鑑賞用王女は森の中で黒い獣に出会い、愛を紡ぐ

永江寧々

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恋バナ

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 水色の空の上を流れる白い雲。その奥から燦々と照らす太陽。こういう晴れた日は決まってやってくる者がいる。

「お茶しよー!」

 三女のリズだ。
 晴れた日は皆でお茶会をすると個人で決めているらしく、きょうだいの部屋を片っ端から開けていつもの呼びかけに走り回っている。
 その掛け声で集まったのは次男のウォレン、三男のダニエル、四男のロニー、そしてクラリッサとリズ。長男のエヴァンは仕事。デイジーはただの拒否。いつも通りのメンバーが集まった。
 庭の真ん中に大きなテーブルを置いて椅子は五脚。テーブルの真ん中にはクッキー、スコーン、サンドイッチ、ケーキ、サラダにフルーツと盛りだくさん。そしてリズお気に入りのブレンドティー。脇にはミルクに蜂蜜、ジャム、クリームが置いてある。
 晴れた日にしか行われないきょうだいのお茶会。理由は『気分が良いから』で、言葉のとおり、リズのテンションも絶好調。
 こういうとき、決まって話題は恋バナ。

「聞いて聞いて! あのね、ドロシーのね、好きな人はね、王子様なの!」
「あら、ハリー王子?」
「そうなの! でもね、自信ないんだって」
「そりゃあんだけ太ってりゃ自信ないだろ」
「ダニエル、そういう言葉は使っちゃダメって言ったでしょう?」
「事実じゃん」

 後頭部に両手を回して鼻で笑うダニエルの目をジッと見つめていると気まずそうに逸らしたダニエルが小さく舌打ちをするのが聞こえたが、それは苛立ちではなく拗ねの証だと知っているためクラリッサはそれ以上の注意はしなかった。

「好きな人がいるならアタックすればいいのに。だってあんなに可愛いんだよ? 王子だってきっとドロシーのこと好きになるよ」
「そうね。ドロシーは良い子だもの」
「そうでしょ!? ドロシーってばすっごく良い子なの! だからリズね、ドロシーの恋を応援したいんだぁ。キューピッドになりたいの!」
「でも王子って──」

 ウォレンが言い辛そうに口を開いたのをテーブルの下でクラリッサが太ももをトントンと叩いたことで止める。

「でもね、リズ、先走っちゃダメよ? 恋のお手伝いは頼まれたらするの。頼まれてもいないことをするのはお節介になっちゃうからね?」
「でもドロシーは自分から行けないからリズが手伝ってあげなきゃ──」
「リズ、人にはペースがあるの。確かにキッカケは必要だけど、リズのペースで与えられたキッカケはドロシーにはパニックを起こすキッカケにもなっちゃうかもしれないから、ちゃんとドロシーと相談するの」
「ずっとしてるもん。でもドロシーはいつも私なんかって言うばっかり。あんなに可愛いのにどうして自信ないのかなぁ……」

 両手で頬杖をつきながら唇を尖らせるリズにクラリッサとウォレンが苦笑する。
 リズはあまり物事を深く考えないほうで、思い立ったが吉日と即行動に出る。それが悪いことだとは誰も思っていないが、他人のことにまで自分の勢いで突っ込んでいくのは褒められることではない。ましてや親友の恋に暴走機関車の如く突っ走ってしまえば失敗した場合、友情の崩壊にも繋がる。そういうことがあるとはリズは考えもしていないのだ。
 たった一人の親友だから恋を成就させてほしいと願ってのお節介。
 リズは性格のせいで友人ができにくい。ドロシーだけが友達をやめずに一人、リズという少女に付き合って振り回されている。
 きょうだいからすればそれは感謝してもしきれないほどありがたいものだからこそ、リズに余計なことはしてほしくなかった。
 
