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第4話 みんななんにも分かってない

みんな分かってない【入籍編】 その4

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「香凛、何も言われたことをそのまま受け入れる必要ないだろ」
 征哉ゆきやさんがまるで言い聞かせるようにそう発したけれど、私はそれを無視した。


 賛成してもらえるなんて、祝福されるなんてこれっぽっちも思ってなかった。
 反対されると、拒絶されると分かっていたでしょ。
 お世話になってきた人達に余計な心労をかけると、嫌な思いをさせると分かっていたでしょ。


「でも」


 でも。


「多分、変わらないです」
 それでも私の心は変わらない。
 私は、自己中心的だから、自分の心を曲げられないから、征哉さんを諦められないから。
 だから、どれだけ恩を仇で返すようなことになったとしても、自分のこの気持ちを貫こうとするだろう。
 罵られても、おかしいと言われても、そうそう翻すことはできないのだ。


「どれだけ距離を、時間を置いても、少なくとも私は、私の心は変わらない」


 私はきっと二人にとって疫病神だろう。息子に憑り付く疫病神。
 この女が息子をおかしくしたって、人生滅茶苦茶にしたって、そう思われたっておかしくない。仕方ない。


「それを、証明するだけだと思います」
 距離や時間を置けと言うならそうする。五年でも十年でも、それで、私の気持ちが、本気が証明できるならいくらでも。熱に浮かされてるんじゃないって、他のどんな感情を恋情に置き換えてるんでもないんだって実感してもらえるならいくらでも。
 しわくちゃのおばあちゃんになったって、私は絶対に他の男の人なんて選ばない。
「他なんて、あり得ないんです」
 胸が痛まない訳じゃない。申し訳ないと思う。反対されるのは、素直に辛い。


「…………それでも、私は、反対です」
 いくら想定していたとは言え、こうもはっきりと言葉にされるときりりと全身が痛んだ。
 誰にも、祝福されない。誰のことも、幸せな気持ちにしない。
 自分のエゴを押し通そうとして、私は不幸を撒き散らしている。


 自分の気持ちを変えることは、否定することはできない。
 私は征哉さんを愛している。


 でも。


 自分のしていることが、気持ちがどうしようもなくおかしいものなのだと、そういう風に思えてくる。
 やっぱり間違いなのだと、そういう風に思えてしまう。


 私、おかしいのかもしれない。おかしいことをしているのかもしれない。
 芳美おばあちゃんを、高久おじいちゃんを悲しませ、困惑させる資格が私にあるだろうか。
 ないに決まっている。


 ひどいことを、している。私が、パパを好きになったりしたばかりに。
 他の誰かを受け入れてみようとしなかったばかりに。


 それに。


 離れてみろと言うならそうする。でも、大丈夫だろうか。
 本当に、本当に大丈夫?
 離れて暮らして、本当に心は変わらない? 揺らがない?
 私は揺らがなくても、征哉さんは?
 征哉さんに、両親を蔑ろにはできないと、認めてもらえないなら結婚はできないと言われてしまったら、私は大切なのは私達二人の気持ちでしょ、他の人なんて関係ないでしょ、だから私を選んでよ、私の方が大切でしょって、そうは言えない。


 怖い。怖くて、不安で堪らない。
 覚悟を決めたつもりだった。覚悟を決めてくれたから、プロポーズしてくれたんだと思ってる。二人、手を離さないと強く心を固めたから、こうして告白することになったのだ。
 でも、未来なんてどうなるか分からない。保証されてるものなんて一つもない。
 硬く握り合った手は、もしかするとふとした瞬間にあっけなく離れてしまうのかもしれない。


“それでも、私は反対です”


 突き付けられた言葉を反芻する。
 頑なな、声だった。そうそう簡単に翻される言葉ではない。
 しつこくしつこく訴えて、無理矢理に認めさせるのは違うと分かっている。もしかしたら、そもそも認めてもらうのは一生をかけても無理なのかもしれない。


 結婚するだけなら簡単だ。紙切れ一枚で、自分達の意思だけでできる。してしまえばいい。
 でも、全く認められていないのに“結婚”を押し通しても、その後の私達の暮らしにはどこか後ろめたさが残るだろう。罪悪感を覚えながら暮らしていくことになるだろう。
 そこまで考えて、自分に嫌気が差す。


 私は、やっぱり私のことばっかりだ。
 自分が重たいものを背負いたくないから、暗いところのない生活がほしいから、だから認めてほしいのだ。祝福してほしいのだ。人の心を変えたいと傲慢なことを考えるのだ。
 私には、やっぱり何もかも足りていないのかもしれない。資格が、ないのかもしれない。



 征哉さんこの世で一番大切な人の隣で、一番近くで生きていく資格が。



 あぁ、でも、資格ってなんだろう?



 気持ちだけではどうにもならないと、そのことに私達のどちらかが気付いてしまう瞬間が来てしまうのではないか。
 心の底で、そんな予感に怯えている。




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