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正式な婚約者
しおりを挟む朝から白いアールデコ調のワンピースドレスに着替えさせられて、髪をふんわりと結い上げられた。
髪飾りは、ノクサス様から贈られたダリアの花の髪飾りを付けてもらっている。
その姿にノクサス様は至極満足気に微笑む。
しかし、半分の仮面はしっかりと付けている。
本当にそのまま行くのだろうか?
婚姻届どころか、婚約届けを出しに行くのに、仮面を付けて行く人なんて聞いたこともない。
役所の方に本当にノクサス・リヴァディオ様ですか? と疑われたらどうするのだろうか?
やはり、呪いを治してからのほうが良かったのではないだろうか?
そんな疑問をよそにノクサス様は、私をうっとりと見つめる。
「本当に綺麗だ……ウェディングドレスはもっと綺麗なのだろうな」
「純白のドレスは、美しいですからね」
「ダリアが身にまとうから綺麗なのだ」
「そうですか……」
「さぁ、行くぞ!」
そう言って、待ちきれないノクサス様はいきなり私を抱き上げて馬車に乗り込んだ。
乗り込む時には、庭で遊びまわっている楽しそうなミストがいた。
この広い庭と自分だけの部屋を準備してくれたことが嬉しかったようで、最近はノクサス様の邪魔はしない。
庭を走り回っているミストを見届け、馬車はあっという間に役所についた。
婚約届けを提出する部屋は、意外と広く付き添いが座る椅子まで並んでいる。
私は、もう身内がいないために、婚約したことでノクサス様あずかりの身になる。
私に手を出せば、ノクサス様を敵に回すこととなるのだ。
この国にノクサス様を敵に回したい家なんかない。
だから、ノクサス様は急いで婚約届けを出したかったのだろう。
そうすれば、あの男たちは家の権力を使っても、私には近づけないのだから。
そして、役所の登記官はノクサス様を見て、目を丸くしている。
「失礼ですが……本当にあの、ノクサス・リヴァディオ様ですか?」
「間違いない。俺が、リヴァディオ伯爵家嫡男、ノクサスだ」
やっぱり疑われている。半分とはいえ仮面を付けているのだから、怪しいことこの上ない。
登記官は、ノクサス様が事前に準備した書類を何度も見直し、「不備はなかったはず……」と、自分を納得させるように呟いた。
きっと、怪しいのは書類じゃないとわかっているのに確認せずにはいられなかったのだろう。
「……お間違えの無いようですので……」
「当然だ」
「し、失礼いたしました。では、こちらにサインをお願いいたします」
ノクサス様が、婚約届けにサインをして、その下に私の名前を書いた。
これで誰もが認めるノクサス様の婚約者だ。
このサインだけのために、この真っ白なワンピースドレスを準備することにも驚くが、ノクサス様は、ひたすら甘かった。
「これで誰にも手を出される事はない。すぐに結婚もしよう」
「準備が大変ですよ……」
「ダリアに似合うドレスの準備が大変だな。どのドレスにするか悩むな」
あの一度出会っただけで、結婚までしてくれるなんて、ちょっと夢みたいだった。
しかも、私は男たちに襲われていたのに……。
でも、ノクサス様が私を大事に想ってくれているのはわかる。
こんなに私を守ろうとしてくれて、熱のこもった目でうっとりとしてくれるのは、きっとノクサス様だけだ。
帰りの馬車の中でも、膝に乗せられて離してくれない。
「今日はずっと二人でいよう」
「はい……」
耳元で囁くように言われて、恥ずかしい顔を隠すようにノクサス様の胸板にもたれていた。
そのまま、すぐにお邸に帰ると、ミストやアーベルさんたちが出迎えてくれた。
今日のお邸はお祝い一色だった。
ノクサス様が二人で行きたいと言ったから、フェルさんたちは馬車の周りをついて来ていたのに、邸に帰るなり、すぐにお祝いの言葉をくれた。
「皆様。ありがとうございます。あの……どうぞこれからもよろしくお願いします」
そう言い、頭を下げた。そんな微笑ましい雰囲気の中、私にはやらねばならないことがある。
「ノクサス様。早速ですが、やりましょう」
「もう少し後でもいいのではないか?」
「ノエルさんも待っていますから、すぐにいたしましょう」
一刻も早くノクサス様を治したかった。
こんなによくしてくれるノクサス様に、私ができることは呪いを治すことだ。
そして、そのままお邸の一室で魔喰いの魔石を取り出す事になった。
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