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地獄への旅立ち
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路地に車は入れないから路地の入り口で止まった車から降りて歩いてジンの事務所まで向かう。逃げ出すとでも思われているのだろうか、ディルの前に一人と後ろに二人、ジンの部下に挟まれながら歩く。
朝からだろうと入り口に立つ男たちの人数は変わらない。それと見上げた窓に映る裸の男女の姿も。
一歩ずつ階段を上がっているとまるで死刑台に向かうかのような感覚になる。そんな感覚があったのはジンと契約したばかりの頃で、最近は慣れてしまってそんな感覚も失われていたと言うのに今はあの頃と全く同じ、いや、それ以上の感覚に不安と緊張で心臓が破裂しそうだった。
最後の階段を上がり終えるとジンの部屋までは十メートルもない。足を踏み出したら一瞬でドアの前までついてしまう。立ち止まって窓を見る。きっと全てを諦めて、守りたい者を手放す覚悟があれば窓を開けて飛んでいるだろう。でもできない。浮かぶのは大切な人たちの顔。自分が犯した罪。逃げるわけにもいかなければ、逃げること許されない。
「行くぞ」
ドンッと背中を押すこともできるのに男は静かに声をかけてディルを呼ぶ。それに頷きは返さずゆっくりと踏み出した。
「待たせすぎだ」
「予定外のことに文句言ってんじゃねぇよ」
ドア前に立っている仲間に言い返す男がドア前で立ち止まって「ディルを連れてきた」と声をかけてドアを開けた。
「ああ、そうよこの子よ! この子なのよ! ずっと忘れられなかったの!」
ドアを開けてすぐに内側へと引っ込んだ男の気遣いで女の目にはすぐディルが映った。お世辞にもキレイとは言えない声でハシャぐ女を見たディルは洪水のように溢れ出す嫌な記憶に身体が石のように固まっていく。
マダムは太っている。ああ、そうだ、こんな顔をしていたと嫌な思い出し方をする。
オージも太っているが、ここまでじゃない。オージは中年太りだが筋肉もある。贅肉だけの身体とは違う。
「ホント、可愛い顔してる」
分厚い唇に塗りたくられた赤い口紅。ソーセージのように太い指全部にはめてある大きな宝石のついた指輪。息を吸うだけで吐き気がするほど強い香水。瞬きするだけで風を起こせそうなそり立つまつ毛。伸びてくる手が頬に触れた瞬間、嫌な記憶が余すことなく甦る。恍惚とした表情で吐き出す息が臭い。
若いイケメン好きた確かなのは女の後ろに立っている燕尾服を着た二人の男が証明している。
「ジョージ、ティニー、今日からお前たちの弟になるディルよ。仲良くしてあげなさい」
「「はい、マダム」」
笑顔で声を揃わせる二人にマダムと呼ばれた女が満足げな笑顔を見せる。
「ディル、久しぶりね。私のこと、覚えてるかしら? たった一度しか会ってないから忘れられてるかもしれないけど、私は覚えてるわ。だってあんなに楽しい夜を過ごしたんだもの。忘れられるわけがないもの」
忘れたくても忘れられるわけがない。あんな強烈で最悪な日のこと。ジンよりも薄汚い汚物のような笑みは初めてだったし、ジンよりも不快な笑い声を上げる人間も初めてだったから。
たった一夜にして刻みつけられた悪夢。あれが夢ならどんなに良かったか。固まっていた身体が無意識に震える。それを見たマダムの笑みが深くなる。
「おい、挨拶」
ジンの言葉にハッとしてディルは慌てて笑顔を作った。
「おはようございます、マダムシンディ」
上手く笑えているだろうか。
「お利口さんね」
スッと差し出された手の甲。前に会ったときはそんなことしなかった。そのパンのように分厚い手でも握れということかと戸惑っているとクスッと笑ってマダムが後ろに立つ男たちに声をかけた。
「ジョージ、ティニー、手本を見せておあげ」
