『闇を闇から』

segakiyui

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第1章

4.闇の中身(8)

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 お風呂は総檜、しかも風呂の蓋も手桶洗面器まで檜という豪勢さ、山の中だから自然でしょ、などと嘯く男は放っておいて、美並はひさしぶりにのんびり体を伸ばしたが、
「あたたっ」
 背中の中央上、ちょうど心臓の真裏ぐらいに鈍く重い痛みを感じて顔をしかめた。気のせいかと思っていたが、じんわり肩に重みもかかってくる。
「うーん、これは……」
 やっぱり関係ないとかそういうんじゃないよね。
 牟田の時も似たようなものを感じたことがある。
 これは要するに、誰かの重苦しい圧迫があるという知らせだ。
 とすると、意外に恵子の気持ちというのもかなりはっきり真崎に向かって流れている、ということか。
「何か事情があったんだろうけどなぁ…」
 気になっている男の兄貴と結婚してしまっては、気持ちの行き場などどこにもないに違いない。
『京ちゃん』
 柔らかな華やかな呼び声が耳の奥に蘇って、ちょっと切なくなった。
 背中の圧迫は彼女のものだろうか。
『イブキがどうかしたの』
 不安そうに見張った黒い瞳は艶やかだった。
『……知らせなくてごめん』
 謝った真崎の声が会社のものより大人びて、男の気配が強かった。
「ああいう態度だったら」
 少しはまともに気持ちが動いたのにな、と美並は苦笑いする。
 真崎に関しては危なっかしいところばかりを見せられて、なかなか恋愛相手には思えない。思えないまま。
「………」
 魅かれて、きている。
「……でも……」
 違う、よねえ。
 たぶん真崎が美並を必要としているのは、孝の死の真相を知りたいからで。もっとあっさり言ってしまえば、食事のデザートを半分に分けてくれたように、猫のイブキに重なっているからで。
「……私は人間だってば」
 そのイブキもおそらくは恵子から託されたものだとなると、美並の立ち場というものは、もう道化以外の何者でもないということになり。
 ただ気になるのは、大輔や恵子と接して柔らかくほぐれて当然のはずの真崎を、たびたび半透明の繭に籠るような虚ろさが覆うことだ。
「………おかしいなあ…」
 好きな人と会ったんだから、もっと気持ちが揺れていい。豊かに甘くなっていい。
 けれど、真崎はどちらかというと、近くに寄れば寄るほど気持ちを閉じるように見え、それがまた大輔や恵子には一切伝わっていないようにも感じる。
「………どうもこう、しっくりこないなあ……考え過ぎかなあ……」
 背中をそっと摩りながら、やれやれ、と溜め息をついたとたん、
「伊吹さん」
「はっ、はいはいっ!」
「まだ?」
「まだですっ、って、何っ、なんでそんなとこ居るの!」
 木の引き戸の向こうから真崎の焦れたような声が響いてぎょっとした。
「あ、中に入ってもいい?」
「だめっ!」
「え~」
「えー、じゃないっ、それってセクハラですよ! いや、パワハラか?」
「なんでセクハラなの、君と僕は婚約者同士なんだし」
「まだ了承してない!」
「え~~」
「えー、じゃないちゅうとんじゃろが!」
「わ~、伊吹さん、こわーい」
「馬鹿なこと言ってると一生上がりませんよっ!」
 美並の叫びにのんびりした真崎の声が響いてくる。
「それは困るな~、だって、伊吹さんの大切なとこがいろいろふやけて……」
 がんっ!
 美並は思わず手桶を木戸に投げつけた。
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