『闇を闇から』

segakiyui

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第5章

7.夢見たものは(6)

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 夕方になって京介に繋がれたのは源内からの電話だった。
『えーっと、どう言えばいいのかと思うところなんだが』
「…ご心配をおかけします」
 『ニット・キャンパス』を諦める気はないと暗に伝えると、
『そいつは助かる』
「はい?」
『ハルが猛っててな』
「…猛る」
 黒髪白服の眼光鋭く無口なハルが『猛る』と言う状況が想像できない。
『昔から激しいやつなんだが』
 源内は溜め息をついた。
『今回は派手だぞ』
 派手。現在進行形なのか。
「どう言うことですか」
『市役所とか社協とか大学関係とか絡んでるだろ』
「はい」
『そっちへご注進に及んだのが居た訳だよ、結構な地位のが』
「……ああ、なるほど」
 源内の話を聞きつつPCで『ニット・キャンパス』の広報HPを当たる。とっくに仕上げられて稼働していたはずの幾つかのコーナーが『工事中』になっている。
『見てるかな?』
「はい、確認しています。広報にご迷惑おかけしてますね」
『いやそっちはいいんだ、企画やってれば、こう言うこともあるから』
 源内はオープン・イベントのところを開けてくれ、と指示した。
 確認してぎょっとする。
「…渡来晴の名前がないようですが」
『…出ないって言い出して』
「……僕のせいですか」
『いや違う。ご注進に及んだ議員が喜多村会長に張り合うネタに使おうとしたのを見抜いてな、今後そいつが口を挟むならイベントに参加しないし、「ニット・キャンパス」そのものを叩き潰すと言い出して』
「………なるほど」
 確かにそれは『猛る』にふさわしい。
「どうやって叩き潰すつもりなんでしょう」
『…あいつは海外の方がツテが多いんだよ』
 源内が溜め息混じりに唸る。
『今からなら一ヶ月ある。「ニット・キャンパス」開催日と重ねる形で、自分の個展を開き、現場で作品を公開作成し販売するって。元々あれこれ縛りがあるのが引っ掛かってたから、それさえなければ作品のネタはいくらでも準備できるし、海外のバイヤーはハル目当てなんで大歓迎している。スポンサーも次々名乗りをあげてるし、小さなところだが美術館関係者も動き出しててな。ハルにそれをやられると、「ニット・キャンパス」なんて消し炭みたいな状態になるぞ』
「……凄まじいですね」
 台風のような男を小さな囲いに入れようとしたのが間違いだったのか。
 全てが壊されそうな感覚に京介が唇を噛み締めると、
『安心しろ、脅しだから』
「え?」
『ハルは「ニット・キャンパス」をやりたがってる。今回の動きは本気だが、まだ振り回す気じゃない。あいつは何を動かしたら、どう事態が展開するかって言うのをよぉく知っててな』
 だから難しいやつなんだが。
『今回の議員だけじゃない、あんたの件に関して今後ややこしい介入をしてくるようなら、いつでも自分は海外に飛ぶって見せつけたんだよ。それもただ飛ぶだけじゃない、飛び立った後を破壊し尽くして飛ぶ、そう宣言したんだ。……たぶん、「ニット・キャンパス」が終わるまで、そう言う系統の介入はもう入らないと思うぜ』
「…」
『ハルはあんたと真っ向勝負を望んでる』
 源内の声は静かだった。
『過去とか未来とか、組織とか金とか、立場とか評価とか、そう言うもの抜きで、あんたに勝ちたがってる』
 小さく吐息した。
『珍しいよ』
 いつだって、あいつの目に入っているのは作品だけだったんだがな。
『だから、邪魔になる要素を地均しするみたいに潰したんだ』
 美並、と優しく呼んだ声を覚えている。
 自分と一緒に映画を見てくれた愛しい相手が、終わればすぐさま離れて他の男の所へ行く。
 それを見送ったハルの気持ちが胸に響く。
 歳下だろうが学生だろうが関係ない。伊吹を守る役割が果たせないなら、さっさと消えろと挑まれている。
 冷ややかな黒い視線を感じた。
 明渡せ、その場所を。
 そこは、美並を守れるものだけが立っていい場所だ。
「……不利だなあ」
 苦笑しながら京介は呟いた。
「僕に出せるのは体一つしかないのに」
『……何かあったのか?』
「え?」
『いや、何かあったのはわかってるが………』
 もごもごと口籠もる。
『まるであんた……絶対の勝利を確信してるみたいだ』
「?」
 今度は京介が首を傾げた。源内とのやりとりを思い出す。そんなことばを話しただろうか。
『……そうか……だからハルが焦ったのか』
「焦った?」
『いや、えらく慌ててそっちへ出かけたからさ』
「そっち? 桜木通販ですか?」
 思わず閉め切ったドアを振り向いた。
『たぶん。まあさすがにすぐに何かやらかすわけじゃないとは思うが』
 そうだろうか。
 京介はドアを凝視する。
 今日は京介はここから出られない。明日も明後日も、状況によっては缶詰になるかも知れない。
 かけがえのないものを守ろうとするなら、人がどれほどためらわないのか、京介はもうよく知っている。そして、伊吹はハルにとって、京介以上にかけがえのないものだろう。
 来るはずだ、必ず。
『まあハルの動きを話しておこうと思ったのが一つ、「ニット・キャンパス」の開催は心配するなと伝えたかったのが一つ』
 源内が重荷を降ろした声で話し出して、注意を戻した。
『ああそれに、金曜日、来るだろ』
「道場ですね」
 迷惑をかけないかと思っていたのだが、源内は待ってくれるようだ。
 脳裏を鳴海の姿が掠める。
 甘えよう。
 京介には分け与えられる持ち合わせがほとんどないが、助けてくれるなら甘えよう。傷ついても今は伊吹が居る。
「伺います」
『鍛錬してるか?』
「してますよ。少しずつ体が柔らかくなってきた気がします」
 笑って、源内に確認することを思い出した。
「…一つ、お尋ねしたいことがあります」
『ああHPの方はちゃんとやり直して復旧する」
「いえ……源内さんのお師匠さんのことですが」
『師匠? 名前なら羽折二木助って言うんだが』
「…珍しいお名前ですよね」
『珍しいだろ、神社にはねおり、で同じ漢字を書く場所があるんだが、羽根の羽に、折り紙の折る、ではおりって読むんだ。それが何か?』
「……以前にお聞きした時、孫娘さんを亡くされて、その後お寺に入られたと。そのお寺の名前は大恩仁寺と言いませんか」
『ああ、そうだ。何だ、知っている寺なのか?』
「もう一つ。羽折さんにはお孫さんがもう一人おられませんでしたか」
『あ、ああ、居たはずだ、男の子だった』
「その男の子が触ったことのある持ち物が何か、道場に残っていたりはしませんか」
『…どうだろうな………いや、ちょっと待て』
 源内の声が警戒を帯びる。
『一体何の話をしてる?』
「……難しいお話になります。お会いしてからでもいいですか」
 がちりとどこかで鎖が鳴る。
 『羽鳥』を食い締める戒めが、一つ一つ詰められていく。
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