指示を受けた二人がマダムの前に回って目の前で両膝をつく。差し出された手に両手を添える様はまるで壊れ物でも扱うかのようでディルはその光景の醜さに嫌悪が込み上げるのを感じていた。だがそれだけでは終わらない。二人はそのまま手の甲、指の関節、指先へと三度も唇を落とす。まさかそれが挨拶の仕方ではないだろうなと嫌悪と共に心の中で問いかけるもそれが正解だと言わんばかりにマダムは二人の顎下を撫でた。
ディルが顎下を触られたのはジルヴァに『動かすのは口じゃなく手だろ』と怒られたときに指の背で強めに叩かれたとき以来。キスを強要される際にも触られることはあっても指で持ち上げられる程度であって撫でられることなどなかった。
「ディル」
やれとは言わない。だが雰囲気で伝えている。手本は見せただろうと。
自分もあれをしなければならないのかと頭で整理する間もなくジョージとティニーが逃げられないように手を握ってマダムの前へと引っ張って強制的に膝をつかせる。臭い。気持ち悪い。それしか感想が出てこない。
近付くことさえ身体が拒否していたのにアルフィオがジルヴァに贈ったような大きな宝石のついた指にキスをしなければならない地獄に緊張で渇いた喉が鳴る。
「どうしたの?」
「あ……」
「躾を楽しんでもらうためにこっちではなんの躾もしてねぇ。アンタ好みに躾けてやってくれ」
こんな言葉を助け舟に感じてしまう自分は気付いてなかっただけでもう壊れ始めているのかもしれないと思った。
「さすが、私のことよくわかってるじゃない」
嬉しそうに声を上げるマダムにジンが言葉を続ける。
「ただし、壊すな」
その言葉にマダムが意外そうな顔を見せる。
「あら、この子は特別?」
「そうだ」
そう感じたことがないわけではなかった。ジンは極悪非道で自己中心的な利己主義。だが、売春宿で安売りさせようとしたことは一度もない。逆らえば落とすと言われたことはあっても逆らってもいないのに落とすようなことはしなかった。一応、契約を交わした日から今日までジンはずっと約束を守ってくれている。何より『怪我させられたら見せに来い』と言われ、興奮や趣味で乱暴されて傷ができた日に見せに行くとその客はブラックリストに入れられた。マダムもそうだったはずなのに。いや、マダムは傷はつけなかった。異常性を感じはしたが、傷がつかない程度に上手くやることを知っていた。
あの日の映像を見せられているかのように甦る記憶に目を閉じているとマダムの不愉快そうな声にすぐ目を開ける。
「ジン、私はすでにそれなりの条件をのんだつもりだけど?」
「当然だ。これは買取の契約じゃなく長期レンタルの契約。つまりコイツは今後もうちの商品なんだよ。一番の稼ぎ頭をアンタの暴走する趣味で勝手に壊されちゃ困るんでね」
「壊すなって契約書には書いてなかったじゃない」
契約書が全てだと言わんばかりに既に鞄に入れているのだろう契約書を叩くマダムに「そりゃそうだろ」とジンが言った。そして「これは言うまでもない絶対条件だ」と静かだが刺すような静かで鋭い声を放つ。
ジンとマダムの間に火花が散るもすぐに消えた。
「ま、いいわ。気に入ったら延長すればいいだけだもの」
「アンタ以上の太客が現れなきゃ、だがな」
「そんな人間がいるなら会ってみたいわね」
男には愛されなかったが金に愛された女だとジンは言っていた。誰にも負けないほどの資産があるのだろう。そうでなければ男一人をレンタルするためにあれほどの大金を払うなど異常行動を見せるはずがない。
お得意様だから断れないと言っていたが、壊さないことを絶対条件にしてくれたことと延長に良い返事をしなかったことにはほんの少しだけ感謝した。ほんの少しだけ。
