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第34話 石橋との経緯~困惑の宿泊先

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 郊外の森林公園は初夏のみずみずしい若草色の木々と野草に満ちていて、あちこちから小鳥のさえずりが聞こえる。天気は快晴。気温もじわじわと上昇している。時間は十一時過ぎ。そして連休初日だというのに広い駐車場には自分達の車しか見当たらない。郊外へ行けば行くほど、坂巻達の暮らす地域ではこのような現象になってしまうのだ。自然が豊富にあるがゆえ、そこに住む人々は人工的な刺激を求めて都会へ足を向けてしまうからだ。
  朝食は昨晩コンビニで買ったオニギリとサンドイッチ。二人は見晴らしの良い無人の展望台でそれらを頬張りながら「昼食は麺類が食べたい」などと絶景とは全く関係のない話をする。
「やっぱりラーメンだな」
 石橋が言う。
「いいね。僕、タンメンが食べたいな」 坂巻はあくびをかみ殺しながら同意する。
「眠いのか」
「うん。車中泊って、初めてだから慣れなくって」
「実はオレもだ。寝たんだか寝てないんだかよく分らん。毛布を忘れたから寒かったし」
 石橋もうなずいて笑うが、坂巻にはもう一つ別の理由があった。隣で眠る石橋を意識してほとんど眠れなかったのだ。
「途中、ホームセンターで毛布買おう」
  石橋は携帯電話を取り出して検索を始めたが、「この辺、田舎過ぎてホームセンターがない」と落胆の声を出す。
「ならばこれからの宿泊は、二十四時間営業のスーパー銭湯にしない? 毛布二枚と大して金額も変わらなさそうだし。仮に買ってもあとで置き場に困るだろ」
 坂巻が提案する。
「そうするか。風呂と飯と寝場所がセットだもんな。しかも便利で安全だし。では再度検索」
 眼下に広がる雄大な景色そっちのけで石橋は液晶画面に集中する。その横では坂巻が木々の枝振りを観賞しつつも、昨晩のような落ち着きのない夜はもう勘弁で、咄嗟に思いついたスーパー銭湯利用案に我ながら名案だと悦に入る。
「坂巻君。残念なお知らせです」
 芝居かかった沈んだ声で石橋が言う。「なに」
「この周辺と、これから進む地域にはそのような施設はございません」
「え!」
「あるのはラブホテル。高速道路沿いにちらほらと」
「いや、そこはちょっと……旅館とかビジネスホテルは」
「ない。小さな商店街と、山と畑しかない。駅前にもそれらしきものはない」
「そっか。まあ、確かに男同士でラブホテルはないよね。誤解されるし。ならばいっそのこと予定を変更して都心を走ろうよ。その方が僕も石橋君も運転の練習になるし」
「いや。それはいけない」
 妙に強い口調。
「どうして」
「逆に坂巻君へ質問する。ペーパードライバーの君が大渋滞している連休の都心の道路を走る自信はあるか」
「う……」
 痛い所を衝かれて言葉に詰まる。
「オレはない。正直言って今まで無事故でここにたどり着けたのが奇跡だと思っている」
「むむむ」
 実は坂巻は出発してから一度もハンドルを握っていない。全て石橋任せで、その上、睡眠不足ときている。この状態で自分が運転すれば事故を起こすのは目に見えている。
「つまり初志貫徹するしか道はないってことだ。この周辺でオレは車の慣らし運転。坂巻君は運転技術の維持だ」
「じゃあ、宿泊先は?」
 嫌な予感をしつつ聞く。
「決まってるだろ。ラブホテルだ」
「ええーっ? マジですか!」
 坂巻の悲鳴が新緑にこだまする。
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