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第二章 白鳥になれるのか?

6  マーカス卿

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「あのう、マーカス卿はお仕事が忙しいのでは無いですか?」

 ジュリアは緑蔭城をジョージに案内して貰いながら、祖母のグローリアが強引に押し付けたのではと遠慮する。

「マーカス卿だなんて堅苦しい呼び方はおよし下さい。ジョージで結構ですよ」

 にこやかに笑いながら、ジョージと呼んでくれと言われても、お祖母様がマーカス卿と呼んでいるのにと、ジュリアは困ってしまう。

「でも……お祖母様が……」

 ジョージはけたけたと笑う。

「グローリア様は私が城代として自覚を持つように、わざとマーカス卿なんて呼ばれるのです。こんな性格なので、どうも軽く見られてしまうのが大伯母様には腹立たしいみたいですね」

 そう言えば、出迎えの件で執事のセバスチャンが城代のジョージの伝言を無視したとお祖母様が怒っていたのを、ジュリアは思い出してくすっと笑った。

『なぁに? 何か面白いことがあるの?』

 パッとマリエールが現れて、ジュリアの髪の毛を風で一筋揺らしながら、教えて! とねだる。

『マリエール、何でもないわ。少し思い出し笑いをしただけよ』

 城の城壁を案内していたジョージは、精霊に名前を付けるだなんて、やはり巫女姫の血筋だと感嘆して眺める。

「ほら、此処からだとゲチスバーモンドの港が一望できるでしょ!」

 ジュリアの部屋からも海は見えていたが、城壁の上からの方が全体を見ることができた。

「まぁ! いっぱいの船が停泊しているのね」

 ジョージは商船だけでなく、春の戦に備えての軍艦も集結しているのだとは、ジュリアに説明しなかった。確かに、ジュリアが遠慮するように、どんどんと南部同盟の貴族や騎士達が緑蔭城に集まって来ているので、城代としての仕事は山積みだ。

 囚われているエドモンド公を解放し、アドルフ王を退位に追い込む戦いが春には待ち構えているのだが、それだからこそジョージはジュリアとののんびりとした時間を楽しむことにする。


 城壁を一周しながら、城の周辺を説明したジョージは、ジュリアをグローリアの部屋に送り届けた。

「今度は、グローリア様に許可を頂いて、ゲチスバーモンドの町を案内しましょう」

 緑蔭城をぐるりと一周案内したジョージに、ジュリアはお礼を言ったが、こちらこそ楽しかったですと笑った。

「まぁ、もう帰って来たの? マーカス卿にはジュリアの精霊使いとしての指導もお願いしたいのよ」

 城の女主人であるグローリア伯爵夫人の要望だが、ジョージは滅相も無いと笑いながら断る。

「私なんかがジュリア様の指導だなんて無理ですよ。サリンジャー師が落ち着かれたら、きっと指導して下さいます。それまではゆっくりと過ごされたら良いのでは?」

 グローリアは精霊使いの事は詳しく知らないので、ジュリアの能力も理解していなかった。

「まぁ、マーカス卿がそう仰るなら仕方ないですわねぇ。もう少し待てば、家庭教師も到着するでしょうし、サリンジャー師も落ち着かれるでしょう」

 野心の無いマーカス卿に呆れながら、孫娘の保護者としては少し頼りないかもしれないと、グローリアは鷹揚に辞退を許可する。


 伯爵夫人の部屋を辞したジョージは、お昼まで中途半端な時間なので、緑蔭城に集まった騎士達の宿泊場所をチェックしに回る。

「何か不自由な事はありませんか?」

 春の戦闘の為に集まった騎士達は、この立派な緑蔭城の管理を任されている城代なのに、偉ぶった態度をしないマーカス卿に全員が好意を持っているので、気楽にあれこれ頼み事を口にする。

「私の弟も緑蔭城に来たいと言っているのだが、良いだろうか?」

 ジョージは若い騎士の弟は何歳なのだろうかと、溜め息を押し殺す。本来は18歳以下の騎士など認めないのだが、目の前の騎士はどう見ても20歳を越えているとは思えない。

『貴方の弟さんは何歳なのですか? 戦闘に堪えられる訓練は受けているのですか?』と問い質したいとジョージは思ったが、人気が無いとはいえ、王座に就いているアドルフ王を引きずり下ろすには半端な年の騎士見習いだろうが人数が必要なのだ。ジョージは心を鬼にして頷く。

