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久しぶりに帰ったら妹の様子がおかしい
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人間たちが暮らしている唯一の国、フロイゼン。
フロイゼンは周囲を高い石造りの外壁に囲まれている。
魔物や亜人の侵攻に備えて造られたこの外壁には至る所に魔法によって書かれた文字が刻まれており、壁の強度を上げている。
その王都の中央に、白亜の城がそびえ立つ。
煌びやかではないが、どこか静謐な雰囲気を漂わせた造りのそれは、王都に住む人々の心の拠り所ともいえる場所だった。
「城に戻るのも久しぶりだな……」
マクギリアスは王城の正門をくぐり抜けた先で、城を見上げながらひとり呟く。
王国騎士団団長に任命されたのが5年前。
それからずっと国境沿いの砦で王国の騎士とともに、亜人の侵攻に目を光らせていた。
その間、一度たりとも王都に戻らなかったのは理由がある。
ひとつは、後を絶たない婚約話から逃れるため。
ただし、これは離れていようともあまり意味はなかった。
定期的に王都から手紙がマクギリアスの元に届くのだ。
差出人は名のある貴族ばかりで内容は、「王都に戻られた際に娘と会っていただきたい」といったものから、「一度、砦までご挨拶に伺いたい」といったものまで様々である。
すべて「任務が忙しい」と一点張りで断ってきたが嘘ではない。
マクギリアスが砦に着任してから5年間、大規模な侵攻こそなかったものの、亜人との小競り合いは数えきれないほど多かった。
となると、マクギリアスは騎士団長として騎士を率いて亜人の対応にあたる必要がある。
亜人の意図が分からない以上、侵攻を黙って見過ごすわけにはいかない。
そう、戻らなかった最大の理由は「忙しかった」からなのだ。
しかし、あの一件――アルベルトと勇者シュンが砦にやってきて以降、亜人は今までの動きが嘘のように鳴りを潜めていた。
小競り合いが起こることもないし、それどころか姿すら見せない。
マクギリアスが砦にきてから一度もなかったことだ。
やはり、アルベルトと勇者シュンが合流することなく捕らえられたのは、亜人にとって計算外だったのだろう。
計画を練り直しているのかもしれない。
だとするならば、少しの間なら砦を離れても支障はないはずだ。
そう考えたマクギリアスは、王都に戻ることにした。
王都に戻れば、婚約を希望する面会が殺到することは分かっている。
それなのに何故、戻る気になったのか。
答えはひとつ。
自分の心の中でいつの間にか大きくなってしまっている、あの少女の手がかりを見つけるためである。
出会ったのはあの時だけ。
話をしたのも二言三言程度、それも会話と言えるほどの内容ではない。
それでも。
あの時以来、少女の姿がマクギリアスの頭から離れないのだ。
少女のことは誰にも話していない。
マクギリアスは去り際に告げられた少女の言葉をひとり、律義に守っていた。
日に日に募る、少女に会ってもう一度話をしたいという想い。
それは、砦にいたのでは決して叶うことはない願いだった。
どんな些細な情報でもいいから彼女のことが知りたい。
そんな想いも相まって、マクギリアスは王都に戻ることにしたのだ。
「マクギリアス様、お帰りなさいませ!」
「王子、お久しぶりです!」
「こんなに立派になられて……」
マクギリアスは王城に入るとすぐ、待ち構えていた多くの者たちから歓迎を受けた。
王城には、近衛騎士や王族の身の回りの世話をするメイド、文官などがいる。
その多くがマクギリアスを一目見ようと出迎えてくれたらしい。
「皆、久しぶりだな。またこうして顔を合わせることができて、私も嬉しく思う」
マクギリアスは出迎えてくれた一人ひとりの顔に目を向けながら、ふわりと笑みを浮かべる。
その場にいた女性たちの頬が赤みを帯びた。
マクギリアスの笑顔がもう少し長く続いていたら、意識を保っていられなかっただろう。
「マクギリアス様、国王陛下がお待ちです」
文官の一人が恭しく頭を下げながら告げる。
マクギリアスはゆっくりと頷いた。
「案内を頼めるか」
「はい、こちらでございます」
通されたのは謁見の間だった。
謁見の間には父である国王と、その隣に妹のロザリアがいた。
「マクギリアス、久しいな。どれ、もう少し近くで顔を見せてくれぬか」
「はい」
玉座の傍まで歩み寄る。
国王の顔は以前よりも皺が増えているように見えた。
やはり、5年という時間は短いものではなかったらしい。
「お久しぶりです、父上」
「うむ、元気そうで何よりだ。アルベルトと勇者シュンに襲われたと聞いた時は肝を冷やしたぞ」
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
「よいよい。その2人を返り討ちにして捕らえたというのも聞いておる。さすが実力で王国騎士団長となっただけのことはあると感心しておった」
「…………」
マクギリアスは肯定も否定もせず、曖昧な笑みを浮かべるしかできなかった。