だが、それと同時に不安も大きくなった。人は機械ではないが壊れてしまうことを知っている。この街を歩いていればそこらかしこに壊れた人間が道端に落ちている。口を開けっぱなしにして涎を垂らしていたり、酒瓶を抱きしめて誰もいない空間に話しかけて笑っていたり。そういう人間は目の前を誰が通ろうが誰が話しかけようが反応しない。もはや自分だけの世界で生きているのだ。
きっと、母親も壊れていた。だから二人の間で「壊す」という言葉が出てくるのはおかしな話ではないが、ジンの言い方はマダムが今までも人を壊してきたことを確定するようなもの。ただでさえ自分一人で精神の崩壊を起こしてもおかしくないと思っているディルは二人の会話を聞いて本当に壊れるかもしれない覚悟をしていた。
お金は貯めてある。ミーナとシーナが贅沢な暮らしをしても生きていけるほど。でも二人はきっとそんなことはしない。慎ましやかに生きるだろう。もし自分に何かあってもジルヴァやオージが動いてくれるはず。そう信じている。だから拳を握って二人の話を聞く間、笑顔を崩さなかった。
「いいわ。わかった」
譲ってもらえないとわかったマダムがジンにそっけない言い方をしたあと、ディルに振り返った。
「じゃあ、ママと一緒におうちに帰りましょうか。マナーはおうちで覚えましょうね。覚えるまでじーっくり教えてあげるから」
手にキスはせずに済んだものの、代わりに首に黒く細いベルトが巻かれる。チョーカーのような物。ジョージとティニーの首にも巻かれていることからこれがマダムの所有物だという証明書、犬の首輪と同じなのだろう察する。
部屋を出る前、ジンに振り向くと目が合った。舌を出して首の前で手を振る様子は嫌だったらマダムの首を切って殺せと言っているように見えた。それか首を切って死ね。そんなはずがないとわかっていても笑顔じゃないことがどこか救いだった。大方、マダムの強烈な臭いに死にそうだとでも言っていたのだろう。なぜだろう。ジンなんかに笑いたくないのにその仕草に笑いそうになった。
顎をしゃくってさっさと行けとジンが指示するのと同時に廊下に出たマダムから呼ばれ、部屋を出る。
「ディルは私の隣を歩くの。車の中では私の膝の上よ」
笑顔で「はい」とだけ答えたディルは本当の地獄へ向かう車へと乗り込んだ。
朝からだろうと入り口に立つ男たちの人数は変わらない。それと見上げた窓に映る裸の男女の姿も。
一歩ずつ階段を上がっているとまるで死刑台に向かうかのような感覚になる。そんな感覚があったのはジンと契約したばかりの頃で、最近は慣れてしまってそんな感覚も失われていたと言うのに今はあの頃と全く同じ、いや、それ以上の感覚に不安と緊張で心臓が破裂しそうだった。
最後の階段を上がり終えるとジンの部屋までは十メートルもない。足を踏み出したら一瞬でドアの前までついてしまう。立ち止まって窓を見る。きっと全てを諦めて、守りたい者を手放す覚悟があれば窓を開けて飛んでいるだろう。でもできない。浮かぶのは大切な人たちの顔。自分が犯した罪。逃げるわけにもいかなければ、逃げること許されない。
「行くぞ」
ドンッと背中を押すこともできるのに男は静かに声をかけてディルを呼ぶ。それに頷きは返さずゆっくりと踏み出した。
「待たせすぎだ」
「予定外のことに文句言ってんじゃねぇよ」
ドア前に立っている仲間に言い返す男がドア前で立ち止まって「ディルを連れてきた」と声をかけてドアを開けた。
「ああ、そうよこの子よ! この子なのよ! ずっと忘れられなかったの!」
ドアを開けてすぐに内側へと引っ込んだ男の気遣いで女の目にはすぐディルが映った。お世辞にもキレイとは言えない声でハシャぐ女を見たディルは洪水のように溢れ出す嫌な記憶に身体が石のように固まっていく。
マダムは太っている。ああ、そうだ、こんな顔をしていたと嫌な思い出し方をする。
オージも太っているが、ここまでじゃない。オージは中年太りだが筋肉もある。贅肉だけの身体とは違う。
「ホント、可愛い顔してる」
