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連載
歪曲された真実
しおりを挟む———どういうこと? あそこはブリエンヌ家の敷地内での事。それを使用人の誰かが見ていたとして、父親に報告はわかるけど外まで噂を広めるって何?
「誰から聞いたの?」
「リアーヌ嬢からだ。お前のこと心配して確認しに来たんだよ」
「リアーヌ様が……」
正直言えばリアーヌ嬢の事は得意ではないが、悪役令嬢の手本のような生き方と性格をしているし根が良い娘だと知っているため心配しているという言葉はありがたかった。
「リアーヌ様は誰から聞いたか言ってた?」
「いや、噂になってるとだけ言ってた。学園中はその噂でもちきりだからな。誰の耳にでも入ってるし、誰の口からも出てくる状態だ」
「どうしてそんな噂が……」
言葉通りに噂が広まっているのだとしたらあまりにも大きな誤解が生じている事になる。
「事実か?」
「そんなわけないでしょ! 何で私がクロヴィスと抱き合うのよ! 理由がない!」
「確認してるだけだ。俺だってそれぐらいわかってる。クロヴィスも否定してたしな」
「じゃあ聞かないでよ」
最も近しい人間にまで疑われてたまったもんじゃないと声を荒げそうになる。ついさっきまでは気分爽快で大声で歌いながら庭に駆け出しそうなほどだったのに、それが一転して地獄へと落ちる。
「誰かが悪意を持って流してるのは間違いないだろうな」
「……エステル様、じゃないわよね?」
「俺もそれは考えたが、あの女じゃ知りようがない。お前の家に行く馬車さえない上に救済枠の人間は夜の外出を禁じられている」
「じゃあ誰が……」
エステル以外となれば想像もつかない。品行方正に生きてきたといえど、悪役令嬢の真似事を始めてからはリリーも多くの下級貴族や救済枠の人間を敵に回している。エステル側についた貴族の事も。
「リアーヌ嬢も出来る限り調べると言ってくれてる」
「ああ、そんな……どう感謝すれば」
「見つけた暁にはお前に協力してほしい事があると言ってたからそれを聞いてやりゃいい」
「ええ、そうするわ!」
何があっても味方だと言ってくれたあの言葉が真実である事を行動で証明しているリアーヌにリリーは心から感謝した。
「でもこれって悪役令嬢っぽい?」
「どっちかっつーと悪役令嬢に陥れられそうになってるヒロイン」
「嫌よっ! ヒロインは嫌っ!」
「今はどうでもいいだろ」
「そ、そうよね……ごめんなさい」
家にいるリリーはいい。だが、リリーを知る者達はその対応に追われているだろう。自分達も知らない所で噂だけが独り歩きをして伝言ゲームによって歪曲された事実がまるで真実のように拡散されているのだから。今は悪役令嬢だヒロインだと気にしていること自体が愚かで不謹慎な事だった。
「クロヴィスは何か言ってる?」
「くだらんの一言。お前をよく知ってる人間はこんなくだらねぇ噂は信じない。信じてる人間なんざ相手にしなきゃいいだけだとさ」
クロヴィスらしい回答に呆れながらも笑ってしまう。彼はそういう人間だったと。いつもならその態度が癪に障るが、今は逆にその態度を貫き通す彼が心強かった。
クロヴィスが事を否定するのであればそれを信じる者は多いだろう。リリーよりも信頼度が高く、信者と呼ばれる者が多い彼の言葉は絶大な威力を持っているのだから。
「ユリアス側ってことはねぇよな?」
「メリットがない」
「そうでもねぇよ。お前が二股をかけてる最低女ってことになりゃジュラルド王はご立腹。息子の想いが何であろうと撤回は許さない。そして二股をかけるような女を妻にと言う男はいなくなる。そこにユリアスが申し出れば親父さんは願ってもない事だと感涙と共にお前を送り出すだろうよ」
フレデリックの言葉にリリーはありえないとかぶりを振る。
「私が二股をかけた最低女だとして、婚約破棄された事がユリアス王子の耳に届いていたのに今回の事が届いてないわけないじゃない。そんな女を妻にするって言ってジェラール王が許可するとは思えない」
「事実無根だと証明するって言ったら? 自分が身をもって証明すると言えば父親は待つさ」
「どうやって証明するの? 抱き合ってないって私とクロヴィスが並んでいったとしても口裏を合わせてると思われるに決まってる」
リリーを妻にと願っている事は知っているが、それを目的として今回の噂を流したのであればそれこそわけがわからない。メリットよりもデメリットの方が大きく、賢いユリアスがそんな事を企むとは思えなかった。
「彼はそういう人じゃない。真正面からぶつかってくるタイプよ」
「人間なんざ腹の底じゃ何考えてるかわかんねぇもんだ」
「小さなメリットのために大きなデメリットを生む理由がわからない」
「大きなメリットのためかもしれない」
「私を手に入れるためだけに収拾が大変な騒ぎを起こしたりしないでしょ。彼だけじゃなく国の印象も悪くなるのよ。ユリアス王子はあんな女を妻として迎え入れたんだ。二股をかけるなど何を考えているのか。さすがは媚び公爵の娘というところか……とか言われてね。気にするな、だけじゃ済まないのよ」
フレデリックの言葉に納得できないわけではないが、言葉にすればするほど納得できない事で、柔和な考え方を持つユリアスがそんな卑怯な手を使うとは思えず否定した。
「うちの使用人である事は間違いないと思うの。お父様も知ってたから」
「は? マジかよ……」
使用人が見たのであれば納得は出来る。抱きしめられていたのを角度によってはリリーが抱きしめていたように見えたのかもしれない。だが問題はそこではなく、誰に流したのかということ。使用人は基本的に屋敷から出ることはない。他の屋敷の使用人と接触する事もないのだから学園に広まるはずがないのに既に学園中に広まっている。
誰が?
一体何のために?
「私の方でも調べてみます」
「……ええ、お願い」
アネットの言葉に一瞬躊躇った。あまり笑わないアネットは完璧主義で他の使用人からは距離を置かれている。好かれていないという自覚はあれど、それを気にしない性格なため自分にも他人にも厳しい。聞き取りをするにも委縮する者が多いのではないかと心配だった。しかし、その一方で心強くもある。アネットに嘘をつけばどうなるかわからない。そういう心配の声を耳にする事が幾度とあったから。
あとは「リリーのためなら」と真実を話す者がどれだけいるか、それが問題だった。
「俺の方でも探ってみるからお前は心配すんな」
「ありがとう」
フレデリックの笑顔に笑顔を返すが、互いにいつもの笑顔というわけにはいかなかった。
「お嬢様、クロヴィス様がお見えになっているそうです」
「こんな時に何で来るわけ⁉ バカなんじゃないの⁉」
「帰らせましょうか?」
「どうせ窓から来る!」
フレデリックが帰ってすぐノックを鳴らしたメイドからの知らせを聞いたアネットがクロヴィスが玄関まで来ていることを知らせるとリリーは驚きに目を見開いて信じられないとヒステリーを起こしたように声を上げた。
王子直々の訪問に対して「帰らせる」という言葉を使うアネットを咎める事はなく大声を上げながら急いで玄関へ向かった。
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