「ドロシーが言うの。男爵令嬢が王子と結婚なんかできるはずないーって。でも爵位なんて関係ないでしょ? 恋は盲目だって言うもん。爵位に恋をしたんじゃなくて、彼に恋をしたんだから」
「なら相手がパン屋の息子でも好きになったってのか?」
「パン屋の息子が好きなのはデイジーだよ」

 まるで氷塊に閉じ込められたかのようにリズ以外の全員が固まった。
 デイジーが貴族ではなく、爵位も称号さえも持たないパン屋の息子、ただの一般人に恋をしているという衝撃の事実。あのダニエルでさえ驚きに固まっている。

「どうして、知ってるの?」

 デイジーが自分から言うはずがない。デイジーは自分のことは家族には話さないようにしている。何が趣味なのか、好きな人がいるのかいないのか、どういうタイプが好きなのか……それどころか好きな色さえ言わないのだ。
 リズは天性のお喋りで、リズに言えば秒で広がると認識されるほどのお喋り。だからきょうだいでも大事なことや隠しておきたいことは誰もリズには話さないようにしている。
 リズをバカだと貶し続けているデイジーがリズに好きな人が誰なのか話すわけがない。好きな人がいることさえ話さないだろうに、なぜリズが知っているのかが不思議だった。
 興味本位ではなく、全員が緊張の面持ちで答えを待つ。

「見たからだよ?」
「な、何を?」
「キスしてるの」
「だ……」
 
 誰と誰が、などという野暮なことは聞かない。話の流れでわかるのだから二度も衝撃を受けにいく必要はない。ただ、頭の整理が追いつかないだけ。
 デイジーはパン屋の息子に恋をしているのではなく、既に恋仲なのではないだろうか? でなければキスなどするはずがない。

「人間もキスを挨拶にするとか……ある?」

 ダークエルフがそうなのだから人間もそうなのかもしれないと僅かな期待を込めてウォレンを見たが、苦い顔でかぶりを振っている。

「国によっては唇にキスが挨拶というのもあるみたいだけど、モレノスは挨拶にキスなんてしないよ。手ぐらいじゃないかな」
「民の間で流行ってる挨拶とか?」
「聞いたことはない。リズは聞いたことあるかい?」
「ない。好きな人のことを好きピって言うのは知ってる」

 リズは王女として国中の孤児院を担当している。毎日学校帰りに孤児院に寄っては二時間ほど滞在してから帰ってくるため街の情報はリズに集まる。そのリズが知らないのであればキスは挨拶ではないということ。
 二人は付き合っているのだ。

「相手がデイジーを王女だって知らないなんてこと……」
「ないだろうね」

 許されるはずがない。父親が知れば間違いなくそのパン屋は潰れ、最悪の場合、その一家は国を追放されるかもしれない。一般市民が王女に手を出すなどあってはならないことだが、リズの言うとおり、恋は盲目。好きになってしまったのだから仕方ないとは思う。王族の運命の相手が必ずしも王族とは決まっていない。それこそデイジーの運命の相手はパン屋の息子だったのかもしれない。それならそれでクラリッサも妹の恋を応援したかった。
 だが、クラリッサは今の心境では素直に応援できそうになかった。
 王女と知りながら恋をしてしまったまではいい。問題はその先。キスをしてしまったこと。もし本気で将来を考えているのであれば結ばれるまで待つべきだった。挨拶でないのであれば理性で抑え込むべきだった。それをせずに王女とわかりながらキスまでしてしまった男に良い印象を抱いていない。

「……デイジーはリズがそれを見たこと知ってるの?」
「知ってるよ? だってデイジーに誰にも言わないでって言われたもん」
 
 リズ以外の全員が目を閉じてため息を飲み込んだ。

「リズ、言うなって言われたことは言うなって何百回言われたらわかるんだよ」
「あ……また、やっちゃった……」

 リズは良くも悪くも隠し事ができない性格で、自分についても他人についてもそう。全て喋ってしまうのだ。だから友達になった相手は全員離れていき、残ったのはドロシーだけ。
 内緒にできないとわかっているから誰も言わないようにしている。もちろん普段はデイジーもそうだ。だが、そのときばかりは言わずにはいられない状況だったため言ったものの、結局はこうしてリズが暴露してしまった。

