わたしの大切なおとうと
高校二年生の荒浜なぎさには、大好きなおとうとがいた。自分のことをおんなの子だと思い込んでいたおとうと。世界でいちばん、大切だったおとうと。去年の六月、自殺で亡くしてしまったおとうと。その日から、なぎさの毎日は灰色になった。けれどそんななぎさも、恋に落ちた。灰色の毎日が、ようやく色彩を取り戻した。しかし、なぎさはまだ知らない。自分のおとうとへの想いがどれだけ歪んでいたのかを。その胸に空いた、虚ろな穴の闇の深さを。
個人的には荒浜なぎさという女。
私は愛おしくて仕方がないと思った。
ある種壊れ、身勝手で独善的で……
自分が狂っていることに気が付かず、故に大切なものを握りつぶしてしまう。
そんな愚かな女であっても……だ。
彼女を取り巻く環境が全て逆風だったから、彼女はねじ曲がってしまったが、正しく育てば、愛情の深い、大切なもののためなら自分身さえ投げ出すような、そんな少女に育ったかもしれない。
彼女の狂気の中に悲しみを見て、彼女の思う現実(なぎさの妄想)にそうであって欲しいと願い、結果は全てから見放され、しかし開放感とともにその生を終えた……。
白鷺と同じ気持ちを抱いて読了する。
たとえ世界の全てがなぎさのことを嫌ったとしても、私は好きでしたよ……
そんな感想を抱かせる、この作者はやはりすごい人だなと改めて思いました。
お母さん……それだけは言ってはいけなかったよ……。
この回を読み終えた感想。
元凶が所沢のおじいちゃんにあったとしても。
望まない妊娠だったとしても……
なぎさに罪はないじゃないか……。
なぎさは子供として素直に母親に甘え好意を抱き、慕っていただけじゃないか……と
母親に理不尽さを感じてしまった。
自分がそのような目にあったのなら、尚更になぎさの辛さがわかったはずなのに……と。
色々あったし、結果として間違ってしまったけれど……なぎさのかいちゃんへの想いや愛情は本物だったのだと……信じたい。
あまりにも理不尽な出来事に、心に蓋をして忘れて……それ故に判断が全てどこかズレてしまって……そうした歪さが悲劇を生み出して言ったような……そんな気がする回だった
色々間違って、周りも巻き込んでしまったけれどなぎさもまた被害者なのだと私は感じた
回想シーンに出てくる女性の描写が
ひどく類似していることを気にしつつここまで来た。
かいりの最大の理解者にして、なぎさの後輩?の少女も
なぎさの心と向き合おうとして空回りしたカウンセラーも
パッツン黒髪の赤フレームのメガネ……。
この類似に意味はあるのか
何かの符号なのか……ずっと引っかかっていた。
その答えが開示された。
「貴方が自分自身と向き合おうとする心が、存在しない私を生んだ」
もしかすると彼女たちは、なぎさの心に残っていた僅かな良心だったのか
それともかすかで頼りない光だったのか……
救われない話……。
最愛の弟を失い、自分の心の中を未ださらけ出せず、依存する対象を求め
散々に傷つき、時には自分すら犠牲にして……彼女は何を得られたのだろう……。
私は失礼ながらこの作品を読んでいて「嫌われ松子の一生」を思い出した。
必死に生きているはずなのに、何もかもが悪い方向へと流れる……。
しかし私は、今回の話の最後で、それでもなぎさは微かな救いを手に入れたのでは無いかと
根拠も無くそう感じた。
そうで無ければこの少女があまりにも悲しいでは無いかと……
私の命……
死の直後?レスキューが駆けつけてきたとき
スカートのずれや下着が見えることを恥じらう。
そして自分が助からないことを謝り、後部座席にいた【弟】の安否に安堵する。
この壊れ具合が、この物語をここまで読んできた私には
「あぁ、なぎさだ……」と妙にストンと落ちてきた。
これだけの話数と文字数を重ねて、私は作者の手によって
なぎさとはこういう女だったのだと刷り込まれ、そしてそれを
当然のように受け止めていたのだ。
この文字には現れない技巧こそが、まじゅ氏の持ち味であり
そしてそれを当然のように受け入れさせる世界観とキャラの設定が
秀逸と言わざるを得ない。
何度でも言う。これはまじゅ氏にしかかけない
まじゅ氏のみの作品であると。
たとえ私が設定資料全部を渡されて、リメイクしてもいいと許可をもらっても
足下にも及ばぬ愚策しか作れないであろうと……。
その力に恐れを抱くとともに深く敬愛の念を感じる
まぁ今更申し上げることじゃないのだけども……
ここまで読んできて、ほぼ真実が見えているとしても
それでもまだ、なぎさの思い込みや「渚にとっての真実」に我々読者は
揺さぶられ、惑わされ、そしてたどり着いたはずの真実すら、手のひらからこぼれる
砂粒のように消えて言ってしまう。
この不条理と不思議な感覚は、ベルベッチカ・リリヰの舌の味ともまた違う。
この作者はどれだけの引き出しを持っているのだろうかと、同じく物書き(端くれだけどね)
している私からは羨望しかない。
これだけの不思議で先の見えないだけど、確実に終演に向かう世界観を生み出されるその才能
そしてここまで読ませるその文章の構成には嫉妬しか感じない。
ほんとに読めば読むほどに、不思議さと理不尽さ、そしてかいちゃんとなぎさの同じようで居て
描写の変わる内容にハラハラドキドキしてしまうのです。
かいちゃんのお姉さんもお母さんも理解があって、素敵な家族だなと感じました。
以前かいちゃんのような心が女の子、身体が男の子の特集をテレビでみましたが、学校に行く前に男の子の服が嫌だと子供が泣いている様子、それを無理に着せる家族の心情などみていて痛々しいほどでした。
誰でもありのままに生きられてそれを受け止められる社会ならいいけど、そうじゃないから生きづらさが生まれるのですよね。
シリアスなコメント、失礼しました💦