分厚い唇に塗りたくられた赤い口紅。ソーセージのように太い指全部にはめてある大きな宝石のついた指輪。息を吸うだけで吐き気がするほど強い香水。瞬きするだけで風を起こせそうなそり立つまつ毛。伸びてくる手が頬に触れた瞬間、嫌な記憶が余すことなく甦る。恍惚とした表情で吐き出す息が臭い。
若いイケメン好きた確かなのは女の後ろに立っている燕尾服を着た二人の男が証明している。
「ジョージ、ティニー、今日からお前たちの弟になるディルよ。仲良くしてあげなさい」
「「はい、マダム」」
笑顔で声を揃わせる二人にマダムと呼ばれた女が満足げな笑顔を見せる。
「ディル、久しぶりね。私のこと、覚えてるかしら? たった一度しか会ってないから忘れられてるかもしれないけど、私は覚えてるわ。だってあんなに楽しい夜を過ごしたんだもの。忘れられるわけがないもの」
忘れたくても忘れられるわけがない。あんな強烈で最悪な日のこと。ジンよりも薄汚い汚物のような笑みは初めてだったし、ジンよりも不快な笑い声を上げる人間も初めてだったから。
たった一夜にして刻みつけられた悪夢。あれが夢ならどんなに良かったか。固まっていた身体が無意識に震える。それを見たマダムの笑みが深くなる。
「おい、挨拶」
ジンの言葉にハッとしてディルは慌てて笑顔を作った。
「おはようございます、マダムシンディ」
上手く笑えているだろうか。
「お利口さんね」
スッと差し出された手の甲。前に会ったときはそんなことしなかった。そのパンのように分厚い手でも握れということかと戸惑っているとクスッと笑ってマダムが後ろに立つ男たちに声をかけた。
「ジョージ、ティニー、手本を見せておあげ」
指示を受けた二人がマダムの前に回って目の前で両膝をつく。差し出された手に両手を添える様はまるで壊れ物でも扱うかのようでディルはその光景の醜さに嫌悪が込み上げるのを感じていた。だがそれだけでは終わらない。二人はそのまま手の甲、指の関節、指先へと三度も唇を落とす。まさかそれが挨拶の仕方ではないだろうなと嫌悪と共に心の中で問いかけるもそれが正解だと言わんばかりにマダムは二人の顎下を撫でた。
ディルが顎下を触られたのはジルヴァに『動かすのは口じゃなく手だろ』と怒られたときに指の背で強めに叩かれたとき以来。キスを強要される際にも触られることはあっても指で持ち上げられる程度であって撫でられることなどなかった。
「ディル」
やれとは言わない。だが雰囲気で伝えている。手本は見せただろうと。
自分もあれをしなければならないのかと頭で整理する間もなくジョージとティニーが逃げられないように手を握ってマダムの前へと引っ張って強制的に膝をつかせる。臭い。気持ち悪い。それしか感想が出てこない。
近付くことさえ身体が拒否していたのにアルフィオがジルヴァに贈ったような大きな宝石のついた指にキスをしなければならない地獄に緊張で渇いた喉が鳴る。
「どうしたの?」
「あ……」
「躾を楽しんでもらうためにこっちではなんの躾もしてねぇ。アンタ好みに躾けてやってくれ」
こんな言葉を助け舟に感じてしまう自分は気付いてなかっただけでもう壊れ始めているのかもしれないと思った。
「さすが、私のことよくわかってるじゃない」
嬉しそうに声を上げるマダムにジンが言葉を続ける。
「ただし、壊すな」
その言葉にマダムが意外そうな顔を見せる。
「あら、この子は特別?」
「そうだ」
そう感じたことがないわけではなかった。ジンは極悪非道で自己中心的な利己主義。だが、売春宿で安売りさせようとしたことは一度もない。逆らえば落とすと言われたことはあっても逆らってもいないのに落とすようなことはしなかった。一応、契約を交わした日から今日までジンはずっと約束を守ってくれている。何より『怪我させられたら見せに来い』と言われ、興奮や趣味で乱暴されて傷ができた日に見せに行くとその客はブラックリストに入れられた。マダムもそうだったはずなのに。いや、マダムは傷はつけなかった。異常性を感じはしたが、傷がつかない程度に上手くやることを知っていた。