 周りの騎士達から、自分の身内も呼んでも良いかと声がかかり、ジョージはこの若い騎士達の何人が激しい戦闘を生き残れるのだろうと思いながら、許可を出していく。



「マーカス卿、どのくらい戦士は集まっているのか?」

 昼食の時間なので食堂に向かった先で、ゲチスバーモンド伯爵と、南部同盟の貴族達から声がかかり、そこそこ集まりそうだと返事をしたが、早く内乱が終結することをジョージは心から祈った。

 威勢の良い事を言い合いながら、伯爵と貴族達が食堂に向かったのを、サリンジャーは複雑な思いで見送り、同じような気持ちだと察したマーカス卿と二人で後から付いて行く。

「今朝、ジュリア様を案内して城壁を一周したのですが、マリエールが現れてあれこれ話してくれました」

 お互いに戦闘になれば、何人もの若い騎士達が命を落とすことは知っていたが、わかりきったことなどで口には出さず、唯一の明るい話題を話して気分転換をはかる。

「マリエールは本来はまだ名前を持つには若い精霊なのです。ジュリアが名前を付けたことで、絆ができてしまいましたね」

 サリンジャーは今度の春の戦いも、盟主のエドモンド公が囚われたままでは厳しいものになるだろうと、午前中の会議で感じていたので、ジュリアとマリエールの話で心が和んだ。

「伯爵夫人からジュリアの精霊使いの指導を頼まれましたが、無理ですとお断りしました。サリンジャー師もお忙しいでしょうが、暇を見つけて修業をつけてあげて下さい」

 サリンジャーは南部同盟の会議で、水晶宮に監禁されている精霊使いを先ずは解放して欲しいと要求していたのだが、盟主のエドモンド公の解放が先決だと脚下されてしまった鬱憤を抱えていた。そして、マーカス卿も戦士集めでストレスを感じているだろうと同情する。

「そうですねぇ、暇を見つけて、精霊達と交流するのも良いですね。マーカス卿も一緒に修業されますか?」

 一瞬、ジュリアと共に精霊達と呑気に修業したいとジョージは心が動いたが、昼からも港にはぞくぞくと騎士や兵士達がやってくるのだと肩を竦める。

「大勢の兵士達や騎士達を、食べさなきゃいけませんからねぇ。それに、少しでも生存の可能性を高める為には、ひよっこ達をびしばし鍛えなければ!」

 にこやかなマーカス卿だが、この緑蔭城の城代なのだ。サリンジャーは頑張って下さいと肩を叩いた。

「内乱が終わったら、精霊使いの修業をつけて下さい。私の精霊使いの技は、先代の緑蔭城の精霊使いに習った物だけなのです」

 水晶宮に仕えるエリートの精霊使いとは比べ物になりませんと謙遜するジョージだが、南部同盟の本拠地なのに精霊を上手く使って、住み心地好く管理している。

「そうですねぇ、早く内乱が終わると良いのですが……」

 サリンジャーは、盟主のエドモンド公を解放するのは大事だとは思うが、水晶宮の精霊使い達をアドルフ王が抑えている限り、勝ち目が無いとの意見が会議で通らなかったのが、やはり堪えた。

『何年も内乱が続いているのは、アドルフ王が精霊使い達を抑え込んでいるからだ。いくら、武力で圧倒しても、水晶宮の精霊使いが嫌々ながらもアドルフ王の命令に従えば、また同じ事の繰り返しになってしまう!』

 サリンジャーはアドルフ王の命令に従って、自国の民を虐げるのに堪えられなくて、命の危険を顧みず亡命したのだ。水晶宮の精霊使い達を解放する方法は無いのか、目の前のマーカス卿と相談してみようとサリンジャーは考えた。

「ゲチスバーモンド伯爵達が、盟主のエドモンド公がいなければ、只の反乱になってしまうと心配するのも理解できるます。しかし、そればかり考えて、今までの失敗を繰り返すのは間違えだと思う。マーカス卿、私と一緒に水晶宮の精霊使いを解放しませんか!」

 突然の重大発言に、ジョージは一瞬呆れたが、長年同じ事を繰り返しているのには嫌気がさしていたので、大きく頷いた。

「その為には、私達に手を貸してくれる同志を集めなきゃいけませんね」

 二人で握手して、食事の後で話し合うことを決めた。
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