確かに、王国騎士団長になったのは自分の実力だと思っている。
しかしアルベルトと勇者シュンを倒したのはあの少女であって、自分ではない。
「ロザリアも何やら危ないところだったと聞きましたが……」
話の内容を妹へ切り替えることにした。
「私ならこの通り何ともありませんわ」
そう言って微笑むロザリアの顔は、シミ一つない綺麗なものだった。
白ポーションの効果で火傷が完治したことは、アルベルトたちを引き渡す際に王都からやって来た者から聞いていたが、ここまで見事に治るものなのかと、マクギリアスは驚いていた。
「無事でよかった。確か……勇者ヨシト殿に助けられたと聞いたが?」
「そうなんです! 私が今この場にいられるのもあの方のおかげですわっ」
ロザリアが急に声を弾ませながら叫ぶので、マクギリアスは目を丸くする。
このような妹の姿は見たことがなかった。
「そ、そうか。妹の命の恩人だ。私も礼を述べたいのだが、今はどちらにいる?」
すると、ロザリアの表情が曇る。
「……ヨシト様は魔王討伐でお忙しいのか、ここ最近はお城にお見えになることがあまりないのです」
「なるほど」
「私としては毎日でもいらして欲しいと思っているのですけれど……」
「ん? どういうことだ?」
「いえ、こちらの話です。そうですわ! お兄さまはいつまでいらっしゃるご予定ですの?」
「そうだな……」
マクギリアスの脳裏に、少女の顔が浮かんだ。
もう一度会うことが出来ればそれに越したことはない。
それが叶わぬのなら、少しでもいいから何か彼女に関する情報が欲しい。
それまでは王都にいるつもりだった。
「5年ぶりに戻ってきたからな。しばらくは居ようと思っている」
「それは良いことを聞きました。――お父様」
「どうした?」
「ヨシト様をお城に招待していただけませんか? お兄様が会って感謝を伝えたいという名目で」
「待て、ロザリア。ヨシト殿はお忙しい身なのだろう? 私の都合でわざわざお越しいただくというのは申し訳ない」
「お兄さまは黙っていてください! ねえ、お父様。お願いします」
「……わかった。呼んでみよう」
「ありがとうございます!」
マクギリアスは声に出さずに「えっ?」と心の中で漏らしていた。
父上がロザリアに甘いところがあるのは知っている。
だからといって魔王討伐とロザリアのお願い、どちらが優先すべきかなど考えるまでもない。
「よろしいのですか……?」
「国をまとめる王として考えれば、良くはないだろうな」
「それなら」
「だが、王である前に私も人の親だ。可愛い娘を応援したい気持ちがあるのだよ」
「応援……?」
その後、マクギリアスはロザリアが勇者ヨシトに恋をしていることを知った。
フロイゼンは周囲を高い石造りの外壁に囲まれている。
魔物や亜人の侵攻に備えて造られたこの外壁には至る所に魔法によって書かれた文字が刻まれており、壁の強度を上げている。
その王都の中央に、白亜の城がそびえ立つ。
煌びやかではないが、どこか静謐な雰囲気を漂わせた造りのそれは、王都に住む人々の心の拠り所ともいえる場所だった。
「城に戻るのも久しぶりだな……」
マクギリアスは王城の正門をくぐり抜けた先で、城を見上げながらひとり呟く。
王国騎士団団長に任命されたのが5年前。
それからずっと国境沿いの砦で王国の騎士とともに、亜人の侵攻に目を光らせていた。
その間、一度たりとも王都に戻らなかったのは理由がある。
ひとつは、後を絶たない婚約話から逃れるため。
ただし、これは離れていようともあまり意味はなかった。
定期的に王都から手紙がマクギリアスの元に届くのだ。
差出人は名のある貴族ばかりで内容は、「王都に戻られた際に娘と会っていただきたい」といったものから、「一度、砦までご挨拶に伺いたい」といったものまで様々である。
すべて「任務が忙しい」と一点張りで断ってきたが嘘ではない。
マクギリアスが砦に着任してから5年間、大規模な侵攻こそなかったものの、亜人との小競り合いは数えきれないほど多かった。
となると、マクギリアスは騎士団長として騎士を率いて亜人の対応にあたる必要がある。
亜人の意図が分からない以上、侵攻を黙って見過ごすわけにはいかない。
そう、戻らなかった最大の理由は「忙しかった」からなのだ。
しかし、あの一件――アルベルトと勇者シュンが砦にやってきて以降、亜人は今までの動きが嘘のように鳴りを潜めていた。
小競り合いが起こることもないし、それどころか姿すら見せない。
マクギリアスが砦にきてから一度もなかったことだ。
やはり、アルベルトと勇者シュンが合流することなく捕らえられたのは、亜人にとって計算外だったのだろう。
計画を練り直しているのかもしれない。
だとするならば、少しの間なら砦を離れても支障はないはずだ。
そう考えたマクギリアスは、王都に戻ることにした。
王都に戻れば、婚約を希望する面会が殺到することは分かっている。
それなのに何故、戻る気になったのか。
答えはひとつ。
自分の心の中でいつの間にか大きくなってしまっている、あの少女の手がかりを見つけるためである。
出会ったのはあの時だけ。
話をしたのも二言三言程度、それも会話と言えるほどの内容ではない。