「デイジーにごめんなさいしてくる……」
「待て待て待て待て! 言うな。言ったってことは言うな。前もデイジーの秘密喋ったとき、お前めちゃくちゃにぶたれただろ。今回のはマジでヤバいから絶対に言うな……あー……ダメだ、絶対言うわ」

 言うなと言っても言ってしまう。テーブルに額を置いて頭を抱えるダニエルに苦笑しながらウォレンが口を開いた。

「リズ、デイジーには僕たちから話すから謝らなくていいよ」
「でも……リズが喋っちゃったから……」
「そうだね。でもね、今回のことはリズだけの秘密にしておくべきことではないからね」
「そうなの?」
「うん」

 これでリズを止められるかはもはや賭けでしかない。言うなと言えば言ってしまう。言ってもいいと言っても言ってしまう。リズを納得させる方法がきょうだいの中でも確定されていないだけに言葉を選ぶことさえ難しかった。

「デイジーの話はここまでにして、リズはどうなの?」
「お姉ちゃん、中身五歳のコイツに恋愛なんかできると思ってんの? この化粧してる女に惚れる奴がいるとしたらソイツは逮捕歴のある変態だけだって」
「ダニエル」

 もう一度目を見つめるとまた顔が逸れていく。ダニエルはリズのことになると饒舌になる。バカにしているつもりなのだろうが、家族全員がダニエルの気持ちに気付いており、エヴァンはいつもそのことについてダニエルをからかう。中身が五歳というのは誰もが認めるものだが、からかっていいわけではない。
 パンパンに頬を膨らませて眉を寄せるリズがダニエルを見るもダニエルはリズにだけ舌を出してバカにした表情を見せる。
 クラリッサはウォレンと顔を見合わせてかぶりを振った。

「リズは学校に好きな人いないの?」
「いない」

 即答。恋に一番憧れているのはリズなのに、その本人は自分の恋に奔走するのではなく他人の恋に奔走しようとしているのだから皮肉なものだとクラリッサは空を見上げて大きく息を吐き出した。

「王子様はまだ来てくれないのね」
「たぶんね、決着がつかないの」
「ハッ、まだそんなこと言ってんのかよ」
「いいのよ、ダニエル。素敵じゃない。白と黒の王子様がリズを取り合って決闘。勝者がリズの本当の王子様だなんて夢があるわ」

 リズの夢はお姫様になること。それは立場ではなく、誰かの特別になるということ。絵本の中に出てくるお姫様のようにキラキラと輝いて愛の中で生きる。それがリズの夢。いつか白馬か黒馬に乗った王子様が迎えに来てくれると信じているのだ。
 それをダニエルはいつも鼻で笑う。

「ダッセ。どこの頭お花畑が書いた恋愛小説だよ。お前みたいなバカもらってくれる奴なんか──」
「ダニエル、それ以上言ったら三枚目のイエローカードよ」

 人の気分を害するようなことは言わないのがお茶会のルール。ダニエルには何度言ってもわからないためクラリッサが決めた新たなルールは注意を受けたら一枚イエローカードとなり、三枚になると退場。
 言葉を続けるか、口を閉じるかの選択肢を与えるクラリッサに口を閉じてから舌打ちをした。
 
「そういえばお兄様の結婚はいつ頃になりそうなの? 先月、結婚指輪のデザインを打ち合わせしていたでしょう?」

 お抱えのデザイナーが挨拶に来た際に聞いた内容にそろそろ結婚かと嬉しくなったのを思い出して進捗状況を問いかけた。
 ウォレンの表情はすぐに曇り始め、緩く食いしばるように口を横に引いて苦い表情できょうだいを見る。
 
「あー……それが……」

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