー。

 彼は呆然と立ったままで、ビルネンベルクが笑いながら座るように促して、やっと我に返って着席した。

「伊達に私が直接、苛め抜いたわけではないからな」

「またまたご冗談を。大旦那様が苛め抜いていたら、彼は今頃、廃人でしょうに」

「酷い言われようだな。__お前さん、色々な任務に就いたのだから、いくらか性根が腐ったか。叩き直してやろうか?」

「こわやこわや。私はナハトリンデン卿ほど強靭ではございませんよ。肉体も精神も」

 自嘲を浮かべながら、ライナルトは手にしていた棒状の物をアルティミシオンに差し出した。

「お約束の物です」

「あぁ、すまん、助かった。__ライナルトには、打ち直しを任せていたこれを届けてもらうのが目的でな」

「それは、大業物おおわざものですか」

 ああ、とビルネンベルクに頷くアルティミシオンは、ライナルトから受け取った棒状の物にまかれている布を解きにかかる。

「大業物……」

「アルティミシオン先生の得物のひとつだ。先生は槍と、刀剣を一振り愛用されている。我々と同じでやや反りのある種類の。先生のは、長さがかなりあるものだ」

 リュディガーが耳打ちしてくれるが、キルシェは武具について明るくないため、へぇ、とぼんやりとした頷きしか返せなかった。それを察して、リュディガーも苦笑を浮かべる。

 鞘からぬらり、と抜き放つと、アルティミシオンは刃をじっくりと観察し始める。確かに、リュディガーが腰に佩いているものよりも長いということだけはわかった。

「いかがでしょう?」

「斬ってみないことには。だが、良さげではあるな」

 助かった、と改めてライナルトに言って鞘に納め、得物は帯執おびどりで腰掛ける椅子の背もたれに引っ掛けた。

 そして酒盃をひとつ取って、酒を注ぐアルティミシオンは、ライナルトへと差し出す。

「お駄賃は、改めて」

 __お駄賃……。
 
 恩師ビルネンベルクも、それなりに使う言葉なのだ。仕事を任された折など、心付けを渡されるのだが、そうしたときに冗談めかして言う。

 大ビルネンベルクもまた、同じような柔らかく穏やかな響きで言っているものだから、思わずキルシェは笑ってしまった。

「はっ。ありがとう存じます」

 ライナルトが酒盃を受け取ったのを見、アルティミシオンは自身の杯を掲げるようにして煽った。

「__さぁ、仕切り直そうか」

 その言葉を皮切りに、夕餉が再開された。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【完結】公爵令嬢は勇者への恩返しを試みる〜サブヒロインとして頑張ります〜

マロン株式
恋愛
 公爵令嬢ユウフェには、ひとつだけ秘密がある。  ――この世界が“小説の中”だと知っていること。  ユウフェはただの“サブヒロイン”で、物語の結末では魔王のもとへ嫁ぐ運命にある……はずだった。 けれどーー  勇者の仲間、聖女、そして魔王が現れ、〝物語どおり〟には進まない恋の三角関係(いや、四角関係?)が動き出す。  サブヒロインの恩返しから始まる、ほのぼの甘くて、少し切ない恋愛ファンタジー。 ◇◇◇ ※注意事項※ ・序盤ほのぼのめ ・勇者 ✖ サブヒロイン ✖ 魔王 ✖ 巫女(?)の恋愛模様 ・基本はザマァなし ・過去作のため、気になる部分あればすみません ・他サイトと並行改稿中のため、内容に差異が出る可能性があります ・設定ゆるめ ・恋愛 × ファンタジー

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

二年後、可愛かった彼の変貌に興ざめ(偽者でしょう?)

岬 空弥
恋愛
二歳年下のユーレットに人目惚れした侯爵家の一人娘エリシア。自分の気持ちを素直に伝えてくる彼女に戸惑いながらも、次第に彼女に好意を持つようになって行くユーレット。しかし大人になりきれない不器用な彼の言動は周りに誤解を与えるようなものばかりだった。ある日、そんなユーレットの態度を誤解した幼馴染のリーシャによって二人の関係は壊されてしまう。 エリシアの卒業式の日、意を決したユーレットは言った。「俺が卒業したら絶対迎えに行く。だから待っていてほしい」 二年の時は、彼らを成長させたはずなのだが・・・。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

処理中です...