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第三章 新魔王誕生編

鬼国陥落

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 残りは鬼王イバラキと参謀キドウ。

「国が傾いた元凶二人が残ったのぉ。国の外にはお前らの部下たちが数万とおると言うのに、誰一人として助けに来ん。何故か分かるか?」

「……しっ、知るか! 何故誰も助けに来ん!」
「こうなってもまだ分からんのか……救いようのない奴らじゃ。お前らは部下を肉壁くらいにしか思うとらんじゃろ。誰がそんな王を助けたい。考えたら分かるじゃろうに、お前らは終わりじゃよ」

 ベンケイは薙刀を水平に構えた。

『薙刀術 水車みずぐるま

 その速さにキドウは全く反応出来なかった。
 目を見開いたまま、左右対称に真っ二つに裂けて地に倒れた。

「テン、お前の出番じゃ」
「あぁ、恨みをぶつけてくるよ」

 イバラキは引き攣った顔で小刻みに震えている。

「なぁ……ベンケイ、昔からのオメェとオラの仲じゃねぇかぁ、何でこんなことすんだよぉ」
「ワシを陥れて追い出したのは誰じゃ、くだらん事を言うな。最後くらいは一国の王らしく散ったらどうじゃ。心配するな、お前の相手は一人じゃ」

「……クッソォ! このチビだけでオラに勝てるだとぉ!? 舐めやがってぇ!」

 イバラキは巨大な金棒を構えた。
 龍族との大戦で左腕は無い、それでもなお恐れられた怪力だ。

 巨体がテンに襲いかかる。
 イバラキの金棒は虚しく空を切り、テンを見失った。

「遅すぎるぞイバラキ。あんた、部芸の修練してなかっただろ。誰がこんなに弱い奴に従うんだよ、昔はあんたの強さに皆がついてきてたんだろ? 爺さんが言ってたよ」

「……うるせぇ! 王の命令に従うのは当然だろぉ!? なんでオラが下っ端を守らなきゃならねえんだぁ!」

「……愚王が。もういいよ」

 テンは呆れ顔で薙刀を中段に構えた。

『薙刀術 腰車こしぐるま

 遠心力にテンのスピードが乗った横薙ぎの斬撃。イバラキの両脚を付け根から切り落とした。

「グアァァ――ッ!」

 自分の闘気による防御を過信したのだろう。何が起きたのか分からないといった顔だ。
 イバラキは両脚を無くし、地に尻もちをついた。

「小鬼族と蔑んだ奴から見下ろされる気分はどうだ?」
「なっ……なんでオラが斬れる!?」
「さっきも言っただろ、武芸の修練を怠ってたあんたに昔程の強さはねぇよ」

「……ちょっと待ってくれぇ!」
「始祖四王が命乞いなんてやめてくれよ。じゃぁな」
 
『薙刀術 風車かざぐるま

 二千年以上に渡り、鬼国を支配してきた王の首が飛んだ。拍子抜けするほど呆気なく。

「鬼王の名の上に胡座あぐらをかいてた報いね。どう? 両親の仇を討った感想は」
「……虚しいな。こんなクズを殺したところで気は晴れねぇ、何も変わらねぇ」
「復讐なんぞそんなもんじゃろ。果たした所で元に戻る訳では無い。良し、勝鬨かちどきを上げるのはお前じゃ」

 テンは一度うつむき、薙刀の切っ先を天に突き上げた。
 
『鬼王イバラキを討ち取ったぞぉ――! オラ達の勝利だぁ――!』

『オオォ――ッ!!』

 テンは両親であるスズカとオーステンの仇を取った。勝鬨を上げたその目には光るものがあった。


 ◆◆◆


 鬼国は落ちた。
 愚王と側近は一人残らず死んだ。鬼国の民がこれからどう暮らすかなんて誰も興味が無い。

 あれから直ぐに村に向けて引き返し、朝には到着した。

「皆! 疲れているだろう! 勝利の宴は晩じゃ! 昼過ぎまではゆっくり休んでくれ!」
 
 夜は村を上げて宴をする。
 昼過ぎから皆でその準備をする手はずだ。

「はぁ、確かに疲れたわね。寝る前に汗を流したいわ」
「あぁ、同感だ。爺さんの屋敷にお邪魔しよう」

 ベンケイ爺さんの屋敷には木製の浴場がある。男達はそこで汗を流し、ワタシとサランは他の家の風呂を使わせてもらい、それぞれの屋敷で寝床に着いた。


 凄く良く寝た感じがするが、まだ昼過ぎだ。
 昨日の昼から何も食べていない、お腹がすきすぎて目が覚めた。
 サランも隣で寝ているけど、ワタシが目覚めて直ぐに起きた。冒険者の癖だ、物音がすれば直ぐに目が覚める。

「おはよう、サラン。おはようじゃないわね、もうお昼ね」
「そうですわね、とにかくお腹がすきましたわ……」

 外に出ると、皆がせっせと宴会の準備をしている。

「おぉ、二人とも起きたか! 腹が減っただろう、握り飯を食え!」

 サンキチから一日ぶりの食事を受け取った。麦飯のおにぎりだ。

「あぁ、塩がきいてて美味しいわね……今は何を食べても美味しいでしょうね……」
「えぇ、これくらいにして、夜のためにお腹をすかせておきたいですわね」


 ベンケイ爺さんの屋敷の前は開けている。
 鬼国を攻める時にもここに集まった。村を上げて宴会をするなんて初めての事らしい。
 テンとその両親の犠牲の上に成り立った平和だ、宴会をする気にもなれなかったようだ。