あの日の映像を見せられているかのように甦る記憶に目を閉じているとマダムの不愉快そうな声にすぐ目を開ける。
「ジン、私はすでにそれなりの条件をのんだつもりだけど?」
「当然だ。これは買取の契約じゃなく長期レンタルの契約。つまりコイツは今後もうちの商品なんだよ。一番の稼ぎ頭をアンタの暴走する趣味で勝手に壊されちゃ困るんでね」
「壊すなって契約書には書いてなかったじゃない」
契約書が全てだと言わんばかりに既に鞄に入れているのだろう契約書を叩くマダムに「そりゃそうだろ」とジンが言った。そして「これは言うまでもない絶対条件だ」と静かだが刺すような静かで鋭い声を放つ。
ジンとマダムの間に火花が散るもすぐに消えた。
「ま、いいわ。気に入ったら延長すればいいだけだもの」
「アンタ以上の太客が現れなきゃ、だがな」
「そんな人間がいるなら会ってみたいわね」
男には愛されなかったが金に愛された女だとジンは言っていた。誰にも負けないほどの資産があるのだろう。そうでなければ男一人をレンタルするためにあれほどの大金を払うなど異常行動を見せるはずがない。
お得意様だから断れないと言っていたが、壊さないことを絶対条件にしてくれたことと延長に良い返事をしなかったことにはほんの少しだけ感謝した。ほんの少しだけ。
だが、それと同時に不安も大きくなった。人は機械ではないが壊れてしまうことを知っている。この街を歩いていればそこらかしこに壊れた人間が道端に落ちている。口を開けっぱなしにして涎を垂らしていたり、酒瓶を抱きしめて誰もいない空間に話しかけて笑っていたり。そういう人間は目の前を誰が通ろうが誰が話しかけようが反応しない。もはや自分だけの世界で生きているのだ。
きっと、母親も壊れていた。だから二人の間で「壊す」という言葉が出てくるのはおかしな話ではないが、ジンの言い方はマダムが今までも人を壊してきたことを確定するようなもの。ただでさえ自分一人で精神の崩壊を起こしてもおかしくないと思っているディルは二人の会話を聞いて本当に壊れるかもしれない覚悟をしていた。
お金は貯めてある。ミーナとシーナが贅沢な暮らしをしても生きていけるほど。でも二人はきっとそんなことはしない。慎ましやかに生きるだろう。もし自分に何かあってもジルヴァやオージが動いてくれるはず。そう信じている。だから拳を握って二人の話を聞く間、笑顔を崩さなかった。
「いいわ。わかった」
譲ってもらえないとわかったマダムがジンにそっけない言い方をしたあと、ディルに振り返った。
「じゃあ、ママと一緒におうちに帰りましょうか。マナーはおうちで覚えましょうね。覚えるまでじーっくり教えてあげるから」
手にキスはせずに済んだものの、代わりに首に黒く細いベルトが巻かれる。チョーカーのような物。ジョージとティニーの首にも巻かれていることからこれがマダムの所有物だという証明書、犬の首輪と同じなのだろう察する。
部屋を出る前、ジンに振り向くと目が合った。舌を出して首の前で手を振る様子は嫌だったらマダムの首を切って殺せと言っているように見えた。それか首を切って死ね。そんなはずがないとわかっていても笑顔じゃないことがどこか救いだった。大方、マダムの強烈な臭いに死にそうだとでも言っていたのだろう。なぜだろう。ジンなんかに笑いたくないのにその仕草に笑いそうになった。
顎をしゃくってさっさと行けとジンが指示するのと同時に廊下に出たマダムから呼ばれ、部屋を出る。
「ディルは私の隣を歩くの。車の中では私の膝の上よ」
笑顔で「はい」とだけ答えたディルは本当の地獄へ向かう車へと乗り込んだ。
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