それでも。
あの時以来、少女の姿がマクギリアスの頭から離れないのだ。
少女のことは誰にも話していない。
マクギリアスは去り際に告げられた少女の言葉をひとり、律義に守っていた。
日に日に募る、少女に会ってもう一度話をしたいという想い。
それは、砦にいたのでは決して叶うことはない願いだった。
どんな些細な情報でもいいから彼女のことが知りたい。
そんな想いも相まって、マクギリアスは王都に戻ることにしたのだ。
「マクギリアス様、お帰りなさいませ!」
「王子、お久しぶりです!」
「こんなに立派になられて……」
マクギリアスは王城に入るとすぐ、待ち構えていた多くの者たちから歓迎を受けた。
王城には、近衛騎士や王族の身の回りの世話をするメイド、文官などがいる。
その多くがマクギリアスを一目見ようと出迎えてくれたらしい。
「皆、久しぶりだな。またこうして顔を合わせることができて、私も嬉しく思う」
マクギリアスは出迎えてくれた一人ひとりの顔に目を向けながら、ふわりと笑みを浮かべる。
その場にいた女性たちの頬が赤みを帯びた。
マクギリアスの笑顔がもう少し長く続いていたら、意識を保っていられなかっただろう。
「マクギリアス様、国王陛下がお待ちです」
文官の一人が恭しく頭を下げながら告げる。
マクギリアスはゆっくりと頷いた。
「案内を頼めるか」
「はい、こちらでございます」
通されたのは謁見の間だった。
謁見の間には父である国王と、その隣に妹のロザリアがいた。
「マクギリアス、久しいな。どれ、もう少し近くで顔を見せてくれぬか」
「はい」
玉座の傍まで歩み寄る。
国王の顔は以前よりも皺が増えているように見えた。
やはり、5年という時間は短いものではなかったらしい。
「お久しぶりです、父上」
「うむ、元気そうで何よりだ。アルベルトと勇者シュンに襲われたと聞いた時は肝を冷やしたぞ」
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
「よいよい。その2人を返り討ちにして捕らえたというのも聞いておる。さすが実力で王国騎士団長となっただけのことはあると感心しておった」
「…………」
マクギリアスは肯定も否定もせず、曖昧な笑みを浮かべるしかできなかった。
確かに、王国騎士団長になったのは自分の実力だと思っている。
しかしアルベルトと勇者シュンを倒したのはあの少女であって、自分ではない。
「ロザリアも何やら危ないところだったと聞きましたが……」
話の内容を妹へ切り替えることにした。
「私ならこの通り何ともありませんわ」
そう言って微笑むロザリアの顔は、シミ一つない綺麗なものだった。
白ポーションの効果で火傷が完治したことは、アルベルトたちを引き渡す際に王都からやって来た者から聞いていたが、ここまで見事に治るものなのかと、マクギリアスは驚いていた。
「無事でよかった。確か……勇者ヨシト殿に助けられたと聞いたが?」
「そうなんです! 私が今この場にいられるのもあの方のおかげですわっ」
ロザリアが急に声を弾ませながら叫ぶので、マクギリアスは目を丸くする。
このような妹の姿は見たことがなかった。
「そ、そうか。妹の命の恩人だ。私も礼を述べたいのだが、今はどちらにいる?」
すると、ロザリアの表情が曇る。
「……ヨシト様は魔王討伐でお忙しいのか、ここ最近はお城にお見えになることがあまりないのです」
「なるほど」
「私としては毎日でもいらして欲しいと思っているのですけれど……」
「ん? どういうことだ?」
「いえ、こちらの話です。そうですわ! お兄さまはいつまでいらっしゃるご予定ですの?」
「そうだな……」
マクギリアスの脳裏に、少女の顔が浮かんだ。
もう一度会うことが出来ればそれに越したことはない。
それが叶わぬのなら、少しでもいいから何か彼女に関する情報が欲しい。
それまでは王都にいるつもりだった。
「5年ぶりに戻ってきたからな。しばらくは居ようと思っている」
「それは良いことを聞きました。――お父様」
「どうした?」
「ヨシト様をお城に招待していただけませんか? お兄様が会って感謝を伝えたいという名目で」
「待て、ロザリア。ヨシト殿はお忙しい身なのだろう? 私の都合でわざわざお越しいただくというのは申し訳ない」
「お兄さまは黙っていてください! ねえ、お父様。お願いします」
「……わかった。呼んでみよう」
「ありがとうございます!」
マクギリアスは声に出さずに「えっ?」と心の中で漏らしていた。
父上がロザリアに甘いところがあるのは知っている。
だからといって魔王討伐とロザリアのお願い、どちらが優先すべきかなど考えるまでもない。
「よろしいのですか……?」
「国をまとめる王として考えれば、良くはないだろうな」
「それなら」
「だが、王である前に私も人の親だ。可愛い娘を応援したい気持ちがあるのだよ」
「応援……?」
その後、マクギリアスはロザリアが勇者ヨシトに恋をしていることを知った。
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