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第四章 学園編・1年後半

第160話 マッスル・乙女チック

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 そんなわけで、私はミスミ教官の担当する選択科目が楽しみになった。実戦的な事をしてくれるはずだから、期待大である。
 その一方で、サキが何やらとんでもない事を言ってくれたので、そっちでも頑張らなければならなくなってしまった。ヒロインとライバル令嬢が手を組んで学園祭で出店とか、一体何をどうしたらそんな展開になるのだろうか。攻略対象たちをそっちのけである。これでいいのだろうか……。まあ、みんな婚約してるから、うん……。
 とりあえずこれで準備やなんだかんだで2か月間は退屈せずに済むだろう。
 私はあえて触れないでおく。ラムが指揮を執るらしいので、決しておかしな事にはならないはずだから。だけども、なんだろうか。とんでもない不安が私に襲い掛かっていた。杞憂だといいのですけれどね。
 その週末には、私はサクラから一緒にお出かけしないかという誘いを受けたので、私の方からサクラの住む王都のバッサーシ邸へと出向いた。
「サクラ様、お誘いありがたく思います」
「いえ、こちらこそ。まさかアンマリア様にご一緒頂けるとは思っていませんでした」
 私が挨拶をすると、サクラはどこかよそよそしかった。脳筋の彼女にしては珍しい姿だった。
「とりあえず、今日はどちらへ向かわれますか?」
 私は何の用かじゃなくてどこへ行くのかを尋ねる。サクラのよそよそしい態度に、私はちょっとした直感が働いていたからだ。
 今は25ターン目。主要キャラクターの誕生日を思い出していくと、タン・カービルの誕生日がまさにこの週だったのである。タンというのは騎士を目指す男爵令息。そして……。
「はい、ちょっと市井に買い物をしに行こうかと思いまして」
 そう言っているサクラの顔がどんどんと赤くなる。ここまで来ると鈍い人も分かるというものだ。
 サクラは私を誘って、婚約者であるタンへの贈り物を買いに行こうとしているのである。脳筋の彼女も乙女のようで、一人で買いに行く勇気がなかったようなのよ。そこで、付き添いとして私を選んだというわけである。
 いやはや、ゲームならばライバル関係になるからこんな事にはならないんだろうけどね。小さい頃から仲良くしようとしてたかいがあるわ。
 それで、サクラが私を誘った理由というのは、きっと今回選択科目を私が取ったからだと思う。ライバル令嬢たちは揃いも揃って魔法型なので、会う機会がめっきり減ってしまったのだもの。だからこそ、後期の講義で一緒になる事がある私に声を掛けるしかなかったのでしょうね。サクラってばこういうところは本当に不器用なんだから。
 そんなわけで、私たちはお互いの侍女を引き連れて、市井にある商店街へと出向いていった。その通りには文字通りいろんな商店が軒を連ねており、食料品や日用品、服から装飾品、果ては装備品までが揃うという充実っぷりである。
「サクラ様、どちらのお店になさいますか?」
 ここで意地悪にも私はサクラに確認をする。するとサクラは、らしからぬ雰囲気でもじもじと悩み始めた。好きかどうかは別として、婚約者への贈り物となればそれは迷うものだろう。しかし、サクラの様子からしていれば、タンには確実に好意を持っている感じだ。まあ、本当にタンへの贈り物かどうかは分からないけれどね。それでも、この様子を見る限りは、好意の殿方への贈り物に悩む乙女である。
 そうやって悩んでいたサクラだけれども、自分の侍女に伝えて行き先をようやく指定した。私がにこにことした表情で座っていると、隣に座るスーラが訝しそうに私の事を眺めてくる。
「アンマリア様?」
「ふふっ、何でもありません」
 はにかみながら、私はスーラにそう言っておいた。
 さて、やって来たのは……よりにもよって武器工房だった。なんでよ、ときめきを返して。
「今日はタン様の誕生日ですから。実は、夏休みの合宿を見ていて思ったのですが、タン様に合う武器というものを考えておりました。そして、思いついた武器をこちらに打って頂いたのです」
 サクラは頬を染めながら説明しているのだけれども、お出かけ用のドレスを着て、武器工房で言うようなセリフなのだろうか。やっぱりサクラの感性は分からないわ……。
 サクラの侍女が用件を伝えると、工房の主が奥から打った剣を持ってきた。それは重量感のある幅広の剣だった。
「私は細身の剣を使って素早く振り回すタイプですけれど、タン様はどちらかといえば力で叩き潰すような感じなのです。ですので、ちょっと力の伝わりやすいものの方がいいかと思いまして、この形状になったのです」
 サーベルよりも明らかに太い剣身が特徴の、ゲームなんかでよく見る一般的な剣である。しかし、柄をよく見てみると、不思議な穴が開いていた。
「サクラ様、この穴は?」
「ああ、これですか。主人、お願いします」
「あいよ」
 開いた穴に魔石を詰めている。なんとまあ、魔石を入れる穴とは面白いわね。
「ちょっと見ていて下さいね」
 サクラはそう言うと、剣を握って魔力を通し始める。すると、剣身から炎が噴き出したのである。
「魔法剣?!」
 私は叫んでしまった。
「はい、魔力を通して、剣自体に魔法をまとわせる剣なんですよ。これは、アンマリア様に作って頂いた魔石剣を参考にさせて頂きました。魔力を通しやすい魔法銀の剣だからこそできる、特殊な剣なんですよ」
「ほへー……」
 にっこりと微笑むサクラに、私はただただ呆然としてしまった。
 でも、いくら殿方に送るとはいっても、令嬢が思いつくプレゼントですかね、それって!?
 私はツッコミを入れたくなったけれども、なんとか言葉を飲み込んだのだった。
 そして、サクラは満足げにお金を支払うと、武器工房を後にしたのだった。さすが辺境伯令嬢、発想がぶっ飛んでたわ。
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