 テンは無事に戻り、スズカとオーステンの仇は取った。皆の表情は生き生きしている。

 所々に明松を置き、獣や魔物の肉料理、焼いた川魚など、いつも通り簡素な物ではあったけど、空腹の今は何を食べても美味しいはずだ。
 シュエンが持ってきた調味料の数々はもう既に使い果たしてしまっているらしい。
 濃い味が恋しいのは確かだ。


 夜になり、二千人の村人が一同に会した。
 鬼国の酒は麦を原料にした蒸留酒が一般的だ。焼酎という酒で癖がなく飲みやすい。ワタシ達も気に入っている、水割りが特に美味しい。
 皆に酒が行き渡った。

「皆のお陰であの愚王は死んだ! もう皆を差別するものも居なくなったじゃろう! この村では初めての宴じゃ! 皆楽しんで欲しい! 乾杯!」

『カンパーイ!!』

 ベンケイ爺さんの乾杯で、二千人の大宴会が始まった。
 皆で肩を組んで騒いで飲んでいる者、料理を作りながらそれをつまんで飲む物。
 酒好きの種族だ、皆がいい顔をして飲んでいる。

「なんだこれ……ウェッ、まじぃ……」
「テンにはまだ酒は早かったか。ほらよ、そう思って蜜柑を絞っといたぞ」
「うん! こっちがうめぇ!」

 背は伸びたけど、まだテンは子供だ。
 その子供が、鍛錬を怠っていたとはいえ二千年以上君臨した四王の一人を子供扱いした。

「テンよ、イバラキ亡き今お前が鬼族最強の戦士じゃ、しかも、お前はまだ子供じゃ、修練次第でさらに強くなる」
「イバラキ弱すぎたぞ、あんなもんに勝っても自慢にもなりゃしねぇ」
「他種族の戦闘法を取り入れるというのは、こうも戦闘力を上げるものなんだな。オラァ達も前とは比べもんにならねぇ」

 
 始祖四王の一角が落ちた、初代魔王アスタロス以来の事だ。その後すぐにリリスが魔王を名乗った。

「ねぇテン、アナタが鬼王を落としたのよ。じゃあ、アナタが新しい鬼王を名乗ったらどう?」
「オラが……?」

「そうじゃな、あんなものただの称号に過ぎん、鬼王を倒した者が新しい鬼王でいいのではないか?」
「いやいや、オラまだ子供だぞ?」
「子供でも鬼族一の戦士じゃ、それは皆が認めておる」

 テンは納得いかない様子だ。

「テン、これからワタシは魔都に行って魔王リリスを殺す。アナタたち鬼族の力が必要なの、アナタが先頭に立って力を貸してくれないかしら?」

 テンはワタシに向き直って言う。

「当たりめぇだろ、あんたらのお陰でオラは鬼国に復讐できたんだ。マモンの頼みならこの村の誰もが協力する」
「そうじゃな、この老いぼれも勿論連れて行って貰うぞ」

 ワタシ達はシルヴァニア城を落とした後、そこを拠点にするつもりでいる。
 その為には彼らの協力が必要だ。この宴会場にいる二千人の大移動になる。

「ねぇ、テンが鬼王になるのなら、ワタシはリリスを殺して魔王になるわ。魔都には今は誰も住んでいない町があるの、もし良ければだけど、鬼族の皆でそこに移住しない?」
「成程な、鬼王と魔王が同じ国に住み手を組むと言うことか。仙族と龍族は同盟関係にあると聞くしのぉ」

 テンは周りで酒を楽しんでいる皆を見回してから少し考えている。

「なぁ……王って言うのは、皆に認められた者を言うと思うんだ。自称するのは違うと思うんだ。オラが皆に認められたその時は、鬼王を名乗るよ」

 ハッとさせられた。
 確かにそうだ。

 ワタシがリリスを斃したとしても、国の皆に認められない限りは国として纏まる事はない。リリスが今している事と変わらない。

「……そうね、正論だわ。ワタシも魔都をあの暗君から救いたい。その気持ちを持たないと国は纏まらない……目が覚めたわ」
「とりあえずは皆で魔都に行くんだ、鬼族と魔族の行く末はそこで決めても良いんじゃないか? どちらも愚王に傾けられた国だ」
「そうね、ワタシ達が勝手に決める事じゃ無いのかもね」

 子供のテンの方がよく考えている。
 ワタシは自分の事しか考えていなかった、リリスを殺した後の事なんて全く考えてなかった。自ずと皆が従うものだと思ってた。

 国は人だ、一人の力で創るものじゃない。
 リリスと同じ道を歩む所だった。

「ありがとうテン、ワタシ達がしなきゃいけない事が見えた気がするわ」
「まぁ、オラも難しいことは分からねぇ、目の前の事をとりあえず片付けようよ」
「そうね、ベンケイ爺さん。魔都攻めはアナタの統率力ありきだわ、協力して貰えるかしら?」
「当たり前じゃ、お前らには恩を返さねばならん。少し皆を休ませて魔都に向かおう。皆もそのつもりでおる、お前らはもう仲間じゃ」

 
 仲間……その言葉が一番沁みた夜かもしれない。
 まさか子供に諭されるとはね、今日は皆との酒宴を心ゆくまで楽しもう。
 
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