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第123話 ワンプッシュ敗走

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 佐野は事務所の隅でインスタントコーヒーを入れている。背中でユキの声を聞く。
 明らかに先ほどとは調子が違う。佐野の手がユキに触れる前は雷鳴のごとく吼えていたが、今はそこに多少の鎮静が混じっていた。しかし喧嘩腰なのは変わらない。社長をとことんやりこめている。
 佐野が二つのコーヒーを手に戻って来ると、ユキは話を止めずに佐野へ苦笑を向けた。佐野も同じく苦笑で返し、ユキの前にコーヒーを置く。そして自分の席につき、白く香ばしい湯気に目を細めながらゆっくりと飲む。
「とにかく、金額は変えんからな! こんなにもあんたの会社から被害を被ってるのに、値上げなんぞ絶対に応じないからな!」
 ユキは器用にも熱いコーヒーを飲みながら大声で言う。
「で、もしも佐野さんの給料からその分の差額をさっ引いたら、俺はしかるべき所へ報告するし、他のゼネコンにも注意喚起する。それがどういう意味かわかるよな? けど言っておくが、俺がこの一連のゴタゴタをここだけの話で終わらせるなんて決して思うなよ。休み明けの会議に俺は佐野さんを出席させる。鈴木さんのことも含めて、うちの社長や経営陣にあんたの会社の現状を知ってもらうためだ。覚悟しておけ!」
 ユキがそう一気にまくし立て、再びコーヒーへ手を伸ばした時、通話がいきなりブツッと切れた。
 こんな時に電池切れかよ。佐野は慌ててスマホの画面をのぞき込む。だが表示では十分にある。となれば社長が一方的に通話終了のボタンを押したのだ。つまり、ワンプッシュ敗走である。

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