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ベラルド男爵令嬢の私、ローズは、生まれる前からノルディス公爵との結婚を用意されていた。理由は、前ノルディス公爵がお父様の元婚約者と結婚したからだった。

ライアス様の父であるノルディス公爵は、事故で他界したと思われていた。そこで次のノルディス公爵になるはずだったのは、私のお父様だった。

でも、ノルディス公爵は生きており、お父様はノルディス公爵の婚約者と爵位を奪われた。

そして、お父様はノルディス公爵の一門の男爵家を継いだ。

お父様は、ずいぶんと反対したらしい。本当ならば、自分がノルディス公爵だと言って……でも、爵位には順番があるし、婚約者もノルディス公爵だからと決められた方だった。

美しいノルディス公爵の婚約者は、ライアス様のお母様。

お身体が弱くすでに他界されているけど、生前にお会いした時は、儚げな印象の美人だった。

お父様は、彼女が好きだったのだろう。

ずっと私のお母様と比べていた。その私のお母様もすでに他界している。私は遅くに授かった子供なのだ。

ノルディス公爵もすでに他界。その彼とお父様は、約束をしていた。

ノルディス公爵家に男児が産まれて、ベラルド男爵家に女児が産まれれば結婚をさせることを。そして、私とライアス様が産まれたのだ。



__真っ暗闇。目の前も私のこの先も真っ暗闇だ。



いつも通り、目が覚めれば一人暗闇にいる。そして、いつも通りに鈍い瞼を開いていく。

「ローズ。大丈夫か?」

真っ暗闇の中から、私を心配する声がした。左手はいつもと違い温かい。

「どうした? 体調が悪かったのか?」
「ライアス様……? どうして?」

私を心配して手を握るのは、ライアス様だった。
カーテンもない窓から、ゆっくりと月明かりが差していくと、彼の心痛な表情が照らされていた。
握られた手が熱い。慌てて我に返り手を振り払った。

「薬屋に来てみたら……倒れていて驚いたよ。追いかけてきてよかった」
「ストーカーみたいに、毎日来ないでくださいよ」

気だるげに身体を起こす。ふらつき痛む頭を抑えながらライアス様から目をそらした。

「別にストーカーではないんだけどな。だが、体調が悪くてデートの誘いを断ったのか? すまないことをしたな」

気付かなくて悪かったと謝るけど、ライアス様が悪いことではないとわかっている。

「……でも、お誘いをいつも断っているのは、そういうことではありませんよ」
「そうなのか? だが、次からは体調の良い時を狙おう」

何ですかねこのポジティブシンキンは!?
狙うって何ですか!? 
ライアス様は気づいてないかもしれませんけど、私の結婚相手はあなたですよ!?
狙わなくても、私はあなたのものです!?
初夜の準備も滞りなく進めております!!

むしろ、ライアス様的にはまだお会いしたことない婚約者ですが、婚約者がありながら別の女性を口説くライアス様の好感度は爆下がりですよ!?

何だか話すのが、嫌になって来た。こんな時は、全てを忘れて寝るしかない。

そう思うと、ごそごそとベッドのシーツに入りなおした。

「ローズ……なぜ、ベッドに戻るんだ?」
「疲れました。ライアス様はすぐにお帰りください」
「そうなのか?」
「そうです!」
「誘っているわけじゃないのか?」
「絶対に違います!!」

私と同衾すれば、死にますよ!?

「残念だ……」と呟くライアス様はどこまで前向きなのか。
この日は、気分不良になるから薬屋も開けるつもりがなかったのですよ。

はぁ……お菓子が食べたかった……お腹もキュゥと微かに鳴った。すると、微かにガサリと音がした。

「ローズ」
「何ですか?」
「起きなくていい……これを渡したかっただけだから……」

ベッドに転がったままで身体をライアス様に向けると、彼が私にリボンのついた紙袋を見せた。間違いない。あのお菓子屋の袋だ。

「お菓子……」
「ローズが真剣に見てただろう? 好きな物が入っていると良いが……」

私がどれを買おうとしたのかわからなくて、色々買ってきたのだと慈しむように言う。

「お茶くらいなら淹れられるぞ。飲めるか? 何か薬湯でも……」

ライアス様は優しい。今も私を心配してお茶まで淹れる気だ。その優しさに、目尻に涙が浮かぶ。でも、涙など見せられなくて、シーツを勢いよく頭まで被り、身体は丸まってしまった。

「ローズ。どうした?」
「……帰ってください! ……じょ、女性の寝室に勝手に入るなんて失礼ですよ!?」
「別にかまわないと思うが……責任もとるし……倒れている女性を放置する方がどうかしていると思うんだが……」

くっ……何だか、正論を吐かれている気がする。責任は間違いなくとれるし、確かに倒れている人を放置するのは冷たい気がする。

でも……っ!

「ライアス様は、婚約者の方に悪いと思わないんですか!?」
「まったく思わないな」

悪気のないように即答されてしまった。

私が婚約者だと知らずに口説いているはず。ライアス様は婚約者の顔など知らないし、私もフルネームで名乗ってない。調べられたら困るからだ。

「ローズが妬く必要はない。でも、それだけ話せるならお茶ぐらいは飲めるな?」
「……先に薬湯を飲みます」
「そうか……」

優しい。今も私を起き上がらせてくれようとして、身体を支えてくれようと手を出してくれる。

「私に触らないでください」
「どうしてだ?」

触られたくない。私は誰にも触れられるわけにはいかないのだ。

「一人で起きられますし……婚約者の方に操を立ててます」

ライアス様の顔を見据えて言った。

すると彼は「そうか……」とだけ、複雑そうな表情で返事をした。





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